推しが彼氏!?

☆第8話☆ 「終わらないで、夏。」

― ミオ目線 ―

夏休みも、あと一週間。

カレンダーを見つめながら、私は小さくため息をついた。

「もう、そんな時期なんだ……。」

事務所でのアルバイトも、残りあと少し。

最初は緊張してばかりだったのに、今ではスタッフさんもメンバーも、みんな優しく話しかけてくれる。

そして何より——。

(リオさんに会える時間も、あと少しなんだ……。)

そう考えただけで、胸がぎゅっと苦しくなる。

「ミオー!」

リビングからお母さんの声が聞こえた。

「朝ごはんできたよ!」

「はーい!」

返事をしながらも、心の中はどこか落ち着かなかった。

---

「おはようございます!」

事務所へ着くと、いつものように明るい声が飛んでくる。

「ミオちゃん、おはよー!」

ユウが元気いっぱいに手を振る。

「おはようございます!」

「今日は撮影じゃなくてダンスレッスンだよ!」

レンが教えてくれる。

「そうなんですね!」

スタジオへ入ると、大きな鏡の前でメンバーが準備運動を始めていた。

音楽が流れ、レッスンが始まる。

私はスタッフさんのお手伝いをしながら、飲み物やタオルを準備していた。

「ミオちゃん!」

スタッフさんが声をかける。

「休憩になったら、このスポーツドリンクお願いね!」

「はい!」

しばらくしてレッスンが一区切りつく。

「休憩しまーす!」

メンバーが床に座り込む。

「疲れた〜!」

ユウが大きく伸びをする。

ミオはドリンクを配り始めた。

「ユウさん、どうぞ!」

「ありがとう!」

「レンさんも!」

「助かります!」

一人ずつ手渡していき、最後にリオの前へ。

「リオさん、どうぞ。」

「……ありがとう。」

ボトルを受け取ったリオは、一瞬だけミオの手元を見る。

「……。」

「どうかしました?」

「指。」

「え?」

見ると、段ボールで少しだけ指先を切ってしまっていた。

「あ、本当だ。」

さっき準備をしている時についた小さな傷だった。

「全然気づきませんでした。」

笑ってごまかそうとすると——

リオは少しだけ眉をひそめた。

「痛くない?」

「これくらい大丈夫です!」

「……。」

リオは何も言わなかった。

でも、その表情はどこか心配そうだった。

---

― リオ目線 ―

今日のレッスンは、なかなかハードだった。

汗を拭きながら座っていると、ミオがドリンクを持ってきてくれた。

「リオさん、どうぞ。」

「ありがとう。」

ボトルを受け取ろうとして、ふと指先が目に入る。

小さな切り傷。

たぶん大したことはない。

でも——。

(痛そう。)

ミオは笑っている。

「大丈夫です。」と言っている。

だけど、無理をして笑っているようにも見えた。

「……。」

胸の奥が落ち着かない。

その時、ユウが隣に座った。

「リオ。」

「なに。」

「さっきからミオちゃんしか見てない。」

「……違う。」

「違わないって。」

ハルも苦笑する。

「でも、今日はちょっと心配そうだったね。」

「傷、見えたから。」

「それだけ?」

「……。」

言葉に詰まる。

もし、あの傷がもっと大きかったら。

もし、泣いていたら。

そんなことを考えた瞬間、自分でも驚くくらい胸が苦しくなった。

(守りたい。)

その気持ちが、はっきりと心に浮かぶ。

もう、この想いをごまかすことはできない。

だけど——

今の関係を壊してしまうのも怖かった。

だから今日も、何も言えないまま。

ただ、ミオの笑顔を見つめることしかできなかった——。

― ミオ目線 ―

ダンスレッスンが終わり、片付けをしているとスタッフさんが笑顔で声をかけてきた。

「みんな、お疲れさま!」

「今日は少し早く終わったから、近くの夏祭りに行かない?」

「えっ!?」

メンバーも思わず顔を見合わせる。

「本当ですか!?」

レンが目を輝かせる。

ユウはガッツポーズ。

「やったー!屋台行きたい!」

ハルも笑顔でうなずいた。

「たまには息抜きもいいね。」

スタッフさんは私にも声をかけてくれた。

「ミオちゃんも一緒においで!」

「私もですか?」

「もちろん!」

思いがけないお誘いに、胸が弾む。

---

夕方。

夏祭りの会場へ向かう前に、一度家へ戻った私は、お母さんが用意してくれた浴衣に袖を通した。

淡い水色に、小さな白い朝顔の柄。

鏡を見ると、少しだけいつもと違う自分が映っていた。

「似合ってるよ。」

お母さんが優しく笑う。

「ありがとう!」

少し照れながら、私は会場へ向かった。

---

夏祭りの入り口。

提灯の灯りが並び、屋台からは甘いりんご飴や焼きそばの香りが漂ってくる。

「ミオちゃん!」

ユウが手を振る。

「こっちこっち!」

「お待たせしました!」

私が近づくと、みんなが一斉に振り向いた。

「おぉ……!」

レンが目を丸くする。

「浴衣、すごく似合ってます!」

「ありがとう!」

ソラも優しく微笑む。

「夏らしくて素敵だね。」

少し照れてしまう。

その時。

みんなの少し後ろにいたリオさんと目が合った。

「……。」

リオさんは何も言わない。

ただ、少しだけ目を見開いたまま立ち止まっていた。

(あれ……?)

