「穂花、おはよ」
通学路の坂を登っていると、背中をぽんっと叩かれた。振り返ると結月ちゃんの顔がにっと笑う。今日の結月ちゃんは、編み込みの髪を緩くサイドアップしていた。いつ見ても本当にオシャレ!
「おはよう~」
「今日の世界史予習した?」
「うん、いつ当たるかわかんないんだもん」
「相変わらず真面目ー」
「結月ちゃんは答えられなくても堂々としてて格好いい」
「それ、誉めてる? 誉めてないでしょ」
「誉めてるよ~」
あの合宿以来、私と新奈と結月ちゃんは名前で呼び合うようになった。距離がぐっと近づいて、すごく仲良くなった。今では休日だって一緒に過ごすくらい。
色々な話をするようになって、互いにわかったことがたくさんある。例えば……
「おはよう、神田」
結月ちゃんの頭を、ぽんっと叩《はた》いて私たちを抜いていくのは一つ上の先輩だ。
同じ中学の先輩だから、私も見たことがあるを
「もう、叩かないでください。髪の毛乱れますから!」
そう結月ちゃんが怒ると、先輩はにぃっと笑って坂をかけ上っていく。市瀬《いちのせ》 一翔先輩は、結月ちゃんと同じバレー部の先輩。
結月ちゃんの、好きな人。
結月ちゃんは、怒ったような顔で先輩の後ろ姿を睨んでいたけど、その頬は僅かに赤く染まっていた。
市瀬先輩は前を歩きながら、今度は違う女の子の頭をぽんっと叩く。そして、その人と一緒に並んで歩きはじめた。結月ちゃんは寂しそうな表情になって視線を外す。
結月ちゃんが恋をしている市瀬先輩は、同じ学年の先輩と付き合っている。
「結月ちゃん昨日のアオハルデイズ見た?」
私は話題を変えたくて昨夜見たドラマの話を始める。
「見た見た、マジないわー」
「なにが?」
「主人公」
「そうかなぁ」
結月ちゃんとドラマについて盛り上がりながら歩いていると、背中からどんっと誰かが抱きついてくる。
「おはよ!」
「おはよ~新奈」
「何の話ししてるの?」
「アオハルデイズ!」
「私も見た! 王子が格好いいんだよねぇ! 昨日も格好良かったぁ」
「王子!? ない、マジないわ」
「結月ちゃんそればっかり」
ドラマに出てくる男の子が、なんとなく桐谷君の雰囲気に似ていて見ているとドキドキしてしまう。片思いをしている主人公の子に感情移入してしまって、二人が恋人になったらいいなって思いながら見てるけど、前途多難そう。ドラマの世界は、一筋縄ではいかないらしい。
「穂花、今日は部活?」
「うん、早く射れるようになりたいから自主練」
「桐谷君一緒なんでしょう?」
「かなりスパルタなの、全身すごい筋肉痛」
「ぽい、あいつ容赦なさそう」
痛そうに肩を回す私に、結月ちゃんも新奈もおかしそうに笑った。
「私も帰宅部だったら声かけてもらえたかなぁ」
「あはは、そうだよね、新奈もう部活入っちゃってもんね、テニス部楽しい?」
「悪くないけど、私運動音痴だからさぁ」
「それでどうして運動部に入るのよ」
「だってテニス部って華があるじゃん」
「は~動機が不純」
私は新奈と結月ちゃんに、桐谷君から言われたことの全部は言わなかった。というか、言えなかった。「私がいい」なんてとてもじゃないけれど信じられない。勧誘の文句に他ならない。でも、桐谷君が言うと、本当のことのように聞こえたことも真実だ。桐谷君は、きっとドラマの翼君と同じように、器用なことは言えないんじゃないかって思うから。
「結月、今日の昼は練習?」
「夏の大会のレギュラーじゃないから練習ない」
「バレー部とか格好いいなぁ、結月が試合に出るときは応援に行く~。ねぇ穂花」
「もちろん」
「恥ずかしいからやめて」
「なによう、照れちゃって。もちろん穂花の試合も行くから~」
