ドゴォォン!! と、鼓膜を震わせる凄まじい衝撃音が、城のいたるところできしむように響き渡った。
反乱軍の放った大砲が、ついに王城の頑強な本丸の壁を穿ったのだ。
廊下からは、裏切り者や暴徒たちが金目のものを奪い合い、怒号を上げながら走り回る靴音が響いてくる。
破滅の足音は、すぐそこまで迫っていた。
しかし、そんなこの世の終わりのような喧騒から隔離されたかのように、王女の私室の奥だけは、
奇妙なほど静まり返っていた。
「さあ、リリアンヌ。おやつの時間ですよ」
アレンはいつもと変わらない、洗練された流麗な手つきで、テーブルの上に銀のトレイを置いた。
立ち上るアールグレイの芳醇な香り。
そして、その傍らには、表面が美しく黄金色に焼き上げられた、甘いバターの香りが漂うブリオッシュ。
城内のすべての料理人が逃げ出したあと、アレンが自ら厨房に立ち、
彼女のために焼き上げた最後のパンだった。
「アレン……貴方、正気なの……? 外を見て。もう、すぐそこまで恐ろしい人たちが来ているのよ……?」
リリアンヌは椅子に腰掛けたまま、両手で頭を抱えて震えていた。
いつもなら「遅いわ!」と怒鳴り散らすはずの彼女が、今は青ざめた顔で、
アレンが淹れた紅茶を怯えた瞳で見つめている。
外から聞こえる民衆の「悪ノ娘を殺せ!」という呪詛の声が、彼女の心を完全にへし折っていた。
「正気ですよ、我が王女様。世界がどれほどひっくり返ろうとも、午後三時は貴女のおやつの時間です。
これだけは、誰にも邪魔させません」
アレンは静かに微笑み、彼女の前に跪いた。
そして、戸惑う彼女の小さな手を取り、そっと温かいブリオッシュを持たせる。
「……アレン。私、怖いの」
リリアンヌの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「みんな、私を恨んでいるわ。私が死ねば、みんな幸せになるの?
私はただ、カイル様に愛されたかっただけなのに。
私はただ、みんなが私を敬ってくれれば、それでよかったのに……」
生まれて初めて吐露された、王女の心からの弱音。
どれほど残酷な悪政を敷こうとも、その本質は愛に飢えた子供に過ぎなかった。
アレンはその涙を、自らの指先で優しく ぬぐった。
彼の指に触れたリリアンヌの涙は、ひどく冷たかった。
「貴女は何も間違っていません。欲しいものを欲しいと言って、何が悪いのですか。
民衆が愚かなだけです。ですから、そんなネズミたちの言葉に、貴女の美しい心を痛める必要はありません」
アレンは優しく、しかし有無を言わせぬ強い口調で言った。
リリアンヌはアレンの青い瞳に見つめられ、吸い込まれるように、
涙を流しながらブリオッシュを小さく千切って口に運んだ。
「……甘いわ。とても、美味しい……」
「それはよかった。貴女の笑顔が、僕にとってのすべてですから」
リリアンヌがブリオッシュを咀嚼し、紅茶を一口すする。
その一連の動作を、アレンは愛おしそうに、まるで網膜にその姿を永遠に焼き付けるかのように、
じっと見つめていた。
これが、二人が「王女」と「召使」として過ごす、最後の平穏な時間になる。
バガァァン!! と、ついに私室のすぐ前の廊下の扉が、荒々しく蹴り破られる音が響いた。
ジェルメイヌ率いる反乱軍の先遣隊が、この最上階へと到達したのだ。
「そこまでよ、悪ノ娘!!」
廊下から響く凛とした女の叫び声。
リリアンヌはビクッと身体を強張らせ、手に持っていたブリオッシュを床に落としてしまった。
「ア、アレン……! 来たわ! 悪魔たちが私を殺しに来たわ!」
リリアンヌはアレンの胸に顔を埋め、激しく狂ったように泣き叫んだ。
アレンは彼女の背中を、包み込むように強く、強く抱きしめた。血の繋がりすら超えた、
狂おしいほどの愛と執着をその腕に込めて。
「安心してください、リリアンヌ。僕の言った通りにすれば、君は絶対に助かる。
……さあ、僕たちの『最後の着替え』を始めましょう」
アレンは冷徹な、しかし最高に優しい微笑みを浮かべ、あらかじめ用意していた衣装の包みへと手を伸ばした。