変だったかな。

少し不安になった、その時。

「……似合ってる。」

小さな声。

でも、ちゃんと聞こえた。

「えっ……。」

思わず顔が熱くなる。

「ありがとうございます……。」

リオさんは少し照れたように目をそらし、そのまま歩き出した。

でも、その耳は少し赤くなっていた。

(今、褒めてくれた……。)

胸がドキドキして止まらない。

---

― リオ目線 ―

夏祭りの会場でミオを見た瞬間、時間が止まった気がした。

(……きれい。)

浴衣姿のミオは、いつもより少し大人っぽく見えた。

優しく笑う姿に、胸が苦しくなる。

(かわいい……。)

思わず口に出しそうになって、慌てて飲み込む。

「リオ。」

ユウが肩を軽くつつく。

「固まってる。」

「……。」

「そんなに見つめたらバレるって。」

「見てない。」

「いや、見てた。」

ハルが小さく笑う。

「リオ、今日は本当に分かりやすい。」

ごまかそうとしても無理だった。

結局、小さく「似合ってる」と言うのが精一杯。

でも。

ミオが嬉しそうに笑ってくれた。

その笑顔だけで、胸がいっぱいになる。

「じゃあ、自由行動!」

スタッフさんの声が響く。

「30分後に、この鳥居の前に集合ね!」

「はーい!」

メンバーはそれぞれ屋台へ向かって歩き始める。

その時だった。

「リオ!」

ユウがニヤッと笑う。

「ミオちゃんと金魚すくい行ってきたら?」

「え?」

ミオも驚いて目を丸くする。

「俺たちは向こう見てくるから!」

「ちょっ、ユウ!」

ユウはハルたちと一緒に笑いながら人混みの中へ行ってしまった。

気づけば。

鳥居の前には、リオとミオの二人だけ。

夏祭りのにぎやかな音が聞こえる中、二人は少し照れくさそうに顔を見合わせた。

「……行く?」

リオが静かに尋ねる。

ミオは少し緊張しながらも笑顔でうなずいた。

「はい!」

二人は並んで、金魚すくいの屋台へ歩き出す。

それは二人にとって、初めての"二人きりの夏の時間"だった――。

― ミオ目線 ―

「いらっしゃいませー!」

屋台の明るい声が響く。

「金魚すくい、やってみる?」

リオさんが水槽を見ながら聞いてくる。

「はい!」

私は小さくうなずいた。

仕事では何度も話したことがある。

でも。

こうして並んで歩くのは初めてだった。

なんだか不思議な感じがする。

「ミオ、先どうぞ。」

「え、でもリオさんも……。」

「俺は後でいい。」

そう言って笑う。

その優しさに、また胸がドキッとした。

「よし……!」

私はそっとポイを水の中へ入れる。

慎重に動かすけれど――。

「あっ……!」

あと少しのところで破れてしまった。

「残念……。」

落ち込んでいると。

「貸して。」

「え?」

リオさんがポイを受け取る。

真剣な表情で水槽を見る姿に、思わず見とれてしまう。

「……。」

「リオさん、上手ですね。」

「昔、やったことあるから。」

数秒後。

「取れた。」

「すごい!」

思わず拍手してしまう。

リオさんは少し困ったように笑った。

「そんなに喜ぶ?」

「だってすごいです!」

その笑顔を見て、リオさんも嬉しそうに笑う。

その瞬間。

(あ……。)

思った。

ステージの上じゃない。

テレビの中でもない。

今目の前にいるリオさんは――

ただの優しい人だった。

---

「次、りんご飴行きませんか?」

「いいよ。」

屋台を歩きながら、いろんな話をした。

好きな食べ物。

最近見た映画。

子どもの頃の話。

今まで知らなかったリオさんを、少しずつ知っていく。

「リオさんって、昔から静かだったんですか?」

「うん。たぶん。」

「今もですよね。」

「……そう?」

「はい。でも。」

私は笑う。

「最近、少し変わりました。」

リオさんがこちらを見る。

「どう変わった?」

「前より、笑うようになりました。」

少しだけ沈黙。

そして。

「……ミオのおかげかも。」

「え?」

聞き返す前に、大きな音が響いた。

ドーン。

夜空に花火が上がる。

「わぁ……!」

思わず空を見上げる。

色とりどりの光が夜空を彩っていた。

---

― リオ目線 ―

花火を見るミオの横顔から、目が離せなかった。

楽しそうに笑う姿。

綺麗だと思った。

でも、それ以上に。

この時間が終わってほしくないと思った。

「ミオ。」

名前を呼ぶ。

「はい?」

振り向いたミオと目が合う。

言いたいことがあった。

楽しい。

もっと一緒にいたい。

ミオのことを大切に思っている。

でも。

今はまだ。

この気持ちを伝えるには、少し早い気がした。

だから。

「……夏、終わってほしくないね。」

そう言った。

ミオは少し驚いたあと、優しく笑う。

「私もです。」

その言葉を聞いた瞬間、胸が温かくなる。

同じ気持ちだった。

---

花火が終わり、集合場所へ戻る途中。

「リオ。」

ユウがニヤニヤしながら近づいてくる。

「楽しかった?」

「……普通。」

「またそれ言う。」

ハルも笑っている。

「でも、顔が違うよ。」

「……。」

自分では分からなかった。

でも。

ミオと過ごした時間を思い出すと、自然と笑ってしまう。

その時。

少し前を歩いていたミオが振り返る。

「リオさん!」

「?」

「今日はありがとうございました!」

笑顔。

その一言だけで、胸がいっぱいになる。

「……うん。」

そして小さく続けた。

「また行こう。」

ミオは驚いた顔をしたあと――

嬉しそうに笑った。

「はい!」

夏の夜。

花火の光は消えてしまったけれど。

二人の心に残った時間は、ずっと消えなかった。

そして。

残り少ない夏休み。

二人の距離は、もう戻れないくらい近づいていた――。