推しが彼氏!?

☆第3話☆ 「この気持ちの名前」


「おはようございます!」

夏休み三日目。

いつものように事務所へ入ると、受付のスタッフさんが笑顔で迎えてくれた。

「おはよう、ミオちゃん!」

「今日もよろしくお願いします!」

三日目にもなると、少しずつ緊張も和らいできた。

廊下ですれ違うスタッフさんとも挨拶を交わしながら、控え室へ向かう。

コンコン。

「失礼します。」

ドアを開けると、すでにメンバーが集まっていた。

「ミオちゃん、おはよー!」

ユウが大きく手を振る。

「おはようございます!」

「今日は元気だね。」

ソラが優しく笑う。

レンも眠そうな顔で小さく手を振った。

「おはようございます……。」

「レンくん、今日も眠そう。」

「昨日はちゃんと寝ましたよ!」

「本当かな〜?」

ユウがからかうと、部屋中に笑い声が広がる。

その時だった。

「……おはよう。」

静かな声。

振り向くと、リオが立っていた。

「お、おはようございます!」

ミオが笑顔で返すと、リオも小さくうなずく。

そのやり取りを見たユウは、ハルの肩をトントンと叩いた。

「ねぇ。」

「ん?」

「リオ、自分から挨拶した。」

ハルはクスッと笑う。

「昨日より進歩してる。」

リオは聞こえていたのか、小さくため息をついた。

「……うるさい。」

「はいはい。」

ユウはニヤニヤしながら笑っていた。

◇ ◇ ◇

午前中の仕事を終え、お昼休憩。

「ミオちゃん!」

レンが駆け寄ってくる。

「ちょっと教えてほしいことあるんだけど!」

「私でよければ!」

「このゲームやったことある?」

スマホを見せられ、二人は楽しそうに話し始めた。

「そこはこうするとクリアしやすいよ!」

「えっ!本当!?」

「うん!」

レンは目を輝かせる。

「すごい!ありがとう!」

二人の笑い声が控え室に響く。

少し離れた場所では、リオが静かに水を飲んでいた。

何気なく二人を見る。

楽しそうに笑うミオ。

それにつられて笑うレン。

その光景を見た瞬間――。

「……。」

胸の奥が、少しだけモヤっとした。

(……何だろ。)

理由は分からない。

ただ、気づけば視線がそちらへ向いてしまう。

「リオ。」

ハルが隣に座る。

「どうした?」

「……別に。」

そう答えながらも、またミオたちを見てしまう。

その様子に気づいたハルは、小さく笑った。

「そっか。」

「?」

「いや、なんでもない。」

リオは首をかしげる。

でも、その胸の違和感だけは消えなかった。

その感情の名前を、まだ誰も知らない──。

昼休憩も終わり、午後はMV撮影の打ち合わせが始まった。

ミオはスタッフとして資料を配り、メモを取りながら話を聞いている。

「次の撮影は海辺だから、移動時間も考えて準備をお願いします。」

「はい!」

真剣にうなずくミオを見て、スタッフたちも安心したように笑う。

「ミオちゃん、もうすっかり頼りになるね。」

「ありがとうございます!」

照れくさそうに笑うミオ。

その笑顔を、リオは自然と目で追っていた。

「……。」

(また見てる。)