「まだきちんと矢も放てないのに、試合なんて無理だよ~」
「だから桐谷君が特訓してくれてるんでしょう? 羨ましい」
新奈はふふふっとおかしそうに笑った。
桐谷君に誘われて弓道部に入ることにしたと新奈に告げるのに、私は多くの勇気を必要とした。新奈が桐谷君のことが好きだってわかっているのに、抜け駆けのように思われないか、ほんの少しだけ心配だった。
でも――
「すごい! いいなぁ穂花!」
新奈の反応は私が心配していた物とは程遠くて、むしろ帰宅部だった私が部活に入ったことを喜んでいてくれるようにも見えた。ほんの少しでも新奈が怒るのではないかと思った自分が恥ずかしくなる。新奈は私の背中を押してくれた。
「弓道とか難しそう、でも格好良いよねぇ。穂花を応援するという口実もできたし、桐谷君の試合も応援できる~」
喜んでくれる新奈は、私の微細な表情の変化に気が付いたのだろう。
「さては穂花、私に遠慮してる?」
「うん。私、新奈は桐谷君のことが気になってるんだってわかってたのに」
「なに水臭いこと言ってんの。桐谷君は確かに格好いいけど、まぁほら、私はファンみたいなものだから。穂花だって気になってるでしょ? 桐谷君とこと。私のことは気にしないでよ~」
「ありがとう、新奈。私、頑張るね」
「もう、穂花余計なこと気にしすぎ~陽彩ちゃんそっくり」
「陽彩ちゃんみたいに可愛くなりたい」
「あれは女優だから可愛くて当たり前でしょ」
新奈は陽彩ちゃんを演じている女優さんのように可愛い顔でにっこりと笑った。
私が帰宅部だったのには、特に意味はない。中学時代は友達に誘われて合唱部に入っていたのだけれど、高校には合唱部がなくて、結局どこにも入らなかったのだ。入ったからには一生懸命やろう。
まだまだまともに弓を引くことも出来ないのだ。桐谷君に貸してもらっている弓は、あまりに重たかった。
通学路の坂を登っていると、背中をぽんっと叩かれた。振り返ると結月ちゃんの顔がにっと笑う。今日の結月ちゃんは、編み込みの髪を緩くサイドアップしていた。いつ見ても本当にオシャレ!
「おはよう~」
「今日の世界史予習した?」
「うん、いつ当たるかわかんないんだもん」
「相変わらず真面目ー」
「結月ちゃんは答えられなくても堂々としてて格好いい」
「それ、誉めてる? 誉めてないでしょ」
「誉めてるよ~」
あの合宿以来、私と新奈と結月ちゃんは名前で呼び合うようになった。距離がぐっと近づいて、すごく仲良くなった。今では休日だって一緒に過ごすくらい。
色々な話をするようになって、互いにわかったことがたくさんある。例えば……
「おはよう、神田」
結月ちゃんの頭を、ぽんっと叩《はた》いて私たちを抜いていくのは一つ上の先輩だ。
同じ中学の先輩だから、私も見たことがあるを
「もう、叩かないでください。髪の毛乱れますから!」
そう結月ちゃんが怒ると、先輩はにぃっと笑って坂をかけ上っていく。市瀬《いちのせ》 一翔先輩は、結月ちゃんと同じバレー部の先輩。
結月ちゃんの、好きな人。
結月ちゃんは、怒ったような顔で先輩の後ろ姿を睨んでいたけど、その頬は僅かに赤く染まっていた。
市瀬先輩は前を歩きながら、今度は違う女の子の頭をぽんっと叩く。そして、その人と一緒に並んで歩きはじめた。結月ちゃんは寂しそうな表情になって視線を外す。
結月ちゃんが恋をしている市瀬先輩は、同じ学年の先輩と付き合っている。
「結月ちゃん昨日のアオハルデイズ見た?」
私は話題を変えたくて昨夜見たドラマの話を始める。
「見た見た、マジないわー」
「なにが?」
「主人公」
「そうかなぁ」
結月ちゃんとドラマについて盛り上がりながら歩いていると、背中からどんっと誰かが抱きついてくる。
