放課後、袴に着替えて道場に行くと、すでに湊君は安土に的を置くところだった。私は慌てて練習用の星的を持っていく。
「遅れてごめん」
「遅れてないって」
「それから、今日一時間で上がるつもりなんだ」
「なんで?」
「結月ちゃんが部活のことで凹んでるから、新奈と一緒に遊んでくる」
「へぇ、結月も凹むことあるんだな」
「あるよ~。何かできることがあったらいいんだけれど、とにかく少しでも元気になったらいいなって思うよ」
「わかった、じゃぁ早めに立やるか、試合も試験ももうちょっとだしな」
「ありがとう。湊君は遅くまでやるの?」
「おまえが上がるなら俺も上がる」
「ごめんね」
夏からも毎日練習続けた私は、湊君の十キロの弓が引けるようになっていた。一日に一本は当たるようにもなってきている。初めて当てた時の的は剥がさせてもらって、大事に保管している。私の宝物だ。
鏡の前で互いに射形を確認して、巻き藁で練習し、的の前に立つ。的を試合用の霞《かすみ》的に置き換えると、体の中に芯が入ったように背筋が伸びる。
「そろそろ立、始めるか?」
「うん」
時計を見ながら湊君が声をかけてきてくれた。私たちは的に矢を取りに行ってから、的の前に立つ。
目指すは羽分け。一つの試合では四本の矢を射って、その的中数を競っていく。羽分けとは、射った本数の半数が的中すること。四本射った場合は二本の矢が的中することだ。
全ての試合で、羽分け以上を中てられるようになるのが目標だけど、はっきり言ってほど遠い。
湊君はほとんど三中(四本中三本的中すること)以上、皆中(全ての矢が的中)することも珍しくない。
「中学の時はさ、けっこう周りとの競争が激しくて、こうやって穏やかな気持ちで練習することとか、あんまりなかったんだよな」
立を終えて片づけ始めると、湊君はそんな話をし始めた。無口なのかと思っていた湊君は、少しずつ自分の話をしてくれるようになっていた。
「そうなの?」
「そ、けっこう人数が多くてさ、試合に出たくて相当練習してたけど、それでも出られなくて悔しい思いしたりさ」
「湊君でも出られなかったりするんだね」
「まぁ人数が多かったからな、試合で前の学校の連中に勝つのが一個の夢」
「それで試合にこだわってたんだね」
「それはあるな」
湊君はにっと笑った。なんだかいたずらっ子みたいだ。この数か月で、湊君とはとても仲良くなった気がする。入学式の日とは大違いだ。
「じゃぁ、結月によろしくな」
「了解したよ~」
そう湊君と別れて袴を着替えに更衣室に向かうと、結月ちゃんがぽつんと立っていた。どこか虚ろな瞳で足元を見ている。
「結月ちゃん、なにかあった?」
「穂香鋭いね」
「だって何かあったって顔に書いてあるもん」
あはは、と二人で笑って見せる。結月ちゃんは、はぁっとため息を吐きだした。
「新奈、待たせてるんだ。部室に忘れ物してて、取りに行ってたら遠藤先輩の友達だっていう先輩たちに絡まれちゃってさ。市瀬先輩と仲良くするなってさ」
「災難だったねぇ」
「なんかだいぶ勘違いされちゃっててさ、色々否定したけどどれだけ信じてもらえるかわかんない」
いつもは気丈な結月ちゃんは、今日ばかりは辛そうだ。心無い言葉をかけられたのかもしれない。
「私、しばらくは結月ちゃんを一人にしないようにする」
「なにそれ、穂花男前なんだけど」
結月ちゃんは少しだけ笑った。結月ちゃんは強そうに見えるけど、繊細な女の子だ。守ってあげたい。
新奈と合流して、繁華街に向かう電車の中で、先輩たちになにを言われたのか、結月ちゃんはぽつぽつ語り始めた。淡々と語られるその言葉の中には、結月ちゃんの感情を見つけることが出来なくて、そのかわりに新奈がものすごく怒っていた。
「それ、市瀬先輩に言っちゃいたい。私告げ口しようかな」
「余計ややこしくなるから、まぁ、乱暴な先輩たちじゃないから大丈夫。難癖つけられるのは結構慣れてるし」
「そういうことに慣れちゃダメだよ」
「まぁ今日は大声で歌ってストレス発散しちゃうからさ」
結月ちゃんは大したことではないように笑った。中央通りに三軒並ぶカラオケ店の中で、一番お財布に優しいお店を選んで入ると、二時間みっちり歌って、楽しい時間を過ごした。結月ちゃんも新奈もすごく歌が上手、私はタンバリンを叩いたり。
