推しが彼氏!?



☆第2話☆ 「少しずつ縮まる距離」

「おはようございます!」

翌朝。

ミオは昨日より少しだけ落ち着いた表情で芸能事務所の扉を開けた。

「おはよう、ミオちゃん。」

受付スタッフが笑顔で迎えてくれる。

「今日もNXTの現場だから、よろしくね。」

「はい!」

昨日は夢みたいな一日だった。

だけど今日は違う。

"スタッフ"として、ちゃんと役に立ちたい。

そう思いながら控え室へ向かう。

コンコン。

「失礼します。」

ドアを開けると、メンバーはすでに準備を始めていた。

「おっ!ミオちゃん、おはよう!」

真っ先に声をかけてくれたのはユウ。

「お、おはようございます!」

「そんなに緊張しなくて大丈夫だって〜!」

「ユウ、朝から元気だね。」

ソラが笑う。

レンも眠そうに目をこすりながら小さく手を振った。

「おはようございます……。」

その様子がかわいくて、ミオは思わず笑ってしまう。

「レンくん、まだ眠いの?」

「昨日ゲームしすぎちゃって……。」

「だから言ったじゃん。」

ハルが苦笑いする。

控え室は朝から笑い声でいっぱいだった。

そのとき。

ガチャ。

静かにドアが開く。

「おはよう。」

リオだった。

黒いパーカーにキャップ。

相変わらず落ち着いた雰囲気。

「リオ、おはよー!」

「……おはよう。」

メンバーには自然に返事をする。

ミオは少し緊張しながら頭を下げた。

「お、おはようございます。」

するとリオは一瞬だけ目を合わせ、

「……おはよう。」

昨日より少しだけ自然な声で返してくれた。

たったそれだけ。

でも、ミオの胸はまたドキドキしてしまう。

(ちゃんと返してくれた……。)

---

午前中はダンスレッスンだった。

ミオはタオルや飲み物を準備しながら、メンバーのパフォーマンスを見守る。

「5、6、7、8!」

音楽が流れる。

NXTの5人は息ぴったり。

何度見ても鳥肌が立つほどかっこいい。

(すごい……。)

そのとき。

「ストップ!」

先生の声が響く。

「もう一回いこう。」

レッスンは想像以上に厳しかった。

何度も同じ振り付けを繰り返し、メンバーの額には汗が浮かぶ。

それでも誰一人弱音を吐かない。

(みんな、こんなに努力してるんだ……。)

画面越しでは分からなかった姿に、ミオはますます尊敬の気持ちが大きくなっていった。

レッスンが終わると、ミオは急いで冷たいタオルを配る。

「ハルさん、どうぞ。」

「ありがとう!」

「レンくんも。」

「助かります!」

そして最後に、リオのところへ向かった。

「……お疲れさまです。」

タオルを差し出すと、リオは受け取りながら静かに言った。

「ありがとう。」

その声は昨日より少しだけ柔らかかった。

その小さな変化に気づいたのは、ミオだけではなかった――。

ダンスレッスンが終わり、メンバーは休憩室へ戻ってきた。

「はぁ〜!お腹すいた!」

ユウはソファへ勢いよく座り込む。

「レッスンの後は毎回それ言ってますよ。」

レンが笑いながらツッコむ。

「だって本当にお腹すくんだもん!」

「じゃあ、お昼食べよう。」

ハルの一言で、控え室の空気が一気に和んだ。

ミオはスタッフとして、お弁当や飲み物を机に並べていく。

「ミオちゃん、ありがとう!」

「いえ!これくらいなら!」

少しずつ仕事にも慣れてきた。

昨日は何をするにも緊張していたのに、今日は自然と体が動く。

(よかった……少しは役に立ててるのかな。)

