☆第5話☆ 「初めてのファンイベント」
海でのMV撮影から数日後――。
「ミオちゃん、おはよう!」
事務所へ着くと、スタッフさんが慌ただしく準備をしていた。
「今日はいつもより忙しいから、一緒に頑張ろうね!」
「はい!」
ミオは気合いを入れて返事をする。
今日はNXTのファンイベントの日。
新曲の発売を記念したイベントで、たくさんのファンが会場へ集まる予定だった。
「イベントって、こんなに準備することがあるんだ……。」
机の上には、グッズや資料、名札、ペンライトなどがきれいに並べられている。
「ミオちゃん、このプレゼントBOXをステージ裏へお願い!」
「分かりました!」
両手で大きな箱を持ち、急いで歩き出す。
すると――
「おはよう。」
聞き慣れた落ち着いた声。
「リオさん!」
「……おはよう。」
少しだけ目が合う。
それだけなのに、ミオは自然と笑顔になった。
「今日はイベントですね!」
「うん。」
「楽しみです!」
リオは少しだけ口元を緩める。
「……俺も。」
その笑顔を見て、ミオの胸が高鳴る。
(最近、少しだけ笑ってくれるようになった……。)
---
控え室では、メンバーがイベント前の最終確認をしていた。
「緊張するな〜!」
レンが深呼吸をする。
「レン、大丈夫。いつも通りでいいよ。」
ハルが優しく声をかける。
「今日は新曲も初披露だからね!」
ソラは歌詞カードを見直していた。
ユウは鏡の前で髪型を整えながら笑う。
「よーし!今日も最高の一日にしよう!」
「気合い入りすぎ。」
リオが静かにツッコむ。
「リオがツッコんだ!」
ユウが大げさに驚くと、控え室に笑い声が広がった。
ミオも思わず笑ってしまう。
その笑顔を見たリオも、つられるように少しだけ笑った。
その様子に気づいたユウは、小さくハルへ耳打ちする。
「……また笑った。」
「うん。」
「しかもミオちゃん見て。」
ハルは優しく微笑む。
「本当に変わったね。」
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イベント開始まで、あと30分。
ミオはステージ袖で最終確認をしていた。
「忘れ物なし……。」
「資料もOK。」
「飲み物も準備できた。」
ホッと息をついた、その時。
「ミオ。」
「え?」
振り向くと、リオが立っていた。
「これ。」
差し出されたのは、小さなペットボトルだった。
「水分、ちゃんと取って。」
「えっ……私に?」
「うん。」
「でも、リオさんの分じゃ……。」
「スタッフさんが持ってきてくれた。」
リオは少し照れたように視線をそらす。
「倒れられたら困る。」
その言葉に、ミオは思わず笑った。
「ありがとうございます!」
ペットボトルを受け取ると、リオも小さくうなずく。
そのやり取りを、少し離れた場所から見ていたユウは口元を押さえた。
「……やばい。」
「どうした?」
ソラが尋ねる。
「リオがスタッフに水渡してる。」
「確かに珍しいね。」
ハルはクスッと笑った。
「本人は無意識なんだろうけど。」
その頃、リオは何事もなかったようにステージへ向かって歩き出していた。
でも、その胸の中では。
(……ちゃんと飲んでくれるかな。)
そんなことを考えている自分に、まだ気づいていなかった――。
「まもなく開演です!」
スタッフさんの声が響き、会場の空気が一気に引き締まる。
ステージの向こうからは、ファンのみんなの歓声が聞こえてくる。
「すごい……。」
ミオは思わず息をのんだ。
こんなにもたくさんの人が、NXTに会うために集まっている。
(みんな、本当に愛されてるんだ。)
ステージ袖では、メンバーが円になっていた。
「今日も楽しもう!」
ハルが手を差し出す。
「おー!」
5人の手が重なった。
その姿を見て、ミオの胸は熱くなる。
「NXT、お願いします!」
スタッフ全員が声をそろえる。
「よろしくお願いします!」
リオは一瞬だけ振り返り、ミオと目が合った。
小さくうなずく。
ミオも笑顔でうなずき返した。
その瞬間――
「NXTーーー!!」
会場中が大歓声に包まれる。
スポットライトが5人を照らし、新曲のイントロが流れ始めた。
(すごい……。)
普段は静かなリオも、ステージに立つとまるで別人だった。
堂々としたパフォーマンス。
優しい笑顔。
ファン一人ひとりに目を向ける姿。
(やっぱり……かっこいい。)
ミオは仕事中だということも忘れそうになるくらい見とれてしまう。
「ミオちゃん!」
スタッフさんに呼ばれ、ハッと我に返る。
「はい!」
「次のコーナーのプレゼント準備お願い!」
「分かりました!」
急いでプレゼントBOXを運び、ステージ袖で待機する。
イベントは順調に進んでいた。
しかし――。
トークコーナーの途中。
「……あれ?」
司会者さんが小さく首をかしげた。
「プレゼント抽選BOXが……。」
そこにあるはずの箱がない。
スタッフたちが一瞬ざわつく。
(えっ!?)
