鏡のなかの双子~悪ノ娘と私の召使~

ルシフェニア王国の広場は、溢れんばかりの民衆で埋め尽くされていた。

かつて王女の我が儘に怯え、飢えに苦しんでいた人々の顔には、

今や「悪ノ娘」の処刑を今か今かと待ち望む、狂気にも似た歓喜の表情が浮かんでいる。

広場の中央にそびえ立つのは、黒く塗られた巨大な断頭台。

その鈍い鉄の刃が、夏の強い陽光を浴びて不気味にギラリと輝いていた。


「悪ノ娘を引きずり出せ!」

「我々の苦しみを、その血で償わせろ!」


地鳴りのような罵声が飛び交う中、両手を鎖で縛られ、黄色いドレスを纏ったアレンが、

ゆっくりと断頭台の階段を上ってきた。

ドレスは兵士たちに乱暴に扱われたせいで汚れ、引き裂かれていたが、

アレンの足取りは驚くほど気高く、まっすぐだった。

その顔には怯えの色など微塵もなく、むしろ哀れな民衆を見下ろすかのような、

冷酷で美しい微笑さえ浮かべている。


(これでいい……。みんな、僕を本物の王女だと思っている)


アレンは心の中で静かに安堵していた。

反乱軍の指導者であるジェルメイヌも、復讐に燃える「青の国」の王カイルも、

目の前にいるのが本物の王女リリアンヌであると確信している。

アレンの完璧な王女としての佇まいが、彼らの目を完全に欺いていたのだ。

その時、アレンは罵声を浴びせる群衆の片隅に、一つの影を見つけた。

汚れの目立つ黒い召使の服を着て、フードを深く被った少女。

――リリアンヌだった。

彼女は震える身体を必死に抑え、両手で口を塞ぎながら、涙で視界を滲ませてアレンを見上げていた。

声を上げて泣くことも、彼の名前を呼ぶことも許されない。

ただ、最愛の片割れの最期を見届けるために、彼女は自ら進んでこの地獄のような広場へ足を運んだのだ。

アレンの青い瞳が、一瞬だけ優しく和らいだ。


(生き延びてくれたんだね、リリアンヌ)

アレンは心の中で彼女に語りかける。

自分の命と引き換えに、彼女の未来が守られた。

これ以上の幸福が、この世にあるだろうか。

たとえ世界中のすべての人間に憎まれ、悪魔として歴史に名を刻まれようとも、

彼女一人に愛され、彼女一人の光になれたのなら、自分の人生には最高の価値があった。


「罪人リリアンヌ! 最期に言い残すことはあるか!」


執行人が大声で告げ、ギロチンの刃を固定するロープに手をかけた。

広場を埋め尽くす民衆の怒号が、最高潮に達する。

その時、教会の重厚な鐘の音が、ゴーン、ゴーンと街中に響き渡り始めた。

午後三時。

それは、かつて王宮の最上階で、二人が毎日のように過ごしていた、

何よりも大切で穏やかな「おやつの時間」の合図だった。

アレンは空を見上げ、最期の瞬間、民衆を嘲笑うかのように、

彼女がいつも言っていたお決まりの台詞を、凛とした声で口にした。


「――あら、おやつの時間だわ」


その場にいた誰もが、死を前にしても傲慢さを失わない「王女」の姿に息を呑んだ。

だが、群衆のなかにいるリリアンヌだけは知っていた。

それが自分たち二人だけの、永遠の愛の暗号であることを。

執行人がロープを放す。

刃が落ちる刹那、アレンはフードの奥にあるリリアンヌの瞳をまっすぐに見つめ、

声を出さずに、世界で一番優しい微笑みを浮かべて口元を動かした。


(君に逢えて、本当によかった。愛しているよ、リリアンヌ)


ドスン、という重い音と共に、刃が落ちた。

ワァァァッ!!! と、

地を揺るがすような大歓声が広場に沸き起こる。

「悪ノ娘」の治世が終わり、新しい時代の幕開けを祝う、残酷なまでの喜びの嵐。

その熱狂の中で、リリアンヌは声を出さずに大粒の涙を流し、その場に崩れ落ちた。

胸元に強く握りしめた、アレンが残した召使の衣服の温もりだけが、

彼が確かに生きて、自分を愛してくれた唯一の証拠だった。

彼女は押し寄せる孤独と絶望に耐えながら、歓声に沸く広場を、一人静かに去っていくのだった。