ナナイロ!

 その夜は、楽しい花火が始まるはずだった。食事の片づけを終えると、四組の担任の井上先生が私の名前を呼ぶ。

「えっと、二組の二宮さん? ちょっとお話聞かせてもらっていいかな?」
「はい、なんでしょうか?」
「君、夕食の準備中にテントの方に行っていたらしいね、どうしてかな?」
「夕食のカレー作りに使うインスタントコーヒーを取りに行っていました」
「最初に持ってこなかったのかい?」
「はい、持ってきていたことを忘れてしまっていて、調理中に思い出して慌てて取りに行きましたけど」
「そうか、ありがとう、わかった」
「なにかいけないことがありましたか?」

 尋ねると、井上先生は少し声のトーンを落とし生じている問題について話し始める。

「それがね、君たちのテントでスマホが失くなったって言っている生徒がいてね、君がテントの方に行くのを見たっていっている生徒がいたから、何か知ってるんじゃないかと思って」
「先生、今回の合宿はスマホは持ってこないようにって規則に書かれていました」
「それは、そうなんだけどね」

 新奈が言い返すと、先生はしどろもどろに話し始める。

「でも、持ってきてしまった物は仕方がないし、失くなってしまった方が問題だと思って……二宮君は、知らないかい?」

 先生は、なんだか私がそのスマホを持っているんじゃないかって思っているようだった。もちろん、私は持ってはいない、クラスの誰かがスマホを持ってきていることすら知らなかった。

「知りません」
「そうかぁ、困ったなぁ」

 井上先生は頭をかりかりとかきながら困ったような様子を見せる。

「先生、二宮さんは知らないって言ってるでしょう? 他をあたってくださいよ」
「でもなぁ、テントに行ったのは二宮さんしかいないみたいだし、取れる可能性があるとしたら二宮さんしか……」

 神田さんの言葉に、先生はそんなことを漏らした。完全に私を疑っている。どうしよう、どんなことを言ったら取っていないと信じてもらえるのだろうか? 私はなんと言ったらいいのか悩んでしまった。がさりと音がして、少し離れた場所からうちのテントの子がこちらを見ているのが見える。もしかしたら、あの子がスマホを失くした子なのかもしれない。その子は、少し前まで私と一緒にご飯を食べていた子の一人だ。あの子が、私のことを疑っているのだろうか?
 心が、ズキンと痛む。

 神田さんが怒ったような表情で先生に噛みつこうとした時だ。先生、と低い声がした。

「そのスマホ、本当に持ってきてたんですか?」
「君は?」
「二組の桐谷です」

 桐谷君が落ち着いた声で答えると、井上先生はうろたえるような表情になった。

「持ってきたと言っている」
イチバチ(一か八か)でその電話番号に電話をかけてみたらどうですか? 電源切れてたらどうしようもないけど、もしも入ってたら鳴るでしょう? もし二宮さんが持ってるって言うなら、二宮さんの荷物とかから音が鳴るはずだ。先生、スマホくらい持ってんだろ?」
「そうか……そうだな」

 先生は桐谷君の言葉に納得したような様子を見せてから、遠巻きに見ていた女の子のところまで小走りに駆けていく。
 彼女は先生のスマホを使って電話をかけ始めたようだ。

「ありがとう、桐谷君」

 桐谷君にお礼を言うと、彼は驚いたように僅かに目を開いてから私を見た。

「まだ解決してないだろ。それに、今のは別に二宮さんを助けたわけじゃない。井上が理不尽なことを言ってるから腹が立っただけだ」
「それでも、私は嬉しかった、ありがとう」

 もう一度お礼を言うと、桐谷君は照れたように俯いた。
 しばらくして、井上先生とスマホを失くした子が一緒に私のところに駆けてきた。

「スマホ、見つかった」
「どこにあったんですか?」
「彼女の勘違いというか……鞄に入れていたのを見つけたお母さんが抜き取っていたらしいんだ。電話を掛けたら彼女のお母さんが出た」

