幕がか下がったあとのはモーに

愛斗と別れ、ありさは一人で家へと帰った。玄関の扉を閉めた瞬間、足の痛みがぶり返し、思わず眉をひそめる。
今日、美波に突然突き飛ばされた拍子に足を強く打っていたのだ。
ソファに腰を下ろし、ズボンの裾をまくると、膝下がうっすらと赤く腫れている。ありさは湿布を取り出し、そっと患部に貼った。冷たい感触がじんわりと広がり、痛みは少し和らぐものの、胸の奥の悔しさは消えない。
「……はぁ」
ため息をついたとき、玄関のチャイムが鳴った。扉を開けると、高が立っていた。
「ただいま。……どうした、その足? 湿布なんて貼って」
高はありさの隣に座り、心配そうに声をかける。ありさはうつむき、小さく答えた。
「……美波に突き飛ばされたの。話しかけてきたと思ったら、いきなり押されて、そのまま足を打っちゃった」
「なんだって?」高の声が一瞬強くなる。
「それはひどい。怪我はどうだ? ひどく痛むのか?」
「大丈夫だよ。湿布貼ったら少し楽になったから。でも……ショックったな」
高はありさの肩にそっと手を置き、真剣な眼差しで言った。「明日、俺が話をつける。絶対にだ」
次の日。昼過ぎになり、高は約束通り、美波がいる喫茶店へと向かった。
働いてるに美波の姿を見つけ、高はまっすぐ近づいていく。
「美波。ちょっといいか」
美波が顔を上げると、高は椅子を引いて正面に座り、静かだが厳しい声で話し始めた。
「昨日、ありさを突き飛ばしたそうだな。彼女は足を痛めて、今も湿布を貼っている。いったいどういうつもりだ? 言い争いがあったにしても、手を出すのは違うだろう。それに、相手を傷つけて何の解決になる? 人を痛い目に合わせるなんて、最低だ。ありさは何も悪くない。謝罪してほしいとかそういう前に、まず自分のしたことを反省してくれ」
高の言葉は一つ一つが真っ直ぐで、美波は言い返す言葉もなく、ただうつむいていた。
「……悪かった。勢い余ってやってしまった。後悔してる」
「なら、二度とするな」高はきっぱりと言い、席を立った。
店の外で待っていたありさのもとへ行くと、高は「大丈夫だった」と笑顔で告げた。
「パパありがとう。本当に助かった」
「当たり前だ。お前が悪いわけじゃないんだから」
そのまま二人は喫茶店に入り、お茶を飲みながらゆっくりと話をした。ありさの足の調子も確認し、笑い合う時間が流れた。日が傾き始めた頃、それぞれの家へと帰路についた。
夜になり、ありさのスマホが鳴った。
画面には愛斗の名前が表示されている。
『今、家にいる? よかったら遊びに来ない? おうちデートしよう』
ありさの顔がぱっと明るくなる。
すぐに返事を打ち、支度を整えて愛斗の家へと向かった。
扉を開けると、愛斗が優しい笑顔で待っていた。
「来てくれてありがとう。足、大丈夫だった? 痛いところない?」
愛斗はありさを迎え入れると、真っ先に足の具合を気遣ってくれる。その心遣いが嬉しく、ありさは頷いた。
「うん、大丈夫。湿布のおかげでだいぶ良くなったよ。高さんが美波のことも話してくれて、すっきりしたの」
「そっか。高さんもありがとう。でも、ありさが一番頑張ったんね」
愛斗はありさをソファへ座らせ、温かいハーブティーを用意してくれた。 部屋には好きな音楽が流れ、ふたりはゆっくりと今日一日の出来事を話し始める。美波のこと、高のこと、そして愛斗の仕事のこと——。話せば話すほど、心がぽかぽかと温かくなっていく
「……愛斗くん」
「うん? どうしたの?」
「来てくれて、ありがとう。ここにいるだけで、すごく安心するの」
愛斗はありさの手をそっと握り、隣に座り直した。
「俺の方だよ。来てくれてありがとう。ありさがいてくれるだけで、俺もすごく幸せなんだ。足が痛いときも、落ち込んでいるときも、いつでも呼んでいいからね。俺がいつでも守るから」
そっと肩を抱き寄せられ、ありさは愛斗の胸に顔を寄せる。甘い香りに包まれ、痛みも悔しさもすっかり消えていくようだった。
夜は更け、ふたりはキッチンで簡単な夜食を作り、並んで食べた。味付けが少し濃くても、少し形が崩れていても、一緒に作ったものは何よりも美味しくて、ふたりは笑い合いながら食べ進めた。
食後はソファで寄り添い、映画を観たり、ただ話し込んだりして過ごす。時計の針が日付を跨ぐ頃、愛斗はありさを抱きしめながら囁いた。
「もう遅いし、泊まっていきなよ。明日もゆっくり起きればいいから」
ありさは頷き、愛斗の胸元に抱きしめられながら、静かな夜の闇の中で、穏やかな幸せを噛み締めていた。痛みも涙も、愛斗の温もりがすべて優しく包み込んでくれる——そんな夜だった。