ナナイロ!

 花火を終えると、テントに戻る。スマホが見つかった子は少し申し訳なさそうな顔で私を見て、「さっきはごめん」と謝ってくれた。

「大丈夫、気にしてないよ、合宿、最後まで楽しもうね」
「ありがとう穂花ちゃん」

 そう、笑顔を返す。彼女に疑われていたことが、悲しくないわけじゃない。少し前まで毎日一緒にご飯を食べていた仲だし、比較的仲良くしていたと思う。でも、やはり距離があったのだ。私が馴染めていなかったように、彼女も私に違和感を感じていたのかもしれない。その違和感が、猜疑心に変わっただけのこと。そう、割り切ればいい。衝突するよりも、ぐっと我慢する方が楽だ。

「桐谷君、格好良かったね」

 布団にもぐり込むと、隣の新奈が布団にもぐりこんできて耳打ちをしてきた。おかげで私の心は再び早鐘を打ち始めてしまう。もう、せっかく収まってたのに!
 すっかり眠れなくなってしまった私は、みんなが寝静まった後、一人でテントの外に出た。今日は快晴のはず、空の星でも見たら、少しは気が紛れる気がした。

「誰だ」

 テントから出て、空が見える場所まで歩いていると、声がした。なかなか目が慣れなくて、誰が居るのかは見えないけれど、私はこの声をはっきりと認識できる。

「桐谷君、起きてたの?」
「その声……二宮さんか、あんたも星見に来たのか?」
「そう、眠れなくて」

 桐谷君のせいで眠れない、とは言えない。

「あんたも枕持ってくれば良かったんじゃないか?」
「新奈のこと? 新奈、すごく喜んでたよ、荷物持ってもらって助かったって」
「まぁ、チャリだったからな。透真のかごより俺のかごの方がでかかったから山本さんの荷物を請け負ったんだ。あんたも透真に任せればよかったのに」

 なんだ、そう言うことなのかと、少し羨ましいと思ってしまっていた気持ちが和らぐ。はやり、桐谷君はフェアな人間なのだ、あの時、私と新奈を見て瞬時にどちらを自分が運ぶべきか判断したのだろう。

「桐谷君、優しいね」
「普通だろ」
「さっきもありがとう。桐谷君がいなかったら、もっとややこしいことになってたかもしれない」
「スマホのことか? あれは持ってこようとした奴が一番悪いだろ。更に母親が抜いたことにも気が付かないなんてどうなってんだよ」
「あはは、持ってきたつもりになってたから、まさかお母さんが抜いたとは思わなかったんだろうね」
「それに、あんたを疑うなんておかしいだろ」
「でも、怪しい行動してたのは確かだし」
「でもあんたとあいつ、少し前まで一緒に飯食ってたろ、一月近く一緒にいて、あんたのことよくわかってないとか、おかしいだろ」

 桐谷君の観察眼の鋭さに、私は驚いてしまって返す言葉がなかった。この人は、きっとよく人のことを観察しているのだろう。だから、瞬時に色々なことを判断することができる。すごい能力だと思った。

「ありがとう、桐谷君がおかしいって言ってくれて、嬉しい」

 嬉しくて、自然と言葉が出てしまった。思わず緩んだ頬を、必死にピンと張る。

 横を向くと、桐谷君も照れたような顔をしていた。桐谷君は照れ屋なんだと思う。

「あんた、入学式の日に俺に声かけただろ」
「覚えてたんだ」
「まぁ……な。あの時、ちょっと不機嫌そうな顔してごめんな」

 自覚がったのかと思うとまた頬が緩む。

「いやいや、気にしてない。こっちこそごめん、話しかけられたくなかったんだよね」
「っていうか、少し恥ずかしかったんだよ。俺、思わず猫とじゃれついてたけど、人に見られてるって意識してなかったからさ」
「そっかぁ。そうそう、桐谷君、入学式なのに堂々と遅刻して来たでしょう? 私、ちょっとびっくりしちゃった」

 不思議だ、桐谷君のことを考えるとドキドキするのに、一緒にいるととても話しやすいなと思ってしまう。勝手におしゃべりになってしまう。

「入学式なんて別に遅れたっていいだろ」
「そういうところはすごいなぁって思うよ」
「すごくはないだろ」

 そういえば、と桐谷君は思い出したかのようなことを言う。

「二宮さん、猫好き?」
「猫? うん、好き! 犬も好き! だけど、うちはペット飼えないマンションだから、飼ってはないんだぁ。桐谷君は猫ちゃん好きなんだよね?」
「そうだな、好き。昔飼ってた」
「へぇ! いいなぁ、可愛いだろうなぁ」

