翌日、お昼休憩にお弁当を広げていると、新奈が楽しそうに尋ねてくる。
「ねぇねぇ弓道部どう?」
「うん、楽しいよ~まだまだ矢を射るには至らないけど、少しずつ引けるようになるのが楽しい」
「そんなこと聞いてません」
「え?」
「ちょっと、とぼけないでよ穂花」
私がぽかんとしていると、結月ちゃんが助け舟を出してくれる。
「つまり新奈は桐谷との仲が進展したのかって聞いてるのよ」
「いやいやいや」
結月ちゃんの言葉に、私は両手をぶんぶんと横に振る。
「何かあったの! 付き合うことになった!?」
「ないない、なるわけない。そもそもそんなんじゃないから」
「え~完全に何かあった顔でしょ! 顔赤いよ」
「本当に何もないよ、少し話せるようになったなってだけ。一緒にいるとドキドキするけど、桐谷君のことが好きとかではないし、新奈を差し置いてそんなことは絶対にない!」
必死に訴えると、新奈も結月ちゃんも一瞬キョトンとしてから、ケラケラと笑い始めた。
「穂花、自覚なさすぎ、ドキドキするのは好きだからでしょ」
「そうだよ~それに私のこと気にてしくれてるの? あはは、私ミーハーだから、桐谷君のこと格好いいなって言ったけど好きなわけじゃないよ」
「そうなの?」
「そうそう、もう部活で他に格好いい先輩に夢中だから気にしないでよ~」
そうなの、新奈? 私、気が付かなかったよ。新奈が桐谷君のことを好きなわけではないとわかると、ちょっと、いや、かなり心の中にある重りのようなものがふわっと軽くなる。なんでだろう、これってやっぱり……
「好きって言うのがどういうことなのか、良くわからないんだ。一緒にいるとドキドキするし、話してると楽しいけれど……」
「それが好きって意味なんじゃないの? 穂花、鈍過ぎ」
「そうなのかなぁ」
「そうだよそうだよ、桐谷君も他の女子とはあんまり話さないけど、部活では話すんでしょう?」
「クラスでは私とも話さないよ、挨拶くらい」
「まぁまぁ、思い切って好きだって思ってみちゃいなよ」
にっこりと笑う新奈に心を動かされたような気がする。なんだか、桐谷君のことが好きなのだと自覚するとますます恥ずかしい。今日の部活は大丈夫だろうか……
「そうそう、結月がさ、市瀬先輩のことを好きになったきっかけ知りたいなぁ」
「ちょっと、話反らさないでよ」
「私も興味ある」
「穂花まで!」
「先輩も超格好いいよね。バレー部のエースだし。試合のときとかギャラリー出来るって聞いた」
私と新奈の言葉に、結月ちゃんはすっかり顔を赤らめてしまった。す気になったきっかけ、気になるかも。聞いたら私も自分の気持ちが本物なのか違うのか、わかるかもしれない。
「別に大した話じゃないわ」
結月ちゃんはカフェオレをちゅうっと吸いながらそう前置きをした。
「中学の時の塾がおんなじだったの」
「うわぁ、素敵! 入学前から知ってたんだ!」
結月ちゃんの話に、新奈は手を叩いた。私も思わず前のめり。
「私、中学時代結構荒れててさ、つるんでた連中が悪かったのもあると思うけど、私自身母親に反感を持ってたって言うか。まぁ平たく言うと反抗期。学校の成績ももちろん底辺でさ、見かねた母親に無理やり塾に行かされたの」
「へぇ、結月、でも今は成績良い方だよね、すごくない」
「すごくないって、塾ももちろん嫌でさ、ほとんどいってなかったわけ。当然毎日サボってたんだけどさ、まぁたまーに気が向いて行ったときにさ、なれなれしく声をかけてきた男がいたのよ」
「市瀬先輩だ!」
「まぁそうなんだけど。はい、おしまい」
「ちょっと、おしまいじゃないでしょう!」
「続きが気になり過ぎ」
結月ちゃんは顔を赤らめた。普段はクールな結月ちゃんも、先輩の話をするときはすごく女の子らしくなる。
「それでそれで」
「もう終わりって言ったじゃない」
「話的に絶対に終わりじゃない、序章! まだまだ始まったばかり!」
新奈に問いつめられて、結月ちゃんはしぶしぶ口を開く。
「金髪、今日は珍しく来てるんだなって声かけてきた」
