推しが彼氏!?

☆第4話☆ 「海風が運ぶ、小さな変化」

「今日は海でMV撮影です!」

スタッフさんの声が響く。

朝早く、ミオたちはロケバスに乗って海へ向かっていた。

窓の外には、どこまでも続く青い空。

「海だー!」

レンは子どものようにはしゃいでいる。

「レン、まだ撮影前だから元気残しといて。」

ソラが笑いながら声をかける。

「はーい!」

ユウはスマホで景色を撮影しながら、

「今日の天気、最高じゃん!」

と嬉しそうに笑った。

ミオはそんなメンバーを見て、思わず笑みがこぼれる。

(みんな、本当に仲良しなんだな。)

その時、隣の席から静かな声が聞こえた。

「……酔ってない?」

「え?」

振り向くと、リオがこちらを見ていた。

「バス。」

「あっ、大丈夫です!」

「そう。」

短い返事。

でも、ミオが笑顔で答えると、リオは安心したように小さくうなずいた。

そのやり取りを、前の席に座っていたユウはバックミラー越しに見ていた。

(また気にしてる。)

思わずニヤッと笑う。

◇ ◇ ◇

海へ到着すると、スタッフ全員が一斉に準備を始めた。

「ミオちゃん!」

「はい!」

「この衣装を控えのテントまでお願い!」

「分かりました!」

海風が少し強い。

ミオは衣装を飛ばさないよう、両手でしっかり抱える。

その姿を遠くから見ていたリオは、撮影の合間にも何度か視線を向けていた。

(ちゃんと運べてる。)

自分でも不思議だった。

なぜか気になってしまう。

そんな時――

ビュオッ!!

突然、強い風が吹いた。

「きゃっ!」

ハンガーに掛けられていた衣装がふわっと宙に舞う。

「あっ!」

ミオは慌てて追いかける。

「待って!」

すると、その先へ走っていく人影があった。

「リオ!」

ハルが驚いて声を上げる。

リオは砂浜を駆け抜け、飛ばされそうになった衣装を素早くキャッチした。

「……危なかった。」

息を整えながら、衣装を大切そうに抱える。

「リオさん!」

駆け寄ったミオは深く頭を下げた。

「本当にありがとうございます!」

「衣装は大事だから。」

そう言ってリオは衣装を渡す。

その時。

海風でミオの前髪がふわりと揺れた。

リオは一瞬だけ目を見開く。

(……かわいい。)

思わずそう思ってしまった自分に驚く。

すぐに視線をそらした。

「……気をつけて。」

「はい!」

ミオは嬉しそうに笑う。

その笑顔を見たリオは、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じていた。

しかし、その様子を少し離れた場所から見ていたユウは、ハルの肩をポンと叩く。

「ねぇ。」

「うん。」

「もうリオ、自分で気づいてないだけだよ。」

ハルは優しく笑った。

「そうだね。」

青い海と、夏の風。

二人の距離は、少しずつ、でも確かに縮まっていた――。

「それじゃあ、次はリオくんのソロカットお願いします!」

監督の声が海辺に響く。

「はい。」

リオは静かに返事をすると、白いシャツの裾を風になびかせながら砂浜へ歩いていく。

カメラが回る。

さっきまでの穏やかな表情とはまるで別人だった。

力強い視線。

優しい笑顔。

一つひとつの動きが自然で、スタッフたちから思わず感心の声が上がる。

「さすがリオくん……。」

ミオも思わず見とれてしまう。

(やっぱり、ステージの上では誰よりも輝いてる。)

画面越しに憧れていた"推し"が、目の前で輝いている。

その姿に、胸が熱くなった。

「……OK!」

撮影が終わると、リオは静かにスタッフの元へ戻ってくる。

額には汗がにじんでいた。

ミオはすぐに冷たいタオルを持って駆け寄る。

「リオさん、お疲れさまです!」

「……ありがとう。」

タオルを受け取り、リオは小さく微笑む。

「暑いですね。」

ミオが笑うと、リオも空を見上げた。

「今日は特に。」

そのとき。

「ミオちゃん!」

スタッフさんの声が聞こえる。

「飲み物が足りないみたい!車まで取りに行ってくれる?」

「はい!」

ミオは急いでワゴン車へ向かった。

ところが――。

「えっ……。」

車のドアが固くて開かない。

何度引いても動かない。

「どうしよう……。」

困っていると、後ろから足音が近づいてきた。

「開かない?」

振り返ると、リオだった。

「リ、リオさん!」

「貸して。」

リオはドアノブを一度押し込み、それから静かに引いた。

カチャッ。

「あっ!」

簡単にドアが開いた。

「押してから引くタイプ。」

「あ……そうだったんですね。」

ミオは恥ずかしそうに笑う。

「ありがとうございます。」

「ううん。」

二人で飲み物のケースを持ち上げる。

「これ、重いですね。」

「半分持つ。」

「でも、撮影の途中なのに……。」

「すぐ終わる。」

短く答えるリオ。

二人は並んでテントへ向かった。

潮風が心地よく吹き抜ける。

「……海、好き?」

突然の質問に、ミオは少し驚いた。

「好きです!」

「小さい頃、家族でよく来てました。」

「そうなんだ。」

「リオさんは?」

少しだけ間が空く。

「仕事で来ることが多いかな。」

「でも……。」

リオは海を見つめながら、小さく笑った。

「今日の海は、なんか好き。」

「え?」

「……いや、なんでもない。」

その言葉の意味を、ミオはまだ知らない。

本当は――

"ミオと一緒に見る海だから。"

