「悪ノ娘! 覚悟しなさい!」
扉の向こうから響く反乱軍の怒号と、何十人もの荒々しい足音。
重厚なマホガニーの扉が内側から大きくきしみ、今にも蝶番が吹き飛びそうだった。
「アレン、いやよ! 離さないで!」
リリアンヌは狂ったようにアレンの胸にすがりつき、大粒の涙で彼の衣服を濡らしていた。
恐怖で我を忘れる彼女の前で、アレンは驚くほど冷静に、
そしてどこか晴れやかな微笑みを浮かべてクローゼットから「それ」を取り出した。
それは、リリアンヌがいつも着ているものと全く同じ、絢爛豪華な黄色いドレス。
そして、アレンがいつも着ているものと全く同じ、地味な黒い召使の服だった。
「リリアンヌ。僕の言うことをよく聞いてください。今から、僕のこの服を着るんです」
「え……? 何を言っているの……? なぜ貴方の服を……」
リリアンヌが涙に濡れた目を丸くする。アレンは彼女の細い肩をしっかりと掴み、
まっすぐにその青い瞳を見つめた。
「忘れてしまったのですか? 僕たちは双子だ。
生まれた時から、同じ顔、同じ瞳、同じ金の髪を持っている。誰も……僕たちの違いに気づきはしない」
アレンの言葉が、リリアンヌの脳裏に電撃のように突き刺さった。
忘却の彼方にあった幼い頃の記憶が、鮮烈に蘇る。
大人の都合で引き裂かれ、死んだと聞かされていた自分の片割れ。
目の前で自分に微笑みかけているこの少年こそが、実の弟だったのだ。
「アレン……貴方、私の……? でも、そんなことをしたら、貴方が私の代わりに捕まってしまうわ!」
「それでいいんです。いや、それが僕の望みだ」
アレンはリリアンヌの拒絶を優しく遮り、手際よく彼女の黄色いドレスを脱がせ、
自らの召使の服を着せ替えていく。
そして、自らは彼女の豪奢な黄色いドレスに袖を通し、背中の紐をきつく締めた。
鏡の前に、二人の姿があった。
黒い召使の服を着て髪を乱したリリアンヌと、黄色いドレスを纏い、気高く背筋を伸ばしたアレン。
鏡に映るその姿は、本物の王女と召使が入れ替わったかのように、あまりにも完璧だった。
「だめよ、アレン! 行かないで! 私が間違っていたわ!
貴方を犠牲にしてまで、私一人だけ生き残りたくない!」
リリアンヌはアレンのドレスの裾を掴み、床に崩れ落ちて泣き叫んだ。
今になって初めて、彼女は自分がどれほどアレンに依存し、どれほど彼を頼りにし、
そして――どれほど狂おしいほどに彼を愛していたのかを理解したのだ。
王女としてのプライドなど、彼の命に比べれば何の意味も持たなかった。
しかし、アレンは優しくリリアンヌの腕をほどき、彼女の前に膝をついた。
そして、泣きじゃくる彼女の額に、音を立てずにそっと口づけを落とした。
それは身分も、血の繋がりも、世界のすべてを超えた、最初で最後の愛の誓い。
「君が泣くことはないよ、リリアンヌ。僕たちはいつでも一緒だった。
これからは、僕の心の中に君が生きるんじゃない。君の中に、僕が生きるんだ」
アレンの青い瞳には、一切の恐怖も、悔いもなかった。
「君は僕の服を着て、裏口から城を抜け出すんだ。
街へ出たら、誰にも見つからないように遠くへ逃げなさい。……大丈夫、僕たちは双子だ。
君が生きている限り、僕も君の中で生き続ける」
バガァァン!!!
ついに部屋の扉が凄まじい音を立てて内側に吹き飛んだ。
土足で踏み込んできたのは、赤い鎧を纏ったジェルメイヌと、怒りに目を血走らせた反乱軍の兵士たちだった。
「そこまでよ、悪ノ娘!」
ジェルメイヌが剣を突きつける。
その刃が向けられたのは、玉座の前に堂々と立ち、冷酷な王女の微笑みを浮かべる、
黄色いドレスの「アレン」だった。
アレンは背後にいる黒い服の少女を一瞥もせず、ただ冷ややかに反乱軍を見下ろした。
「ふん、騒々しいネズミどもね。この私を捕らえに来たの?」
その完璧な王女の演技に、兵士たちは誰一人として疑いを持たなかった。
彼らは一斉にアレンを取り押さえ、乱暴に連行していく。
「ア……ッ……」
リリアンヌは悲鳴を上げそうになる口を、自らの両手で必死に塞いだ。
ここで声を上げれば、アレンの覚悟が無駄になる。
連行される間際、アレンは一度だけ振り返り、群衆に隠れたリリアンヌだけに向けて、声を出さずに微笑んだ。
(さあ、行って。……僕の可愛い王女様)
それが、二人の今生の別れだった。
リリアンヌは涙で視界を真っ暗にしながら、アレンが残した召使の通路を通り、
崩壊していく王城から一人、静かに抜け出すのだった

