ナナイロ!

 気がつけば夏休みの終わり、的前で練習するようになって一月が経っていた。
 私は夏休みの間、平日は毎日午前中に弓の練習に来ていた。それも今日で終わり。桐谷君は毎日練習に付き合ってくれた。

「だいぶ上達したな」
「本当!?」
「だいぶな、10kg引けるようになったし、安土まで届くようになったし、上出来だろ?」
「ありがとう! 毎日練習に付き合ってくれた桐谷君のおかげだぁ」

 そうお礼を言うと、桐谷君は首筋を撫でる。照れてる……この表情が、私はたまらなく好きだ。心臓が、ドキドキ音を立てる。

「よし、最後に立やって帰るか」
「うん」

 桐谷君と並んで的の前に立つ。大きく息を吐いてから、私は射法八節を行っていく。的をしっかり狙う。じっと体を開いて、弦を引ききる。
 離れ――放った矢は、弧を描いて的に吸い込まれていく。

 パァァンッ

 小気味よい音が響く。

「当たった……やった! 当たった!」

 思わずガッツポーズをして桐谷君を振り返ると――

「試合ではガッツポー禁止だろ、最後まで堂々としてろよ」
「しまった、そうだった」
「でも今は試合じゃないからオッケーだな。やったな、二宮さん」

 桐谷君は嬉しそうな顔でにっと笑うと、かけ(ゆがけ)をはめた右手を挙げる。私は一瞬きょとんとしてから、自分の右手を桐谷君の右手に軽く当ててハイタッチ。
 かけ同士がこつんとぶつかる。

 二人で片づけをして制服に着替えるために更衣室に向かう。その途中で真っ黒に日焼けした陽平君がこちらに駆け寄ってくるのか見えた。ちょうど野球部も終わったところみたい。

「穂花ぁ、湊、部活終わり?」
「そうそう、今日は野球部も早いねぇ」
「夏休み最後の練習だから今日は午前上がり、穂花も湊もこれから暇なら他のやつらも誘って一緒に遊ぼうぜ」
「新奈と結月ちゃん?」
「そ、あと透真も誘ってさ、夏休み中なんだかんだでみんなで集まってないし」
「別にみんなで集まる必要ないだろうが」
「女子三人では何回か一緒に遊んだよ~。でもみんなで遊ぶの有りだね」
「だろう? せっかく夏休み最後の日なんだから合宿仲間で遊ぼうぜ」
「変な名前付けんなよ」

 班のみんなは合宿以来仲良くなって、学校ではよく話をする。でも、全員で学校外で会ったことはない。私もほぼ毎日会っていたけれど、桐谷君の私服を見たことはない。どんな服を着るんだろう、想像したら少しドキドキする。

「新奈と結月ちゃんに連絡しておく、私着替えてきたいから、お昼ごはん終わってからでもいい?」
「もち、オッケー! 湊は?」
「行ってもいい」
「よーし、俺、透真に連絡しておくから、じゃぁ、二時にパルコ前集合な!」

 陽平君は校舎に取りつけてある大きな時計を見ながら時間を決める。二時間近くあるから準備は十分だ。あとは、新奈と結月ちゃんが家に居ますように。
 
 新奈と結月ちゃんに連絡を入れると、すぐにオッケーの連絡が来た。結月ちゃんはすでにパルコ周辺にいるみたいで、ブラブラして待ってるって言っていた。
 家に帰って急いでご飯を食べると、私服を選び始める。結月ちゃんや新奈と一緒に選んでもらった服――デザインが可愛らしくて、自分では選ばないなぁっていうような服も、着てみると似合うような気もしてびっくりした。パフスリーブになっている白いTシャツは、それだけだと少し女の子っぽ過ぎて恥ずかしいような気がする。私はショートパンツを合わせた。うん、悪くない。

「行ってきまーす」

 元気よく家を飛び出して、再び路面電車に乗り込んだ。
 約束のパルコ前には、すでにみんなが集まっていて、楽しそうに談笑している。桐谷君の私服姿がぱっと目について一瞬で顔がかぁっと熱くなった。白の半袖シャツとカーキのハーフパンツ、そんなラフな格好なのに、すごく格好いい。ハーフパンツから剥き出しになっている筋肉質な足にドキリとした。
 こらこら、何をドキドキしているの!

「お待たせ!」
「わぁ穂花、パフスリーブのTシャツこの前、一緒に買ったやつだね! ショートパンツと一緒に合わせても可愛いね~」

 新奈はふわりといい匂いがした。白いワンピースがめちゃくちゃ可愛い。

「新奈いい匂いする」
「あ、わかる? わかっちゃう? 良い香りの練香水見つけたの! ほんのりとした香りだから付けてもいいかなって思って。今度三人で買いに行こう~」
「ほらほらそこ、イチャイチャしてないで。みんなそろったんだから移動しよう、それで、どこ行くんだっけ?」

 結月ちゃんは黒いレースのタンクトップに、ダメージ加工のショートパンツを穿いている。セクシーなのに、いやらしくなくてヘルシーな感じがする。すごく格好いい!