ミオは周りを見渡す。
「さっきここに置いたはず……!」
焦る。
イベントは止められない。
(どうしよう……。)
その時だった。
「ミオ。」
リオがステージ上から、ほんの一瞬だけミオを見た。
その目は、まるで
『落ち着いて。大丈夫。』
そう伝えているようだった。
ミオは深呼吸をひとつする。
(そうだ、焦っちゃダメ。)
落ち着いて思い返す。
「……控え室!」
準備中に、安全のため控え室へ移動させたことを思い出した。
「私、取ってきます!」
スタッフさんもホッとした表情でうなずく。
ミオは急いで控え室へ向かった。
数分後。
「ありました!」
無事に抽選BOXを届けることができ、イベントは何事もなかったかのように再開した。
ステージ袖に戻ると、スタッフさんが小さく笑った。
「ミオちゃん、ナイス!」
「ありがとうございます……!」
ホッと胸をなで下ろす。
その時、リオがステージの立ち位置へ戻る前に、一瞬だけミオの方を見た。
誰にも分からないくらい小さく。
親指を立てて見せた。
(……!)
ミオは思わず笑顔になる。
そのやり取りを見ていたユウは、心の中で思わず笑ってしまう。
(リオ、そんなことするようになったんだ。)
イベントはまだ続く。
だけど二人の心は、今日一日でまた少しだけ近づいていた――。
「本日は本当にありがとうございました!」
イベントが終わると、会場は大きな拍手に包まれた。
「ありがとうございましたー!」
NXTの5人は最後まで笑顔でファンに手を振る。
ステージの幕が閉まると、メンバーもスタッフもほっと息をついた。
「お疲れさまでした!」
「お疲れ!」
「今日も最高だったね!」
ユウが大きく伸びをすると、レンも笑顔でうなずく。
「みなさん、すごく楽しそうでした!」
「それが一番だね。」
ハルが優しく笑った。
ミオはステージ袖で片付けを始める。
今日も忙しかった。
でも、誰もケガをせずに終われたことが何より嬉しかった。
「ミオちゃん。」
スタッフさんが笑顔で近づいてくる。
「今日、本当に助かったよ。」
「いえ!私、途中でプレゼントBOXのこと忘れちゃって……。」
「でも、ちゃんと思い出してくれたでしょ?」
「はい……!」
「焦っても最後までやり切れた。それが大事なんだよ。」
その言葉に、ミオはほっと胸をなで下ろした。
「ありがとうございます!」
その様子を少し離れた場所から見ていたリオは、小さく笑った。
(ちゃんと笑ってる。)
それだけで安心した。
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帰る準備を終えた頃。
会場の外は、夕暮れに染まっていた。
スタッフやメンバーがロケバスへ向かう中、ミオは一人で忘れ物がないか確認していた。
「これで最後かな……。」
そうつぶやいた時。
「ミオ。」
静かな声が後ろから聞こえた。
振り向くと、リオが立っている。
「リオさん?」
「……今日。」
少しだけ照れたように視線をそらす。
「お疲れさま。」
「えっ……。」
今まで「ありがとう」は言われたことがあった。
でも、「お疲れさま」と声をかけられたのは初めてだった。
「リオさんも、お疲れさまでした!」
ミオが笑顔で返す。
するとリオも、ふっと優しく笑った。
「あと。」
「はい?」
「プレゼントBOX。」
「……うん。」
「あれ、ちゃんと見つけてくれて助かった。」
「私が動かしてたのに、本当にすみませんでした……。」
「でも。」
リオは首を横に振る。
「ちゃんと落ち着いて動けた。」
「……。」
「すごいと思った。」
ミオは思わず目を見開く。
憧れの人からそんな言葉をもらえるなんて、思ってもみなかった。
「ありがとうございます……!」
思わず笑顔になる。
その笑顔を見て、リオも安心したように小さく笑った。
その瞬間。
「リオーー!」
遠くからユウの声が飛んでくる。
「またミオちゃんと話してる!」
「早く乗るよー!」
「……今行く。」
リオは少し恥ずかしそうに返事をすると、ミオへ向き直った。
「じゃあ。」
「はい!」
「また明日。」
その何気ない一言。
でも、ミオにとっては特別だった。
「はい!また明日!」
リオは軽く手を振り、ロケバスへ向かっていく。
その後ろ姿を見送りながら、ミオは胸に手を当てた。
("また明日"って……。)
仕事だから、明日も会える。
それだけのこと。
それだけのはずなのに、どうしてこんなに嬉しいんだろう。
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ロケバスの中。
「リオ。」
ユウがニヤニヤしながら隣に座る。
「……何。」
「"また明日"だって?」
「別に普通。」
「普通かなぁ?」
ソラも笑いをこらえている。
レンは首をかしげた。
「でも、リオさんが自分から言うのは珍しいですよね。」
ハルは優しく笑った。
「少しずつ変わってきたんだね。」
リオは窓の外へ目を向ける。
夕焼けに染まる街並みが流れていく。
ふと頭に浮かぶのは、今日何度も見たミオの笑顔。
(……また明日。)
自然と口元が緩む。
その笑顔を見たユウは、小さくガッツポーズをした。
(よし。これは絶対うまくいく。)
でも。
リオ自身は、まだ気づいていなかった。
この胸の高鳴りが、恋だということに――。