「なんか失礼じゃない?」
「っていうか結月ちゃん金髪だったんだ! 似合いそう」
「もともとの髪が茶髪っぽくてさ、先生に黒く染めろって注意されてたわけ。どうして地毛を黒く染めないといけないのかって思ったら反発してブリーチしてた」
「その発想がすでに格好いい」
「でも受験のために黒染めしたから今は真っ黒。根元の色だけ地毛」
言われて見れば、結月ちゃんの髪の毛は根元だけちょとだけ茶色っぽい。
「地毛、綺麗な色だよねぇ」
「ありがと、中学では文句言われたけどね。でも、私も割と自分の髪は好きでさ、ある程度地毛が伸びたら切ろうかなって思ってる」
「わぁ、もったいない!」
「どうせ伸びるじゃない」
結月ちゃんのさらさらと流れる長い黒髪を見ながら、私も切ってしまうのはもったいないと思った。いろいろ染めていたって言うのに、結月ちゃんの髪の毛は手入れが行き届いていてすごく綺麗。私の髪ときたら、肩の上でぴんっと跳ねてしまっている。毎朝ドライヤーできちんとセットしてきているはずなのに……その努力が報わせるのはせいぜいお昼までだ。
「それでさ、無視してたの」
「市瀬先輩のこと?」
「そう、腹が立ってさ」
「まぁ失礼なものの言い方だよね」
「そしたらめっちゃ話しかけてくるの。しまいにはまた来いよって言いだしてさ」
今日の結月ちゃんは饒舌だ。先輩のこと、とっても好きなんだなって伝わってくる。
「先輩、結月のことが気になってたんだろなぁ、結月、美人だし」
「ないない、だって今先輩はさ、マネージャーの遠藤先輩と付き合ってるし」
「それ、謎すぎ」
結月ちゃんの表情が曇る。市瀬先輩と学校で出会う時は、たいてい遠藤先輩が横にいた。結月ちゃんはその光景を見て、いつも泣き出しそうな顔をする。遠藤先輩は小柄で花のように可愛らしい先輩だ。いつもにこにことしていて、結月ちゃんにも私達にも笑顔で挨拶をしてくれる。凛としている結月ちゃんとは、雰囲気が少し違う。
「まぁ、私が勝手に好きになったただけだし、馬鹿だった私がこの高校に入ることができたのは先輩のおかげだと思うし、感謝はしてる」
「結月が頑張ったからでしょ~」
「まぁとにかくさ、私は感謝こそすれ、二人の間を邪魔する気もないしさ。そろそろ横恋慕にも終止符打たないとなぁって思ってる」
結月ちゃんの恋は、市瀬先輩に告げられることなく終わってしまうのだろうか。そういう切ない恋もあるのかと思うと、心がぎゅっと掴まれたような気持ちになる。どうして同じ人を、好きになってしまうのだろう。遠藤先輩が市瀬先輩のことを好きになっていなかったら、結月ちゃんにもチャンスがあったのかな?
「でもさ、付き合ってるからってそのまま結婚するわけじゃないじゃん? 別れることだって多分にあるしさ、まだまだ結月にもチャンスがあるって」
そんな新奈の言葉が、私には新鮮に聞こえた。なるほど、確かに、付き合っているからといって、多くのカップルはそのまま結婚に至るわけではないのだろう。それなら、結月ちゃんの恋心が成就する日も、来るのかもしれない。
「まぁ私はさ、遠藤先輩のことも好きだからさ、別れたらいいのになとか、思いたくないんだ」
「遠藤先輩も可愛いもんねぇ、守ってあげたくなっちゃう系」
「あんたとそっくりよ」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ結月」
新奈はにぃっと可愛らしく笑うと、私に向かってぴっと指を立てる。
「とにかく、手離しで応援してあげられるのは穂花の恋だから、頑張って」
「ありがとう~でもまずはとにかくちゃんと試合に出られるようになりたいよ~」
「そっちぃ? まぁその矢で桐谷君のハートも射抜いちゃえばいいんだよ」
「死んじゃうよ!」
「リアルの矢なわけないでしょう、恋の矢だよ、愛の矢、恋愛の矢~」
「もう、そんなんじゃないって! ……たぶん」
予鈴が鳴る。楽しいお昼休みは終わりだ。午後の授業が終われば部活。どうか桐谷君の顔を、まともに見られますように。
