ナナイロ!

私は新奈に急かされて湊君にメッセージを送った。

【新奈と話してて遅くなりました。ごめんね、今から向かうつもりなのだけれど、もう抜けられそうかな?】

 返信はすぐに帰ってくる。

【学校から坂下る途中にある公園にいる。クラス会には陽平だけで行ってもらった】

 私は画面を凝視した。鼓動が早くなる。

「湊、なんだって?」
「そこの公園にいるって」
「マジで! 待ってるの!? 早く行きなよ!」
「新奈……」
「穂花、応援してるから」

 精一杯送ってくれるエールの中に、少しだけ、ほんの少しだけ、新奈は悲しそうな色を見せた気がした。
 ここで、遠慮するのはいけない。新奈の気持ちを、無駄にしたくない。私はにっと笑顔になる。

「ありがとう新奈! 私、行ってくる」
「うん」

 送り出してくれる新奈を残して、私は正門へ駆けていく。途中、透真君の姿を見た。新奈を好きだと、真っ直ぐに告げた透真君。
 透真君は、親友である湊君のことを思う新奈を、どんな瞳で見つめていたのだろう。
 いつも感情がフラットな透真君の中には、どれだけ強い想いが隠れているのだろうか。今日、その片鱗を見たような気がした。

 公園に駆けていくと、湊君は猫と戯れていた。ベンチに腰掛ける湊君の足元に二匹の猫がじゃれついている。
 一年前、初めて湊君に出会った時のことを思い出した。
 その笑顔に、胸がときめいてしまう。私に向けられた笑顔だったら良いのに……
 猫ちゃんたちを驚かせないように、遠巻きに見つめていると、湊君が私に気が付いて顔を上げた。

「なんだ、来てるなら声かけろよ」
「ごめん、猫ちゃんが逃げちゃうといけないから」
「おまえなら大丈夫だろ、こっち来い」

 言われて私は湊君の隣に腰かけた。猫たちは逃げずに私の足元にもじゃれついてくる。

「近くに住んでるばあさんが可愛がってる半野良だから人に慣れてるんだ」
「そうなんだ、湊君、猫好きだよねぇ」
「そうだな、けっこう好き。おまえも猫好きだろう?」
「うん、好き! 可愛いよね。うちじゃ飼えないから人のうちのわんちゃん猫ちゃん愛でるのが幸せ」

 湊君は猫ののど元を撫でながら、あのな、と言葉を切り出した。

「俺さ、おまえのことずっと前から知ってるんだよ。高校入る前からな」
「え?」

 どきんと、心臓が脈打つ。記憶を探ってみるけれど、全く思い出せない。

「俺、昔猫飼ってたんだ。この町に引っ越してきたときにそいつが逃げさ、ほら、猫って家につくって言うだろ? 前の家に帰ろうとしたんじゃないかって」
「聞いたことある。猫ちゃんって環境の変化にすごく弱いって」
「俺の父さん三年前くらいに転職してさ、転勤族になったんだ。それで中学生の頃こっちに引っ越してきた」
「知らなかったぁ、中学の時のことだからあたりまえか」

 湊君の話は、私には全然脈絡がないように聞こえる。どうしてその話が私を知っている話につながるのかわからない。私は慎重に耳を傾けた。
 私と湊君とのつながりは、どこにあったのだろう。じっと聞き耳を立てていたのだけれど、その瞬間は唐突に現れた。

「おまえ、猫拾ったことあるだろ」
「え?」
「迷子の黒猫、拾ったことあるだろ。青い首輪の」

 言われて私は記憶の中を探り、ちょうど三年前の夏に猫を拾ったことを思い出した。雨の日にアーケードの隅で雨宿りをしている猫を見つけたのだ。民家のある場所じゃないから迷子なのだとピンときた。首輪もしていたし、何より人に慣れていた。
 私は黒猫を連れて帰ってすごく叱られた。マンションはペット禁止で、家には置いておけない。私はその日中飼い主を探しまわった。でも、結局見つけられなくて途方に暮れて、中学校の友達に頼みこんで一日ずつ預かってもらったりして、一週間くらい飼い主を捜し回ったと思う。お店に貼ってある迷子猫の貼り紙を見つけた時は本当に嬉しかった。すぐに連絡をして連れて行ったのを覚えている。

「覚えてる、飼い主さんがなかなか見つからなくて一生懸命探したんだ。やっと見つかって連れて行くことができた時は嬉しかったんだぁ」
「ありがとうな」
「え?」
「あの猫、うちの猫だったんだ。おまえが家に連れて来てくれたとき、受け取ったのは母親だったけど、俺、走って帰っていくおまえとすれ違ってたんだ。見たことないやつが家から出てきたなと思ったら、猫を連れて来てくれたんだって聞いてさ。去年この公園でおまえが声をかけてきたときは驚いた」
「本当!? すごい偶然」
「ずっと礼を言わなきゃって思ってたんだ。だけどさ、なかなか言い出せなくてさ。合宿の時に同じ班になれてラッキーだと思った。おまえと仲良くなりたくて、弓道部に誘った。まぁ部員不足も事実だしな」
「そうだったんだ……」
「ずっと、ありがとうって言いたくてさ……でも急に話し出すのも変だろ? おまえも覚えてないかもしれないし。部活の時はどうしても弓の話になっちゃうしな、今日はちょうどいいと思って」
「あはは、なんだぁそっかぁ」

 心が安堵した。少しずつ、落ち着いていく鼓動。そして、ほっとする気持ち以上に、残念な気持ちになった。私は何を期待していたのだろう。
 湊君にとって、私は確かに少しだけ特別だったのかもしれない。でも、それは可愛がっていた猫ちゃんの恩人だからだ。他の意味はない。

「可愛い猫ちゃんだよね。人に良くなれてたし、綺麗な毛並みだった。ジジちゃんって言うんだったっけ? 元気?」
「あぁ、名前覚えててくれてたのか」
「貼り紙にも書いてあったし、湊君のお母さんもそう呼んでたから」

 そっか、と呟くと、湊君はため息を吐いた。

「ジジは死んだんだ。おまえが連れて来てくれて少し経った頃かな。元気だったはずなのに、ころっと死んだ。やっぱ引越しが良くなかったのかなって、さ」
「そうなんだ……」
「本当にありがとうな。おまえが連れて来てくれなかったら、ジジは俺たちの目の届かないとこで死んでたかもしれない」
「ううん、自分に出来ることをしただけ」

 それから、湊君はジジちゃんの話をしてくれた。私はほんの一週間だけ一緒にいた黒猫ちゃんに思いを馳せる。
 もうこの世にいないのだと思うと自然と涙が滲んだ。