反乱軍の放った大砲が、ついに王城の頑強な本丸の壁を穿ったのだ。
廊下からは、裏切り者や暴徒たちが金目のものを奪い合い、怒号を上げながら走り回る靴音が響いてくる。
破滅の足音は、すぐそこまで迫っていた。
しかし、そんなこの世の終わりのような喧騒から隔離されたかのように、王女の私室の奥だけは、
奇妙なほど静まり返っていた。
「さあ、リリアンヌ。おやつの時間ですよ」
アレンはいつもと変わらない、洗練された流麗な手つきで、テーブルの上に銀のトレイを置いた。
立ち上るアールグレイの芳醇な香り。
そして、その傍らには、表面が美しく黄金色に焼き上げられた、甘いバターの香りが漂うブリオッシュ。
城内のすべての料理人が逃げ出したあと、アレンが自ら厨房に立ち、
彼女のために焼き上げた最後のパンだった。
「アレン……貴方、正気なの……? 外を見て。もう、すぐそこまで恐ろしい人たちが来ているのよ……?」
リリアンヌは椅子に腰掛けたまま、両手で頭を抱えて震えていた。
いつもなら「遅いわ!」と怒鳴り散らすはずの彼女が、今は青ざめた顔で、
アレンが淹れた紅茶を怯えた瞳で見つめている。
外から聞こえる民衆の「悪ノ娘を殺せ!」という呪詛の声が、彼女の心を完全にへし折っていた。
「正気ですよ、我が王女様。世界がどれほどひっくり返ろうとも、午後三時は貴女のおやつの時間です。
これだけは、誰にも邪魔させません」
アレンは静かに微笑み、彼女の前に跪いた。
そして、戸惑う彼女の小さな手を取り、そっと温かいブリオッシュを持たせる。
「……アレン。私、怖いの」
リリアンヌの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「みんな、私を恨んでいるわ。私が死ねば、みんな幸せになるの?
私はただ、カイル様に愛されたかっただけなのに。
私はただ、みんなが私を敬ってくれれば、それでよかったのに……」
生まれて初めて吐露された、王女の心からの弱音。
どれほど残酷な悪政を敷こうとも、その本質は愛に飢えた子供に過ぎなかった。
アレンはその涙を、自らの指先で優しく ぬぐった。
彼の指に触れたリリアンヌの涙は、ひどく冷たかった。
「貴女は何も間違っていません。欲しいものを欲しいと言って、何が悪いのですか。
民衆が愚かなだけです。ですから、そんなネズミたちの言葉に、貴女の美しい心を痛める必要はありません」
アレンは優しく、しかし有無を言わせぬ強い口調で言った。
リリアンヌはアレンの青い瞳に見つめられ、吸い込まれるように、
涙を流しながらブリオッシュを小さく千切って口に運んだ。
「……甘いわ。とても、美味しい……」
「それはよかった。貴女の笑顔が、僕にとってのすべてですから」
リリアンヌがブリオッシュを咀嚼し、紅茶を一口すする。
その一連の動作を、アレンは愛おしそうに、まるで網膜にその姿を永遠に焼き付けるかのように、
じっと見つめていた。
これが、二人が「王女」と「召使」として過ごす、最後の平穏な時間になる。
バガァァン!! と、ついに私室のすぐ前の廊下の扉が、荒々しく蹴り破られる音が響いた。
ジェルメイヌ率いる反乱軍の先遣隊が、この最上階へと到達したのだ。
「そこまでよ、悪ノ娘!!」
廊下から響く凛とした女の叫び声。
リリアンヌはビクッと身体を強張らせ、手に持っていたブリオッシュを床に落としてしまった。
「ア、アレン……! 来たわ! 悪魔たちが私を殺しに来たわ!」
リリアンヌはアレンの胸に顔を埋め、激しく狂ったように泣き叫んだ。
アレンは彼女の背中を、包み込むように強く、強く抱きしめた。血の繋がりすら超えた、
狂おしいほどの愛と執着をその腕に込めて。
「安心してください、リリアンヌ。僕の言った通りにすれば、君は絶対に助かる。
……さあ、僕たちの『最後の着替え』を始めましょう」
アレンは冷徹な、しかし最高に優しい微笑みを浮かべ、あらかじめ用意していた衣装の包みへと手を伸ばした。