「ねぇねぇ弓道部どう?」
「うん、楽しいよ~まだまだ矢を射るには至らないけど、少しずつ引けるようになるのが楽しい」
「そんなこと聞いてません」
「え?」
「ちょっと、とぼけないでよ穂花」
私がぽかんとしていると、結月ちゃんが助け舟を出してくれる。
「つまり新奈は桐谷との仲が進展したのかって聞いてるのよ」
「いやいやいや」
結月ちゃんの言葉に、私は両手をぶんぶんと横に振る。
「何かあったの! 付き合うことになった!?」
「ないない、なるわけない。そもそもそんなんじゃないから」
「え~完全に何かあった顔でしょ! 顔赤いよ」
「本当に何もないよ、少し話せるようになったなってだけ。一緒にいるとドキドキするけど、桐谷君のことが好きとかではないし、新奈を差し置いてそんなことは絶対にない!」
必死に訴えると、新奈も結月ちゃんも一瞬キョトンとしてから、ケラケラと笑い始めた。
「穂花、自覚なさすぎ、ドキドキするのは好きだからでしょ」
「そうだよ~それに私のこと気にてしくれてるの? あはは、私ミーハーだから、桐谷君のこと格好いいなって言ったけど好きなわけじゃないよ」
「そうなの?」
「そうそう、もう部活で他に格好いい先輩に夢中だから気にしないでよ~」
そうなの、新奈? 私、気が付かなかったよ。新奈が桐谷君のことを好きなわけではないとわかると、ちょっと、いや、かなり心の中にある重りのようなものがふわっと軽くなる。なんでだろう、これってやっぱり……
「好きって言うのがどういうことなのか、良くわからないんだ。一緒にいるとドキドキするし、話してると楽しいけれど……」
「それが好きって意味なんじゃないの? 穂花、鈍過ぎ」
「そうなのかなぁ」
「そうだよそうだよ、桐谷君も他の女子とはあんまり話さないけど、部活では話すんでしょう?」
「クラスでは私とも話さないよ、挨拶くらい」
「まぁまぁ、思い切って好きだって思ってみちゃいなよ」
にっこりと笑う新奈に心を動かされたような気がする。なんだか、桐谷君のことが好きなのだと自覚するとますます恥ずかしい。今日の部活は大丈夫だろうか……
「そうそう、結月がさ、市瀬先輩のことを好きになったきっかけ知りたいなぁ」
「ちょっと、話反らさないでよ」
「私も興味ある」
「穂花まで!」
「先輩も超格好いいよね。バレー部のエースだし。試合のときとかギャラリー出来るって聞いた」
私と新奈の言葉に、結月ちゃんはすっかり顔を赤らめてしまった。す気になったきっかけ、気になるかも。聞いたら私も自分の気持ちが本物なのか違うのか、わかるかもしれない。
「別に大した話じゃないわ」
結月ちゃんはカフェオレをちゅうっと吸いながらそう前置きをした。
「中学の時の塾がおんなじだったの」
「うわぁ、素敵! 入学前から知ってたんだ!」
結月ちゃんの話に、新奈は手を叩いた。私も思わず前のめり。
「私、中学時代結構荒れててさ、つるんでた連中が悪かったのもあると思うけど、私自身母親に反感を持ってたって言うか。まぁ平たく言うと反抗期。学校の成績ももちろん底辺でさ、見かねた母親に無理やり塾に行かされたの」
「へぇ、結月、でも今は成績良い方だよね、すごくない」
「すごくないって、塾ももちろん嫌でさ、ほとんどいってなかったわけ。当然毎日サボってたんだけどさ、まぁたまーに気が向いて行ったときにさ、なれなれしく声をかけてきた男がいたのよ」
「市瀬先輩だ!」
「まぁそうなんだけど。はい、おしまい」
「ちょっと、おしまいじゃないでしょう!」
「続きが気になり過ぎ」
結月ちゃんは顔を赤らめた。普段はクールな結月ちゃんも、先輩の話をするときはすごく女の子らしくなる。
「それでそれで」
「もう終わりって言ったじゃない」
「話的に絶対に終わりじゃない、序章! まだまだ始まったばかり!」
新奈に問いつめられて、結月ちゃんはしぶしぶ口を開く。
「金髪、今日は珍しく来てるんだなって声かけてきた」
「なんか失礼じゃない?」
