ナナイロ!

「ちょっと、ごめん、私、用事思い出した」

 イルミネーションの灯りが見え始めたところで、結月ちゃんは突然そんなことを言いだした。視線の先になにかを見つけたように凝視している。私は目を凝らした。誰かが、言い合いをしているように見えなくもない。そばにいた新奈も同じように視線は前を向いていた。

「なんだよ~空けとけって言ったじゃないか」
「もう、仕方ないでしょ。結月、帰る?」
「うん……本当にごめん」

 結月ちゃんは何度もごめんと言いながら駆けていってしまう。すごく不自然だ。私と新奈は顔を見合わせた。

「ごめん、みんな、私達、結月が気になるかも」
「でも帰ったんだろ?」
「ちょっと連絡してみる。イルミネーションは年始までやってるし、また来年もあるし、ホントごめん」
「陽平君、湊君、透真君、ごめんね。今日は楽しかった、ありがとう」
「穂花まで、どうしたんだよ」

 はてなマークを頭の上に浮かべつつも、陽平君は何か不穏な空気を感じ取ってくれたのだろう。わかった、とすぐに頷いてくれた。透真君も湊君も反論はない。

「この埋め合わせ、また今度な」
「ありがとう三人とも、行こう、穂花」

 私と新奈は結月ちゃんに電話をかけながら駆け出した。

 何度かコールすると、結月ちゃんと電話がつながったみたい。新奈の手元から結月ちゃんの声がした。

【新奈?】
「穂花もいるよ」
【他のみんなは?】
「別れた、今は穂花と二人。結月、まだ帰ってないんでしょう? そっち行ってもいい?」

 新奈の言葉に、結月ちゃんの答えはなかなか返ってこないようだった。しばらく沈黙が続いた後、【銀行の角にいる】と答えが返ってきた。
 並木通りから平和大通りに向かうと、角に信用銀行が見えた。その手前にある通りに、見覚えのある人がいる。緑に囲まれたその一角は、イルミネーションが置かれておらず、人通りもまばらで真っ暗だ。

「やっぱり市瀬先輩だね」
「うん」

 私と新奈は小さな声で話し合う。信号を渡って銀行の前に行くと、結月ちゃんが隠れるように立っていた。

「何があったの? 先輩一人?」
「うん、さっきまで遠藤先輩と一緒にいた」
「遠藤先輩は?」
「わからない、泣きながら走っていったから、帰っちゃったのかも。追いかけたらまだ間に合うかもしれない」
「喧嘩?」
「わからない」

 結月ちゃんはそう言うと、深呼吸をしてぺちんと頬を叩いた。

「ねぇ、穂花、新奈、私のこと見届けてくれる?」
「何する気?」
「市瀬先輩に告白してくる」
「今!?」
「そう、お願いだから、私が挫けないように見守ってて」
「今はまずいよ、タイミング悪すぎ」
「ううん、今じゃなきゃいけないの」

 結月ちゃんの決断に新奈も私も、それ以上何も言えなくなってしまった。結月ちゃんは少しだけ小走りになる。市瀬先輩はすぐに結月ちゃんに気が付いて、驚いた表情になっていた。結月ちゃんは、いったい何を考えているのだろう。

「どうしたんだよ、おまえもイルミネーション見にに来たの?」
「そのつもりでしたけど、予定変更です。先輩に告白しに来ました」

 結月ちゃんの唐突な言葉に、先輩は目を大きく見開いてから、ため息を吐いた。

「今の、見てた?」
「見ていました」
「そっか、亜里沙とイルミネーション見に来たけど、なんか別れ話になってさ」
「遠藤先輩が泣きながら帰っていくのが見えました。別れることになったんですか?」
「たぶん、そうなるな」