「おはよ!」
「おはよ~新奈」
「何の話ししてるの?」
「アオハルデイズ!」
「私も見た! 王子が格好いいんだよねぇ! 昨日も格好良かったぁ」
「王子!? ない、マジないわ」
「結月ちゃんそればっかり」
ドラマに出てくる男の子が、なんとなく桐谷君の雰囲気に似ていて見ているとドキドキしてしまう。片思いをしている主人公の子に感情移入してしまって、二人が恋人になったらいいなって思いながら見てるけど、前途多難そう。ドラマの世界は、一筋縄ではいかないらしい。
「穂花、今日は部活?」
「うん、早く射れるようになりたいから自主練」
「桐谷君一緒なんでしょう?」
「かなりスパルタなの、全身すごい筋肉痛」
「ぽい、あいつ容赦なさそう」
痛そうに肩を回す私に、結月ちゃんも新奈もおかしそうに笑った。
「私も帰宅部だったら声かけてもらえたかなぁ」
「あはは、そうだよね、新奈もう部活入っちゃってもんね、テニス部楽しい?」
「悪くないけど、私運動音痴だからさぁ」
「それでどうして運動部に入るのよ」
「だってテニス部って華があるじゃん」
「は~動機が不純」
私は新奈と結月ちゃんに、桐谷君から言われたことの全部は言わなかった。というか、言えなかった。「私がいい」なんてとてもじゃないけれど信じられない。勧誘の文句に他ならない。でも、桐谷君が言うと、本当のことのように聞こえたことも真実だ。桐谷君は、きっとドラマの翼君と同じように、器用なことは言えないんじゃないかって思うから。
「結月、今日の昼は練習?」
「夏の大会のレギュラーじゃないから練習ない」
「バレー部とか格好いいなぁ、結月が試合に出るときは応援に行く~。ねぇ穂花」
「もちろん」
「恥ずかしいからやめて」
「なによう、照れちゃって。もちろん穂花の試合も行くから~」
「まだきちんと矢も放てないのに、試合なんて無理だよ~」
「だから桐谷君が特訓してくれてるんでしょう? 羨ましい」
新奈はふふふっとおかしそうに笑った。
桐谷君に誘われて弓道部に入ることにしたと新奈に告げるのに、私は多くの勇気を必要とした。新奈が桐谷君のことが好きだってわかっているのに、抜け駆けのように思われないか、ほんの少しだけ心配だった。
でも――
「すごい! いいなぁ穂花!」
新奈の反応は私が心配していた物とは程遠くて、むしろ帰宅部だった私が部活に入ったことを喜んでいてくれるようにも見えた。ほんの少しでも新奈が怒るのではないかと思った自分が恥ずかしくなる。新奈は私の背中を押してくれた。
「弓道とか難しそう、でも格好良いよねぇ。穂花を応援するという口実もできたし、桐谷君の試合も応援できる~」
喜んでくれる新奈は、私の微細な表情の変化に気が付いたのだろう。
「さては穂花、私に遠慮してる?」
「うん。私、新奈は桐谷君のことが気になってるんだってわかってたのに」
「なに水臭いこと言ってんの。桐谷君は確かに格好いいけど、まぁほら、私はファンみたいなものだから。穂花だって気になってるでしょ? 桐谷君とこと。私のことは気にしないでよ~」
「ありがとう、新奈。私、頑張るね」
「もう、穂花余計なこと気にしすぎ~陽彩ちゃんそっくり」
「陽彩ちゃんみたいに可愛くなりたい」
「あれは女優だから可愛くて当たり前でしょ」
新奈は陽彩ちゃんを演じている女優さんのように可愛い顔でにっこりと笑った。
私が帰宅部だったのには、特に意味はない。中学時代は友達に誘われて合唱部に入っていたのだけれど、高校には合唱部がなくて、結局どこにも入らなかったのだ。入ったからには一生懸命やろう。
まだまだまともに弓を引くことも出来ないのだ。桐谷君に貸してもらっている弓は、あまりに重たかった。