「っていうか結月ちゃん金髪だったんだ! 似合いそう」
「もともとの髪が茶髪っぽくてさ、先生に黒く染めろって注意されてたわけ。どうして地毛を黒く染めないといけないのかって思ったら反発してブリーチしてた」
「その発想がすでに格好いい」
「でも受験のために黒染めしたから今は真っ黒。根元の色だけ地毛」
言われて見れば、結月ちゃんの髪の毛は根元だけちょとだけ茶色っぽい。
「地毛、綺麗な色だよねぇ」
「ありがと、中学では文句言われたけどね。でも、私も割と自分の髪は好きでさ、ある程度地毛が伸びたら切ろうかなって思ってる」
「わぁ、もったいない!」
「どうせ伸びるじゃない」
結月ちゃんのさらさらと流れる長い黒髪を見ながら、私も切ってしまうのはもったいないと思った。いろいろ染めていたって言うのに、結月ちゃんの髪の毛は手入れが行き届いていてすごく綺麗。私の髪ときたら、肩の上でぴんっと跳ねてしまっている。毎朝ドライヤーできちんとセットしてきているはずなのに……その努力が報わせるのはせいぜいお昼までだ。
「それでさ、無視してたの」
「市瀬先輩のこと?」
「そう、腹が立ってさ」
「まぁ失礼なものの言い方だよね」
「そしたらめっちゃ話しかけてくるの。しまいにはまた来いよって言いだしてさ」
今日の結月ちゃんは饒舌だ。先輩のこと、とっても好きなんだなって伝わってくる。
「先輩、結月のことが気になってたんだろなぁ、結月、美人だし」
「ないない、だって今先輩はさ、マネージャーの遠藤先輩と付き合ってるし」
「それ、謎すぎ」
結月ちゃんの表情が曇る。市瀬先輩と学校で出会う時は、たいてい遠藤先輩が横にいた。結月ちゃんはその光景を見て、いつも泣き出しそうな顔をする。遠藤先輩は小柄で花のように可愛らしい先輩だ。いつもにこにことしていて、結月ちゃんにも私達にも笑顔で挨拶をしてくれる。凛としている結月ちゃんとは、雰囲気が少し違う。
「まぁ、私が勝手に好きになったただけだし、馬鹿だった私がこの高校に入ることができたのは先輩のおかげだと思うし、感謝はしてる」
「結月が頑張ったからでしょ~」
「まぁとにかくさ、私は感謝こそすれ、二人の間を邪魔する気もないしさ。そろそろ横恋慕にも終止符打たないとなぁって思ってる」
結月ちゃんの恋は、市瀬先輩に告げられることなく終わってしまうのだろうか。そういう切ない恋もあるのかと思うと、心がぎゅっと掴まれたような気持ちになる。どうして同じ人を、好きになってしまうのだろう。遠藤先輩が市瀬先輩のことを好きになっていなかったら、結月ちゃんにもチャンスがあったのかな?
「でもさ、付き合ってるからってそのまま結婚するわけじゃないじゃん? 別れることだって多分にあるしさ、まだまだ結月にもチャンスがあるって」
そんな新奈の言葉が、私には新鮮に聞こえた。なるほど、確かに、付き合っているからといって、多くのカップルはそのまま結婚に至るわけではないのだろう。それなら、結月ちゃんの恋心が成就する日も、来るのかもしれない。
「まぁ私はさ、遠藤先輩のことも好きだからさ、別れたらいいのになとか、思いたくないんだ」
「遠藤先輩も可愛いもんねぇ、守ってあげたくなっちゃう系」
「あんたとそっくりよ」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ結月」
新奈はにぃっと可愛らしく笑うと、私に向かってぴっと指を立てる。
「とにかく、手離しで応援してあげられるのは穂花の恋だから、頑張って」
「ありがとう~でもまずはとにかくちゃんと試合に出られるようになりたいよ~」
「そっちぃ? まぁその矢で桐谷君のハートも射抜いちゃえばいいんだよ」
「死んじゃうよ!」
「リアルの矢なわけないでしょう、恋の矢だよ、愛の矢、恋愛の矢~」
「もう、そんなんじゃないって! ……たぶん」
予鈴が鳴る。楽しいお昼休みは終わりだ。午後の授業が終われば部活。どうか桐谷君の顔を、まともに見られますように。