そんな気持ちが、リオの心に少しずつ芽生え始めていた。

遠くでは、その様子を見ていたユウがニヤリと笑う。

「ハル。」

「どうした?」

「二人で海デートみたいになってる。」

「シーッ。」

ハルは笑いながら人差し指を口元に当てた。

「まだ内緒。」

「分かってるよ。」

ソラも微笑む。

「でも、リオがあんなに自然に話してるの、初めて見た。」

レンも目を丸くする。

「本当だ……。」

少しずつ、少しずつ。

二人の距離は、誰の目にも分かるくらい近づき始めていた――。

「それでは最後、全員で海辺を歩くシーンいきます!」

監督の声が響き、NXTの5人が波打ち際へ並ぶ。

「スタート!」

夏の風が白いシャツを揺らす。

波の音と笑い声。

モニター越しに見る映像は、まるで青春映画のワンシーンのようだった。

「……カット!」

撮影は無事に終了。

「お疲れさまでした!」

スタッフたちから拍手が起こる。

「やっと終わった〜!」

ユウが大きく伸びをすると、レンも嬉しそうに笑う。

「海、きれいでしたね!」

ミオも自然と笑顔になった。

(今日も無事に終わってよかった。)

そう思った、その時。

「あっ!」

小道具を片づけようとしたミオは、足元の砂に気づかず少し滑ってしまう。

持っていた小さなケースが手から離れ、砂浜に落ちた。

カタンッ。

「ご、ごめんなさい!」

慌てて拾い上げる。

幸い中身は無事だった。

でも、近くにいたスタッフが少し心配そうに言った。

「ミオちゃん、大丈夫?慌てなくていいからね。」

「はい……。」

ミオは笑顔で返事をしたものの、心の中では少し落ち込んでいた。

(また迷惑かけちゃった……。)

その様子を、リオは少し離れた場所から見ていた。

◇ ◇ ◇

帰る準備が始まり、みんながロケバスへ向かう。

ミオは一人、最後の確認をしていた。

忘れ物はないかな。

ゴミは残ってないかな。

そう見回していると――

「ミオ。」

聞き慣れた声がした。

振り向くと、リオが立っていた。

「リオさん?」

「さっき。」

「え?」

「気にしてる?」

ミオは少しだけ困ったように笑う。

「……少しだけ。」

「スタッフさんに迷惑かけちゃったかなって。」

リオは首を横に振った。

「誰もそう思ってない。」

「でも……。」

「ミオ。」

優しい声だった。

「今日、すごく頑張ってた。」

「……。」

「俺、ちゃんと見てた。」

その一言で、胸がいっぱいになる。

「失敗より。」

リオは少し照れたように笑う。

「頑張ってる方が、ずっと印象に残る。」

ミオの目には、少しだけ涙が浮かんだ。

「……ありがとうございます。」

「うん。」

二人はしばらく、夕日に染まる海を眺めていた。

波の音だけが静かに響く。

その穏やかな時間を壊したのは――

「リオーー!」

ユウの大きな声だった。

「帰るよーー!」

「あ。」

リオは少し名残惜しそうに海を見つめる。

「行こう。」

「はい!」

二人は並んで歩き始めた。

少しだけ肩の距離が近づいていたことに、お互いまだ気づいていない。

◇ ◇ ◇

ロケバスの中。

ユウはニヤニヤしながらハルの隣に座る。

「ねぇ。」

「うん?」

「リオ、絶対好きじゃん。」

ハルは苦笑いしながら窓の外を見る。

「まだ『好き』って気づいてないだけだね。」

ソラも小さく笑った。

「でも、あんなに優しく話すリオは久しぶり。」

レンもうれしそうにうなずく。

「なんだか応援したくなります!」

その頃、窓側の席に座るリオは、イヤホンを耳につけながらぼんやり海を見ていた。

頭に浮かぶのは、今日何度も見たミオの笑顔。

笑った顔。

頑張る姿。

少し落ち込んでいた顔。

そして最後に見せた、安心したような笑顔。

(……また笑ってほしい。)

その想いが胸に浮かんだ瞬間、リオは小さく息をついた。

「……これ、なんなんだろ。」

まだ答えは分からない。

だけど、少しずつ。

本当に少しずつ。

その気持ちは"恋"へと変わり始めていた――。