ナナイロ!

「穂花先輩はどこの出身ですか?」

 五月に入り、二年生の生活にもすっかり慣れた頃、更衣室で着替えながら千晶ちゃんがそんなことを聞いてきた。千晶ちゃんはすごく礼儀正しくて素直な女の子だった。私とすぐに打ち解けてくれて、名前で呼び合ってくれるようになったのである。

「北中だよ」
「あそこ、弓道部ありましたっけ?」
「ないよ~私、前はほんわか合唱部だった」

 答えると千晶ちゃんは目を丸くした。

「弓道は初心者でしたか? 地元で部活でも?」
「まさか去年の六月くらいから始めたんだよ。私、帰宅部だったんだけど、一年生は四月に合宿があったでしょう? あの合宿で湊君と同じ班になってたから勧誘してもらったの。見ての通り弓道部は人数が少なくて、帰宅部だった私に白羽の矢が立ったんだよ」
「桐谷先輩がそんなことを……」
「初心者でまともに弓も引けなかったから毎日湊君に練習に付き合ってもらって、どうにかこうにか試合に出られるようになったんだよ」
「そういえばその弓も桐谷先輩の弓ですね」
「そうそう、中学生の頃使ってたって言ってた」

 湊君と同じ中学で弓道をしていた千晶ちゃんは当然湊君の弓を知っていた。まじまじと弓を見つめてから、不思議そうに首をかしげる。

「桐谷先輩がそんなに親切だったなんて知りませんでした」
「湊君?」
「はい、中学の頃は一匹狼感が強くて、他の先輩たちともあんまり仲良くなかったイメージです。木原先輩くらいしか話していなかったような気がしたので、高校で再会してあまりの穏やかさに驚きました」
 千晶ちゃんのいう木原先輩ってどんな子だろうって、少しだけ気になる。女の子かな、男の子かな──
 なんとなく、男の子な気がした。ううん、私の願望。

「そっかぁ、一匹狼感は今もあるけど、湊君、みんなと仲良しだよ~。部活でもよく教えてくれるし」
「それも驚きました、桐谷先輩に教えてもらった後輩なんて一人もいないと思います」
「湊君教えるのすごく上手なのに……」
「中学時代は、けっこう先輩の派閥とかがあって、桐谷先輩はそういうのに無関心だったので、すごく中てていたのに試合にも出たことが無いと思います」

 なるほど──と、千晶ちゃんの話しに、私はどこか納得のいくものを感じた。湊君が、公平であろうとする理由は、そこにある気がした。湊君は、もともと正義感が強いんじゃないかなって思う。だから、派閥とかがあって、純粋に実力を評価されなかったことが、すごく悔しかったんじゃないかな。

 袴に着替え終わると、二人で弓道場に向かう。グラウンドでは野球部で陽平君がセカンドを守っているのが見えた。今年からレギュラー入りしたって喜んでいたっけ。日に焼けた陽平君の姿は、中学時代よりもぐっと大きく見えた。

 すでに湊君と梓馬先輩は練習を始めていた。玖珂先輩は委員会があって遅れてくる。
 二年生になった私には大きな目標があった。それは、まず試合のこと、試合で予選のリーグ戦を突破して、決勝であるトーナメント戦に進む。自分の放った矢が試合に貢献できたら、少しだけ、自信が持てる気がする。
 
「先輩は射形が綺麗ですし、変な癖もない。経験者かと思っていました」
「うわ、嬉しいけど、とんでもない! ビギナーだよ。千晶ちゃんも玖珂先輩も中学校からの経験者だから、足引っ張らないようにしなきゃって必死」

 千晶ちゃんはそんな、頬が緩むようなことを言ってくれるのだけれど、もしもそれが本当なのだとしたら、去年一生懸命指導してくれた湊君のおかげだ。今年も私と湊君は相変わらず毎日練習に来ている。千晶ちゃんも時々参加してくれるからにぎやかだ。

「立するぞー」

 練習の終わりに、梓馬先輩が声をかけてくる。男子は初心者の二人を除いた三人で、女子は三人全員で立を行う。私は玖珂先輩と千晶ちゃんの間で構える。
 千晶ちゃんの弓は、私が使っているものと同じ重さ。それなにの、矢勢が違う。私のように矢は弧を描かず、確かな矢勢いを持って音を立てて飛ぶ。
 湊君に聞いたら、背の高さが違うからだって言われた。私よりも背の高い千晶ちゃんは、その分腕も長い。
 立の結果、私は羽分け以上をキープできるようになっていた。去年とは大違いだ。千晶ちゃんにいたっては安定して三中以上している。冬の試合、やはりネックになるのは私だ。

「前より的中率上がってるな」
「後輩に地元のクラブチーム入っている子とかがいてレギュラー争いが激しくて」
「あぁ、女子も厳しかったよなぁ」
「男子ほどじゃないですけど、私はああいう殺伐とした部活より、こっちの方が好きです。加茂高にいったら中学の時みたいになってたと思います」

 千晶ちゃんと湊君は中学校の話をよくしていた。湊君からは中学時代の弓道の話を聞いたことがなかった。たぶん、現状を知らない私には話せない内容だったのだと思う。
 湊君と二人だけの会話ができる千晶ちゃんのことが、少し羨ましい。