「まずカラオケ!」
「ありきたりかよ~」
「ほら、六人で集まるのは初めてだからいいじゃん」
「私カラオケ好き! 行く行くー!」
「ほら、山本さんだってこう言ってるじゃないかー」
「山本はなんでもありだから」
「そんなことありません~。佐木君、私はカラオケ好きだってちゃんとメモっておいてね! 西野カナ歌うから!」
「たいぎぃわ」
「俺、カラオケパス」
「え~湊ダメか。じゃぁボーリングは?」
「なら行く」
「みんなボーリングでいい?」

 賛成多数で裏通りにある大手ボーリング店に入る。カラオケは新奈と結月ちゃんと何回も一緒に行ってるけど、ボーリングは初めてだ。人生においてもやったことがない。初ボーリング。

 靴とボールを選ぶとレーンに置く。ディスプレイに名前が表示されている。

「おい、俺の名前、メガネって書いたの誰だよ、陽平、おまえだろ!」
「メガネは透真のアイデンティティだろ~」
「ちげぇよ、イケメン抜けてるだろ。書くならイケメンメガネだろ」
「自分で言うなよ~」

 ちなみに新奈のことは、アイドル、結月ちゃんのことはモデルって書いてある。

「どうして穂花だけ穂花なのよ」
「穂花は名前意外浮かばなかった! 付き合いが長すぎてさ」
「なによそれ~」

 新奈がケラケラと笑った。陽平君のところにはカープ小僧って書いてある。納得! そして、桐谷君のところには……

「桐谷君はどうしてサムライなの?」
「弓道部だから」
「サムライって刀じゃないの?」
「弓も使うだろ~、大河とかで見たことある」

陽平君の言葉に、桐谷君はなんでだよ~って笑っている。合宿の時よりも男の子三人も仲良くなったみたい。佐木君と桐谷君はもとから仲が良かったけれど、そこに陽平君が絡みに行く感じ。

「さぁ、とにかく投げるぞ、いけよメガネ」
「うるせぇなサムライ」

 佐木君は重そうな球をひょいっと持ってレーンに入る。少し助走をしてから力強く投げたボールは二本のピンを残して倒れた。

「すごーい!」
「だろう? 中学の時一時流行ったよなぁ」
「すぐ廃れたけどな」

 佐木君はニ投目で全部のピンを倒した。スペアって言うらしい。次は新奈、投げた球はふらふらと転がって三本のピンを倒した。ニ投目はわきの溝にコロンと落ちる。ガーターって言うんだって。

「次、湊だぞ」

 桐谷君はレーンに立つと首をくるりと回してから、助走に入る。投げた球は右端から勢いよく転がって全てのピンを倒した。ストライク! と、画面に大きく表示される。

「よっしゃ」

 小さくガッツポーズをしてから帰ってくる。すごく、格好良い──

「ほら、次穂花だよ」

 思わずぼうっと見とれていると、結月ちゃんがトンっと背中を押してきた。私は慌てて球を掴む。重い、これを、ピンに向かって投げられるかな?
 私は見よう見まねで助走して、腕を前に投げ出す。ぼてんっと大きな音がして、球は溝に落っこちた。
「桐谷と森、穂花のこと気にしてるよね」

 車窓に向かって並びながら、結月ちゃんがそんなことを言ってきた。驚いて結月ちゃんの方を振り向く。新奈はお父さんが迎えに来るって言っていたからそごう(・・・)の方に向かって行った。

「いやいやいや、気にしてないよ、気のせいだって」
「そっかなぁ。まぁ森はさ、わかりやすいじゃん。桐谷に危機感感じてるって感じ。桐谷はナチュラルにああいうことしちゃうんだろうしさぁ」

 ああいうこと(・・・・・・)っていいうのは、今日のボーリングみたいなことかな?

「部活にも誘ってたじゃん?」
「あれは私が帰宅部だから……」
「そっかなぁ。穂花鈍そうだし、ちょっとは気にしてやりなよ、二人のこと」
「いやいやいや、ないない、私、新奈みたいに可愛くないし、結月ちゃんみたいに美人じゃないしさぁ、ドラマでいう脇役的な」

 私は頭の中で、ハマって見ているドラマに出てくる名前もないクラスメイトの役を思い浮かべた。

「陽平君はクラスのみんなに分け隔てなくあんな感じだし、桐谷君はフェアプレー精神の人だから、結月ちゃんの気のせいだよ」

 気のせいじゃなかったらいいな、なんて思ってしまうのは少し自意識過剰かもしれない。桐谷君が私のことを気にしてくれているのだとしたら、すごく、嬉しいと思ってしまう。
 そんなこと、あるわけがない。
 結月ちゃんが降りてしまって、一人になった私は、暗くなってしまった窓の外を眺めながら、小さなため息を吐いた。