自分でも気づかないうちに視線が向いてしまう。

そのときだった。

「リオ。」

隣からユウが小声で話しかける。

「ん?」

「さっきからミオちゃんばっか見てる。」

「……見てない。」

「いや、見てる。」

「見てない。」

「見てる。」

二人のやり取りに、ソラが思わず吹き出した。

「ふふっ。」

ハルも笑いをこらえながら肩をすくめる。

「ユウ、そのくらいにしてあげなよ。」

「だって分かりやすいんだもん。」

リオはため息をついた。

「仕事見てただけ。」

「本当に?」

ユウはニヤニヤが止まらない。

「レンと話してる時も見てたよ?」

「……。」

返事がない。

「図星。」

「うるさい。」

控え室に小さな笑いが広がる。

その頃。

ミオは資料を持って廊下へ出ていた。

「これ、会議室に届ければいいのかな?」

急ぎ足で歩いていると――

コツン。

「あっ!」

角を曲がった瞬間、誰かと軽くぶつかりそうになる。

「ご、ごめんなさい!」

顔を上げると、そこにはリオがいた。

「大丈夫?」

「はい!私が前を見てなくて……。」

リオは散らばりかけた資料をそっと押さえる。

「急がなくても間に合う。」

「でも、時間が……。」

「焦ると転ぶ。」

その言葉に、ミオは思わず笑ってしまった。

「リオさん、それ前にも言ってくれましたよね。」

「……言った?」

「はい。」

「覚えてたんだ。」

「もちろんです。」

そう答えると、リオは少しだけ驚いたような顔をした。

「……そっか。」

沈黙。

でも、不思議と気まずくない。

「ミオ。」

「はい?」

「いつも頑張ってるね。」

その一言に、ミオは目を丸くした。

「え……?」

「ちゃんと見てる。」

照れくさいのか、それ以上は何も言わず、リオは歩き出してしまう。

ミオはその背中を見つめたまま、小さく笑った。

「……ありがとうございます。」

その様子を、少し離れた場所からユウが見ていた。

「ハル。」

「うん。」

「もうリオ、自覚ないだけだよね。」

ハルは静かに笑う。

「うん。」

「完全に気になってる。」

一方のリオは、廊下を歩きながら自分の胸に手を当てていた。

(……なんであんなこと言ったんだろ。)

言うつもりなんてなかった。

でも、自然に言葉が出てきた。

"ちゃんと見てる"

その言葉の意味を考えるたび、胸が少しだけ熱くなる。

まだ、この気持ちの名前は分からない。

だけど――

何かが、少しずつ変わり始めていた。

午後の打ち合わせが終わると、スタッフたちは翌日の撮影準備を始めていた。

「ミオちゃん、この小道具を倉庫にお願い!」

「はい!」

ミオは大きな箱を抱え、倉庫へ向かう。

「……ちょっと重いかも。」

箱のせいで前が見えにくい。

慎重に歩いていた、その時だった。

「あっ……!」

足元にあったコードに気づかず、バランスを崩してしまう。

「きゃっ!」

箱が傾いた瞬間――。

「危ない。」

誰かの腕が、とっさに箱を支えた。

同時に、ミオの肩をそっと引き寄せる。

「……大丈夫?」

聞こえてきたのは、落ち着いた声。

「リ、リオさん……!」

リオは何も言わず箱を持ち直し、コードを足で端へ寄せた。

「これじゃ転ぶ。」

「ご、ごめんなさい……。」

「謝らなくていい。」

リオは少し困ったように笑う。

「スタッフさんにも言っておく。」

その優しさに、ミオは胸がいっぱいになった。

「ありがとうございます……!」

二人で倉庫まで箱を運び終えると、静かな空気が流れる。

「……。」

「……。」

気まずいわけじゃない。

でも、お互い何を話せばいいのか分からない。

その沈黙を破ったのは、リオだった。

「ミオ。」

「はい?」

「無理、しすぎないで。」

「え……?」

「頑張るのはいいけど。」

少しだけ照れくさそうに視線をそらしながら続ける。

「自分のことも大事にして。」

その言葉に、ミオの胸がぎゅっと締めつけられた。

「……はい!」

自然と笑顔になる。

その笑顔を見たリオも、ほんの少しだけ微笑んだ。

---

その頃。

廊下の角では――。

「……見ちゃった。」

ユウが小さくつぶやく。

「うん。」

ハルも苦笑い。

「完全に心配してたね。」

ソラは静かに笑う。

「リオらしい。」

レンは首をかしげる。

「リオさんって、あんなに話す人でしたっけ?」

「昔から優しいんだけどね。」

ハルは腕を組みながら答える。

「本当に大切だと思った相手には、ちゃんと行動で伝えるタイプなんだ。」

ユウはニヤリと笑う。

「これは面白くなってきたな〜。」

「からかいすぎちゃダメだよ。」

「分かってるって!」

---

仕事を終えた帰り道。

ミオは夕焼けに染まる空を見上げながら歩いていた。

(今日も楽しかったな……。)

リオに「無理しすぎないで」と言われたことが、何度も頭に浮かぶ。

(優しい人なんだ……。)

画面の向こうで見ていた姿とは少し違う。

クールだけど、不器用で。

言葉は少ないけれど、人をちゃんと見ている。

そんな一面を知るたびに、胸のドキドキは少しずつ大きくなっていた。

一方、帰りの車の中。

リオは窓の外をぼんやり眺めていた。

「リオ。」

ハルが静かに声をかける。

「ん?」

「今日、ミオちゃんのこと助けてたね。」

「……近くにいたから。」

「それだけ?」

「……。」

返事がない。

ユウは後ろの席から身を乗り出した。

「リオ〜。」

「なに。」

「ミオちゃんのこと、気になってる?」

「……は?」

「顔、真っ赤。」

「違う。」

「じゃあ何で?」

リオは少し黙ったあと、小さく笑って首を振る。

「……自分でも分からない。」

その答えを聞いたハルは、窓の外を見ながら優しくつぶやいた。

「分からないなら、それでいいよ。」

「え?」

「その気持ちは、焦らなくてもちゃんと分かる日が来るから。」

車は夕焼けの街を走り抜けていく。

誰もまだ知らない。

この小さな出会いが、二人の運命を大きく変えていくことを――。