結月ちゃんの心が、少しでも軽くなっていますように。
「遅れてごめん」
「遅れてないって」
「それから、今日一時間で上がるつもりなんだ」
「なんで?」
「結月ちゃんが部活のことで凹んでるから、新奈と一緒に遊んでくる」
「へぇ、結月も凹むことあるんだな」
「あるよ~。何かできることがあったらいいんだけれど、とにかく少しでも元気になったらいいなって思うよ」
「わかった、じゃぁ早めに立やるか、試合も試験ももうちょっとだしな」
「ありがとう。湊君は遅くまでやるの?」
「おまえが上がるなら俺も上がる」
「ごめんね」
夏からも毎日練習続けた私は、湊君の十キロの弓が引けるようになっていた。一日に一本は当たるようにもなってきている。初めて当てた時の的は剥がさせてもらって、大事に保管している。私の宝物だ。
鏡の前で互いに射形を確認して、巻き藁で練習し、的の前に立つ。的を試合用の霞《かすみ》的に置き換えると、体の中に芯が入ったように背筋が伸びる。
「そろそろ立、始めるか?」
「うん」
時計を見ながら湊君が声をかけてきてくれた。私たちは的に矢を取りに行ってから、的の前に立つ。
目指すは羽分け。一つの試合では四本の矢を射って、その的中数を競っていく。羽分けとは、射った本数の半数が的中すること。四本射った場合は二本の矢が的中することだ。
全ての試合で、羽分け以上を中てられるようになるのが目標だけど、はっきり言ってほど遠い。
湊君はほとんど三中(四本中三本的中すること)以上、皆中(全ての矢が的中)することも珍しくない。
「中学の時はさ、けっこう周りとの競争が激しくて、こうやって穏やかな気持ちで練習することとか、あんまりなかったんだよな」
立を終えて片づけ始めると、湊君はそんな話をし始めた。無口なのかと思っていた湊君は、少しずつ自分の話をしてくれるようになっていた。
「そうなの?」
「そ、けっこう人数が多くてさ、試合に出たくて相当練習してたけど、それでも出られなくて悔しい思いしたりさ」
「湊君でも出られなかったりするんだね」
「まぁ人数が多かったからな、試合で前の学校の連中に勝つのが一個の夢」
「それで試合にこだわってたんだね」
「それはあるな」
湊君はにっと笑った。なんだかいたずらっ子みたいだ。この数か月で、湊君とはとても仲良くなった気がする。入学式の日とは大違いだ。
「じゃぁ、結月によろしくな」
「了解したよ~」
そう湊君と別れて袴を着替えに更衣室に向かうと、結月ちゃんがぽつんと立っていた。どこか虚ろな瞳で足元を見ている。
「結月ちゃん、なにかあった?」
「穂香鋭いね」
「だって何かあったって顔に書いてあるもん」
あはは、と二人で笑って見せる。結月ちゃんは、はぁっとため息を吐きだした。
「新奈、待たせてるんだ。部室に忘れ物してて、取りに行ってたら遠藤先輩の友達だっていう先輩たちに絡まれちゃってさ。市瀬先輩と仲良くするなってさ」
「災難だったねぇ」
「なんかだいぶ勘違いされちゃっててさ、色々否定したけどどれだけ信じてもらえるかわかんない」
いつもは気丈な結月ちゃんは、今日ばかりは辛そうだ。心無い言葉をかけられたのかもしれない。
「私、しばらくは結月ちゃんを一人にしないようにする」
「なにそれ、穂花男前なんだけど」
結月ちゃんは少しだけ笑った。結月ちゃんは強そうに見えるけど、繊細な女の子だ。守ってあげたい。
新奈と合流して、繁華街に向かう電車の中で、先輩たちになにを言われたのか、結月ちゃんはぽつぽつ語り始めた。淡々と語られるその言葉の中には、結月ちゃんの感情を見つけることが出来なくて、そのかわりに新奈がものすごく怒っていた。
「それ、市瀬先輩に言っちゃいたい。私告げ口しようかな」
「余計ややこしくなるから、まぁ、乱暴な先輩たちじゃないから大丈夫。難癖つけられるのは結構慣れてるし」
「そういうことに慣れちゃダメだよ」
「まぁ今日は大声で歌ってストレス発散しちゃうからさ」
結月ちゃんは大したことではないように笑った。中央通りに三軒並ぶカラオケ店の中で、一番お財布に優しいお店を選んで入ると、二時間みっちり歌って、楽しい時間を過ごした。結月ちゃんも新奈もすごく歌が上手、私はタンバリンを叩いたり。
結月ちゃんの心が、少しでも軽くなっていますように。