そう思った、その時だった。

「ミオちゃん。」

「はい?」

声をかけてきたのはハルだった。

「一緒に休憩していいよ。立ちっぱなしで疲れたでしょ?」

「えっ!?」

「そうそう!」

ユウも笑顔でうなずく。

「スタッフさんも休まないと!」

「でも……。」

「遠慮しなくていいよ。」

ソラも優しく微笑む。

その言葉に甘えて、ミオは少し離れた席へ座った。

「そういえばさ。」

ユウがお茶を飲みながら聞く。

「ミオちゃんって高校何年生?」

「2年生です!」

「若い〜!」

「ユウさんも十分若いです。」

レンが笑う。

みんなのやり取りがおもしろくて、ミオもつい笑顔になる。

「ミオちゃんって、緊張すると顔に出るタイプだよね。」

「えっ!?」

ハルの言葉に思わず固まる。

「昨日なんて、目がずっと泳いでたよ。」

「ご、ごめんなさい!」

「謝ることじゃないって!」

ユウはケラケラ笑う。

「初日なんだから当たり前!」

その言葉に、ミオもほっと胸をなで下ろした。

その時だった。

ガタン。

机の端に置いてあったペットボトルが倒れ、床へ転がっていく。

「あっ!」

ミオが拾おうと手を伸ばす。

同じ瞬間、別の手もペットボトルに触れた。

「……。」

「……あ。」

リオだった。

二人の手が一瞬だけ重なる。

「す、すみません!」

ミオは慌てて手を離した。

リオは何も言わずペットボトルを拾い上げると、ミオへ差し出す。

「ありがとう……ございます。」

「うん。」

短い返事。

だけど、その表情は昨日よりずっと柔らかい。

その様子を見ていたユウが、小さくハルの肩をつつく。

「ねぇ。」

「うん。」

「リオ、昨日より話してない?」

ハルは小さく笑う。

「……確かに。」

ソラも静かにうなずいた。

「珍しいね。」

レンは不思議そうに首をかしげる。

「リオさん、誰かと仲良くなるの時間かかるタイプなのに。」

リオはそんな会話が聞こえていたのか、少しだけ眉をひそめる。

「……何?」

「いや、別に〜。」

ユウは意味ありげに笑った。

「なんでもありません。」

リオはため息をつきながら席を立つ。

だけど、控え室を出る前に一度だけ振り返った。

その視線の先にいたのは──

楽しそうにレンと話しているミオだった。

(……ちゃんと笑うんだ。)

初日よりも自然な笑顔。

その笑顔を見た瞬間、リオの口元がほんの少しだけ緩んだ。

もちろん、そのことに本人はまだ気づいていない。

そしてミオもまた、自分に向けられたその優しい視線に気づくことはなかった──。

午後の仕事は、雑誌のインタビュー撮影だった。

撮影場所へ移動するため、スタッフたちは慌ただしく準備を始める。

「ミオちゃん、この荷物を楽屋までお願い!」

「はい!」

ミオは大きな紙袋を両手で抱え、廊下を歩き始めた。

「意外と重い……。」

少しだけよろけた、その時だった。

「持つ。」

突然、横から声がした。

「え?」

振り向くと、リオが紙袋を軽々と持ち上げていた。

「り、リオさん!?」

「重いでしょ。」

「でも、お仕事中ですし……!」

「同じ仕事。」

短い返事。

それだけ言うと、リオは歩き出した。

「こっちで合ってる?」

「は、はい!」

ミオは慌てて後を追う。

(どうしよう……。)

昨日までは挨拶だけだったのに。

今日はこんなに近くを歩いている。

二人きりの廊下。

静かな空気が流れる。

何か話したい。

でも、何を話せばいいか分からない。

すると、リオの方から口を開いた。

「……学校。」

「え?」

「夏休み?」

「あ、はい!高校二年生です!」

「そう。」

また静かになる。

(会話、終わっちゃった……。)

そう思った瞬間。

「大変じゃない?」

「え?」

「仕事。」

ミオは少し考えてから笑った。

「大変です。でも……すごく楽しいです!」

「楽しい?」

「はい!」

思わず声が弾む。

「みなさんが頑張ってる姿を近くで見られて、『私も頑張ろう!』って思えるんです。」

その言葉を聞いたリオは、少しだけ足を止めた。

「……そう。」

表情は変わらない。

でも、どこか嬉しそうだった。

「ありがとう。」

「え?」

「そう思ってもらえて。」

ミオは目を丸くする。

テレビでは見られない、素直な一言だった。

その時。

「リオーー!!」

遠くからユウの声が聞こえる。

「また迷子になってる!」

「迷子じゃない。」

リオは小さくため息をついた。

「行こう。」

「はい!」

二人は笑いながら撮影スタジオへ向かった。

◇ ◇ ◇

撮影が終わる頃には、外は夕焼けに染まっていた。

「お疲れさまでした!」

スタッフもメンバーも、一日の仕事を終えて少しホッとした表情を浮かべている。

ミオは使い終わった小道具を片づけながら、小さく息をついた。

「ふぅ……。」

その時。

「ミオ。」

突然、自分の名前が聞こえた。

振り返ると、リオが立っていた。

「はい?」

「今日。」

リオは少し照れたように目をそらす。

「……助かった。」

たった一言。

でも、その言葉はミオの胸にまっすぐ届いた。

「こちらこそ……ありがとうございました!」

ミオが笑うと、リオもほんの少しだけ口元を緩める。

その笑顔を見た瞬間――。

(今……笑った。)

ミオの鼓動が速くなる。

そして、その様子を少し離れた場所から見ていたユウは、ニヤニヤしながらハルに耳打ちした。

「ねぇ。」

「どうした?」

「リオが笑った。」

「うん。」

「しかも、ミオちゃんにだけ。」

ハルは少し驚いたようにリオを見る。

「……これは、何か変わるかもね。」

もちろん、その会話を本人たちは知らない。

帰り道。

ミオは夜空を見上げながら、小さく笑った。

「明日も、頑張ろう。」

一方、車に乗り込んだリオも窓の外を眺めていた。

ふと頭に浮かぶのは、一生懸命に走り回るミオの姿。

(……不思議だ。)

たった二日しか一緒に過ごしていないのに。

なぜか、また話したいと思ってしまう。

その気持ちが何なのか、まだ二人は知らなかった――。