幕がか下がったあとのはモーに

朝ごはんを、いつもより少しだけ丁寧に味わってから、愛斗はありさと約束した場所へと向かった。街路樹の葉が風に揺れる様子を見ながら歩いていくと、先に到着していたありさが、手を振って迎えてくれた。
「おはよう、愛斗くん。今日は一日よろしくね」
「おはようございます。こちらこそ、よろしくお願いします」
ありさが運転する車に乗り込み、窓の外の景色を眺めながら、二人はクラブバーへと向かった。目的地に着くと、店内はまだ人も少なく、落ち着いたピアノの調べが流れていた。ありさたちはこれからのイベントやサーカスの活動について、関係者と打ち合わせをするという。愛斗は邪魔にならないように、奥のテーブルに座って待つことにした。
打ち合わせが始まると、時折聞こえる言葉から、準備の大変さや、新しいことへの挑戦への意気込みが伝わってきた。愛斗はコーヒーを片手に、真剣に話すありさの横顔を見つめていた。一時間ほどで打ち合わせが終わり、ありさが「お待たせ」と駆け寄ってきた。
そのとき、バーテンダーが「お疲れ様です」と、二人分のカクテルを運んできてくれた。グラスから立つ香りを楽しみながら、一口味わうと、爽やかな甘さとほろ苦さが絶妙だった。
「わあ、おいしい! これ、どんなお酒を使ってるんですか?」
「秘密ですよ。でも、お二人にぴったりの味に仕上げました」

話が弾んでいると、ドアのベルがチリンと鳴り、一組の夫婦が入ってきた。ふと顔を上げると、それは佐藤B作とあめくみちこだった。お二人もこの店をよく利用すると聞いていたので、愛斗は驚きと嬉しさで胸がいっぱいになった。
B作さんたちは、愛斗たちの向かいのテーブルに座ろうとして、すぐに愛斗の存在に気づいた。
「あら、愛斗くんじゃない。こんなところで会うなんて、奇遇ね」
「B作さん、みちこさん、お久しぶりです!」
笑顔で挨拶を交わした後、ありさが正子と高を呼び、みんなで話すことになった。愛斗は、昔B作さんが座長を務めていた劇団『東京ヴォードヴィルショー』で、スタッフとして働いていたことを改めて伝えた。
「あの頃は、B作さんのお芝居を見るたびに、『自分もこんな風に人の心を動かせるようになりたい』って、ずっと思っていました。それに、サーカスの皆さんの歌も、毎日のように聴いていたんです」
B作さんは目を細め、みちこさんも優しく頷いてくれた。
「そうか、そんなに昔から応援してくれていたのか。劇団がなくなっても、その気持ちはずっと変わらないんだな。本当にありがとう」
その流れで、ありさが恐る恐る切り出した。
「あの…、よかったら、お二人をサーカスのYouTubeチャンネルにゲストとしてお招きしてもいいですか? お二人のお話を、ぜひ皆さんにも聞いていただきたくて」
すると、B作さんは「いいよ、ぜひやろう」と快諾し、みちこさんも「楽しみにしてるわ」と笑ってくれた。後日の出演が決まり、和やかな時間はあっという間に過ぎていった。お二人が帰った後も、ありさたちは動画の内容について、あれこれとアイデアを出し合った。
ありさがカクテルを飲み干し、「そろそろ外に出ましょう」と言ったので、みんなで店を出た。夜の風は少し肌寒かったが、話しているうちにそれも気にならなくなった。正子と高とは別れ道で「またね」と手を振り、愛斗とありさは二人で近くのコンビニへ寄った。
「明日の朝食と、あとちょっと甘いものでも買って帰ろう」
「そうだね。ありささんの好きなケーキもあるかな」
必要なものを選んでレジを済ませ、愛斗の家へと戻った。部屋に入ってコーヒーを淹れ、買ってきたスイーツを開けると、ありさが嬉しそうに「わあ、おいしそう」と声を上げた。二人で甘さを分け合いながら話しているうちに、自然と体が近づき、肩が触れ合った。
「愛斗くん…」
「ありささん…」
見つめ合うと、それだけで心が満たされていく。ゆっくりと寄り添い、お互いの温もりを確かめ合い、優しくイチャイチャと甘い時間を過ごした。
愛斗はありさをそっと抱きしめ、「ずっとそばにいてほしい」と囁くと、ありさは「私もだよ」と応えてくれた。落ち着いてから、ゆっくりと服を着直し、次の予定の買い物へと出かけた。
ショッピングモールでは、服や小物、キッチン用品などを見て回った。ありさが「これ、愛斗くんに似合うと思う」と選んでくれたシャツを試着したり、逆にありさが気になっていたバッグを一緒に探したり。気づけば二時間近くも歩き回っていた。
買い物を終えて家に戻ると、ありさが「今日は私がご飯作るわ」とキッチンに立ってくれた。愛斗はソファに座り、包丁で食材を切る音や、フライパンから立つ湯気の匂いを感じながら、待っていた。しばらくして、「できたよ」と声が聞こえ、テーブルに並べられたのは、煮物やサラダ、そして愛斗が一番好きなハンバーグだった。
「わあ、すごい! こんなにたくさん作ってくれたんですか?」
「だって、愛斗くんにお腹いっぱい食べてほしかったから」
ハンバーグを一口食べると、肉汁がじゅわっと広がり、野菜の甘みも感じられて、今まで食べた中で一番おいしかった。
「本当においしい…。ありがとう、大事に食べます」
「よかった。ゆっくり食べてね」
食事を終えた後、愛斗が「片付けは俺がやるから」と言って、食器を洗ったりテーブルを拭いたりした。すべてが終わった頃には、時計は午後10時を回っていた。ありさが「そろそろ帰るね」と立ち上がると、愛斗は玄関まで送り、「気をつけて帰ってね」と声をかけた。
一人になってから、愛斗はゆっくりとお風呂に入り、一日の疲れをすべて流した。布団に入ると、今日の出来事を一つずつ思い返し、笑顔がこぼれた。そのまま安らかな眠りにつき、次の朝、新しい一日が始まった。愛斗は身支度を整え、希望に満ちた気持ちで仕事へと向かった。
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