 見つかって良かった、と私は安堵した。

「見つかって良かったです」
「その……穂花ちゃん、ごめん、疑ったりして」
「気にしてない、失くしてなくて良かったね」

 そう言うと、彼女は自分の班に戻り、先生はこの場から立ち去ろうとする。それを桐谷君が止めた。

「先生、忘れ物ありますよ」
「え? 忘れ物?」
「二宮さんに謝ってくださいよ、先生も疑うような聞き方してたでしょ?」
「え……あぁ、そうだな、二宮さん、ごめんね」
「い、いえ……大丈夫です」

 去っていく井上先生の背中に、桐谷君は悪態をつく。

「何がごめんねだ、ごめんなさいだろうが」
「桐谷君が怒るの、可笑しい」
「可笑しくないだろ、ああいう教師は大嫌いだ」
「桐谷、言うねぇ、見直した」
「褒めることじゃねぇだろう?」

 ドクンドクンと、心臓がうるさいくさいに音を立てている。きっと、桐谷君はフェアな人間なのだと思った。理不尽なことが、赦せないのだ。
 そうわかってしまうと、寂しい気持ちもある。桐谷君は、私が疑われていたから助けたわけではない。フェアじゃない先生の行動が気に障ったのだろう。だから、鳴り止んで――そう心にお願いするのに、言うことを聞いてくれない。ドキドキと、うるさいほどに鳴っている。

「お、来た来た、ほら花火しようぜ!」

 お風呂から上がると、佐木君と陽平君は各班に配られた花火の用意をしてくれていた。ロウソクに囲いが作ってあって、少し風が吹いたくらいでは消えないようにしてくれている。

「まずは派手な奴な」
「みんな一本ずつ持ったかー?」
「持った持った」

 辺りでみんなが花火に火をつけ始める。しゅーっと音がして、真っ暗な世界に光の花が散った。花火の光に照らされて、暗闇にみんなの楽しそうな顔が浮かび上がる。

「見て見て、これ色が変わる!」
「こっちは大きな線香花火みたい、パチパチするよ」
「花火なんですごく久しぶりだわ」

 みんな、小さな子供みたいにはしゃいで花火に火をつけている。ちらりと桐谷君に目をやると、彼も少し口元を緩めて、くるくると空に絵を描いてみていた。なんだか、不釣り合いなその姿がすごく可愛らしい。対して陽平君は花火が良く似合う、楽しそうに「魔法使いみたいだろ!」なんて言って魔法でもかけるように花火を動かした。
 次第にたくさんあった花火も無くなり、最後はほっそりとした線香花火が残る。

「やっぱり最後はこれだよなぁ」

 佐木君が一人一本ずつ配ってくれる。私はその先端に火をつけてしゃがんだ。じっと、ふわふわと揺れる火の玉を見つめる。

「これ、じっとしてないといけないんだよなぁ」
「最初に落ちたやつ、一発芸な」
「それ、最初に火し付けた方が不利じゃねぇか」
「それもそうか」

 ぱちぱちと、可愛らしい火花を散らして燃える線香花火。新奈がおもむろに口を開いた。

「なんだか、人生みたいじゃない?」
「なにが?」
「花火が。派手な花火、こういうぱちぱちっとしたささやかな花火。燃える長さにも違いがあって、その華やかさも違う」
「へぇ、けっこうロマンチストなのね」
「そう、ロマンチストなの」

 新奈の言葉に、私はどんな花火に火をつけているのだろうかと考えた。生まれてから十五年間のことを思い出してみると、華やかではないけれど、楽しい毎日だと思った。私の人生の花火は、きっと線香花火のようなのだ。ぱちぱちと小さく燃えている。なんだか、私らしいなと思った。
 この先、誰かと出会って、恋をして、結婚して――そんな途方もない未来を想像する。きっと、ぱちぱちとささやかな毎日なのだろう。
 その誰かは、きっと桐谷君ではない、そう思う方が納得できた。

 ぽとりと、次々に炎のしずくが落ちていく。