 ははは、と、先輩は情けなく笑った。結月ちゃんに別れる現場を見られていたことに、ばつの悪い思いをしているのだろう。もし結月ちゃんがここで告白したら、先輩は首を縦に振るのかな? ううん、新奈が言うように、タイミングが悪すぎるよね。
 結月ちゃんを止めるべきだった、そんな後悔の念が押し寄せていた。今日告白しても、市瀬先輩は首を縦には振れない気がする。

「先輩、私を振ってください」

 自分を振ってくれ――結月ちゃんは確かにそう言った。私と新奈は隠れていることも忘れて思わず悲鳴を上げそうになる。

「それ、どういうことだよ」
「遠藤先輩は、私が市瀬先輩のことを好きでいることを気にしているんです。先輩にその気がないってわかったら、私がどんなに先輩のことが好きでも遠藤先輩は大丈夫だと思います」
「あいつとはもう別れるから関係ない」
「私のことが原因で別れることになってしまったのなら、私のことを振って、もう一度遠藤先輩とやり直してください。こんな風に不安にさせたまま別れないでください」

 結月ちゃんの声は震えていた。きっと、泣いてしまいそうになるのを必死にこらえているのだ。今すぐにでも、駆け寄りたい――その衝動を、私と新奈は互いに必死に抑え込む。

「おまえのことは関係ないって」
「先輩には関係なくても、遠藤先輩には――」
「ダメだ、俺、おまえのこと振りたくないから」

 市瀬先輩は困ったような顔をして、結月ちゃんの頭にぽんっと大きな手を置いた。

 それってつまり、どういうこと? やっぱり先輩も、結月ちゃんのことが好きだったってこと? 私と新奈は互いに顔を見合わせる。

「おまえが同じ学校に来て、同じ部活に入って、やっと認識したんだ。おまえのことがさ、どうしようもなく気になるんだって」
「それは、私が問題児だったから」
「中学の時はな、でも今は違う。おまえは真面目になった。いや、もとから根は真面目だったろ? ちょっと背伸びしてただけだ」
「してません」
「してたんだよ。そんなおまえのことがさ、俺は気になって仕方がなかったの。素直に真面目にすればいいのになーってさ」
「物好き」
「あはは、言うな、そう。俺は物好きなんだ」

 結月ちゃんはどんな顔をしているのだろう。こちらの背を向けているので、どんな顔をしているのかわからない。その表情を見ることができるのは、先輩だけだ。

「バレー部でさ、頑張ってるおまえのことが気になってしかたなかった。ちょっかい出したくてさ、力になってやりたくてさ……いつの間にか目で追うようになってた。亜里沙は、そんな俺のことが気に入らなかったんだよ。おまえのせいじゃない、別れたのは俺のせいだ」
「ううん、それなら尚更私のせいだ。私も、嬉しかったから、もっと早くに先輩のこと突き放せばよかったのにさ、一緒にいるのが嬉しくて、楽しくて……もっと一緒に居たくて……大好きだから……」
「神田、俺と……」
「ダメ、その先は言わないで」

 結月ちゃんはぶんぶんと頭を振った。

「お願いだよ先輩、私のことを振って」
「どうして……」
「お願い」

 結月ちゃんの言葉に、先輩は苦しそうに顔を歪めてから、項垂れた。

「……わかった。おまえとは……付き合えない」
「うん」
「でも、亜里沙ともよりは戻さない」
「……それで、いいんですか?」
「それが、俺の答えだから」

 それから先輩は、ぐっと拳を握りしめてから、もう一度結月ちゃんの頭にぽんっと手を置いた。

「じゃぁな、気を付けて帰れよ。送んない方がいいんだろ?」
「うん、誰かに見られてもいけないし、友達待たせてるから」
「また、部活でな」

 先輩は名残惜しそうに何度も立ち止まって結月ちゃんを振り返っていた。結月ちゃんはうなだれたまま、ぐっと泣くのを我慢していたのだと思う。先輩の姿がすっかり見えなくなってから私と新奈は飛び出した。