 それから、いつの間にか星の話になる。桐谷君は、星空を見るためにテントから出て来たらしい。

「弓道ってさ、天体観測と似てるかなって思ってるんだ」

 桐谷君の言葉に、私は首をかしげる。星と弓道をむずびつけるものって何だろうって思ったら射手座くらいしか浮かばなかった。見当違いなことを言うのが嫌で黙っていると、桐谷君が言葉を続ける。

「ほら、射手座ってあるだろう? 射手座はさそり座のアンタレスを狙ってるんだ。弓道もさ、星的っていう的があって……」

 桐谷君の話しはいつの間にか弓道にかわっていく。桐谷君の話をもっと聞きたくて、真剣に耳を傾けていると、桐谷君が思いもよらない提案をしてくる。

「二宮さん、弓道に興味ある?」
「あるのか、ないのかって聞かれたら、あるかなぁ。格好いいなって思った」
「やる気あるか?」
「どういうこと?」
「実は、弓道部は今大きな問題に直面しているんだ」
「問題?」
「そ、要は部員不足で試合に出られないんだ」

 驚いた。珍しい部活だなぁとは認識していたけれど、試合に出られないって、いったい何人くらいいるのだろう?

「試合には何人必要なの?」
「男子で五人、女子で三人」
「何人足りないの?」
「今は三年で残ってくれてる先輩も入れて四人」
「男の子四人?」
「違う、男三人、女一人」
「そっかぁ……どっちも足りないんだね」
「いや、試合に出るだけなら足りないのは一人だ。介添(かいぞ)えはいないけど、あと一人いれば試合に出られる」

 私は、桐谷君の言っている言葉の意味が分からなかった。今の話しに因ると、男子も女子も二人ずつ足りないのではないだろうか?

「あのさ、足りないのは二人じゃないかな? 男の子も女の子もあと二人いないと試合に出られないんでしょう?」

 そう問いかけると、桐谷君はそうか、と何かに気が付いたかように目を見開いた。

「俺の説明が悪いな。確かに男子は五人、女子は三人で試合に出られる。ただ、男子の試合には女子が混ざっても出られるんだ」
「そうなの!」
「逆はダメだけど、男子の試合に女子は二人まで入ることができる。男は今三人、女が一人いるんだ、あと誰か一人入ってくれれば、試合に出られるようになる」

 そう語る桐谷君の瞳が、きらきらと輝いて見えたのだと思う。私は考えるよりも先に前に乗り出していた。

「私が、入ってもいいのかな?」
「もちろん、ちょっとそれを期待して話した」

 そう言うと、桐谷君はすごく嬉しそうに笑った。こんな笑顔を、初めて見た気がする。笑顔の桐谷君は、ちょっと幼く見えた。大発見。

「二宮さんが帰宅部だって知ってたんだ、入ってくれたらいいなった思ってた」
「本当に切羽詰まってるんだね」
「別に誰でも良かったわけじゃない。あんただから入って欲しかったんだよ」

 心臓が、ドクンと跳ねる。桐谷君は、根っからの人ったらしなんだと思った。もちろん褒め言葉。少し話せば、みんな桐谷君のことを好きになってしまうんじゃないかって思う。

「あんた、お節介でお人好しだろ?」
「そんなんじゃないよ」
「いいや、あんたは良い人だ。だから遅刻しそうな俺に声をかけた、今日だって疑われても穏便にことを済ませられる。それって、すごいことだ」
「そんなことないよ、私は普通」
「普通じゃない、少なくとも俺にとっては普通じゃない。だから、一緒にやるならあんたがいいと思った」

 ドクドクと、さっきから心臓がうるさい。桐谷君はなんの悪気もなく、こんなにも私の心を揺さぶってくる。ある意味犯罪だよ。

「初心者だから絶対に下手だよ」
「当たり前だろうが、教えてやる」
「どちらかというと運動オンチな方かもしれない」
「あんま関係ない」
「私でいいの?」
「あんたがいいんだよ、教えてやるから一緒に練習しようぜ」

 桐谷君はまたにっと嬉しそうに笑った。もう、断れない、ううん、断りたくない。一緒に、弓道をやってみたくなってしまった。桐谷君がこんなにも熱心になる弓道に、ぐっと興味が湧いてしまったのだ。

「よろしくお願いします」

 私は深々と頭を下げる。空の上では、無数の星が静かに瞬いていた。