麗らかな陽光の包む朝、窓から差し込む光が眩しくて目を覚ました。昨夜はドキドキしてあまり眠れなかったけれど、眠気はない。私は鏡の前にかけてある真新しい制服を見つめてにっこりとした。
「今日から高校生だ」
言葉にすると頬が緩む。今日から高校一年生、ちょっとだけ大人になったような気がして、私はドキドキしていた。
身支度を整えて、くるっと鏡の前で一回転してみる。
「うん、なかなか似合うじゃないか」
肩まで伸びた髪はもう結ばない。高校からは髪を長く伸ばしても、結ばなくてはいけない、なんて校則はないのだ。三月まで二つに結わっていた髪は、降ろすと少し大人っぽいようにも見える。
下の階のリビングに降りると、お母さんが驚いたような声を出した。
「今日は早いのね」
「うん、ドキドキして早起きしちゃった」
「いつまでもその調子でいてくれたらいいけど」
こんがりと焼いた食パンとベーコンエッグ、オニオンスープまでしっかり平らげた私は買ったばかりのローファーに足を入れる。
「そうだった!」
行ってきますと玄関を出る前に、慌ててポーチを取り出す。中から桜色のリップを取り出した。すっと唇に塗ってみる。
「今日から高校生」
鏡ににっと微笑んで、私は玄関の扉を開けた。
中学生までは歩いて通っていた学校も、高校からの通学は路面電車。お気に入りの定期入れが鞄の横で揺れている。
憧れの電車通学だったけど、車内が混んでいてとても苦しい。周りは同じ学校の制服を着た人でいっぱいだった。もう一本早いのに乗ればいいのかな? やっとの思いでついた停留所で、私は大きなため息を吐く。登校だけで一仕事だ。
路面電車の停留所から学校までは少し距離があって、長い坂を登らないといけない。私は人の流れにそって歩いていたのだけれど、ふっと視界に入った光景に目を奪われて、立ち止まった。後ろから舌打ちをしたような音が聞きえて、慌ててわきに避ける。視線の先には、猫ちゃんに囲まれる男の子がいた。
男の子はなんとも優しい顔をして猫ちゃんの背を撫でている。その表情に、私の心は僅かに早鐘を打った。
私と同じ学校の制服だ、このままここにいたら、遅れちゃうんじゃないかな。そう思った私は男の子のいる公園に駆け寄る。
「あ、あの」
私の呼びかけに、男の子はふと顔を上げてこちらを見た。その表情は、猫ちゃんに向けられた優しいものとは程遠い。私はひゅんっと縮こまった。
「なに?」
「あ、あの、同じ、学校ですよね? 遅刻しませんか?」
「わかってるよ。大丈夫だから、俺のことなんか気にせずに先に行けよ」
「でも」
「気にすんなって、あんたも遅れるぞ」
私はそれ以上かける言葉を見つけられなくて、他の生徒の流れに戻る。雰囲気が大人っぽかったし、背も高かった。先輩の可能性が高い。余計なことを言ってしまったかと思い、反省する。少し、出鼻をくじかれたような気がした。ちょっとだけお節介な性格なのだ。いけない、いけない、入学初日から凹んでいる場合ではない。
正門をくぐった私は、人だかりのできている場所に駆け寄る。組分けが貼り出されているのだろう。一年生のボードは一番手前。
「おっはよ」
ボードがなかなか見えなくて、少し背伸びをしながら前を見ていると、背中をぽんっと叩かれた。振り返ると、数少ない同じ中学校出身者である陽平君がにっと白い歯を見せて笑っている。
森 陽平君、陽気な性格の男の子で、同じクラスだった三年の時はクラスのムードメイカーだった。根っからの野球少年で生粋のカープファン。中学時代から野球部に所属している。
「おはよう、陽平君」
「おはよ、穂花。穂花も俺とおんなじ二組だった。一年間よろしくなぁ」
「本当!? 見えなくて困ってたんだよ、ありがとう。陽平君と一緒だと心強いなぁ」
「そうだなぁ、同中のやつあんまりいないもんな、一緒でラッキーだな!」
にかっと笑う陽平君と一緒に、私は入学式の行われる講堂に足を運んだ。趣ある古い建物である講堂は、なんと戦前から残っている建物で、なにかの文化財に指定されているって入学案内に書いてあった気がする。パンフレットに載っていた写真よりも、実物はずいぶんとおんぼろだ。
「なんかさぁ女子少なくねぇ?」
クラスの列を見つけた陽平君が耳打ちしてきた。確かに、一年生は見るからに男の子の方が多い気がする。
「成績順で取るからじゃないかな? 男の子の方が優秀だってことだね」
「なんだよそれ、全然嬉しくねぇ。少ない女子を巡って争いが起こるだろう?」
「あはは、起きない起きない。変なこと気にするねぇ」
オーバーなリアクションで悲しむ陽平君がおかしくて、私はけらけらと笑いながら自分の出席番号の場所に並んだ。一年二組三十二番。それが私の出席番号だ。
「おはよう、よろしくね」
出会ったばかりの同級生に挨拶をするのは、すごく緊張する。けれど、私の前の出席番号の子も、後ろの出席番号の子も、笑顔で挨拶を返してくれた。心がすっと軽くなる。大丈夫、楽しくやれそうな気がする。
「よし」って小さくガッツポーズを作っていると、校長先生の話が始まった。穏やかな声が講堂中に響き渡り、校長先生が壇上から降りたところで、ざわざわと辺りがざわつく。みんなが後ろをちらりと見ているので、私も倣ってちらりと後ろを見た。
すると一人の男の子が悪びれた様子もなく、堂々と中央に敷かれたカーペットの上を歩いている。ぱっと見えた顔に、私はドキリとした。今朝会った、猫ちゃんとじゃれていた男の子だ。その子は堂々と歩いてきて、私が座っている席の二つ前の列に腰かけた。
「同じ学年だったんだ……」
しかも、同じクラス。思わずそうつぶやいてしまってから、私ははっとして黙った。独り言を隣の子たちに聞かれていたら恥ずかしい。
私は平静を装ってみたけれど、正直目の前に頭半分飛び出している彼のことが、気になって仕方がなかった。
「今日から高校生だ」
言葉にすると頬が緩む。今日から高校一年生、ちょっとだけ大人になったような気がして、私はドキドキしていた。
身支度を整えて、くるっと鏡の前で一回転してみる。
「うん、なかなか似合うじゃないか」
肩まで伸びた髪はもう結ばない。高校からは髪を長く伸ばしても、結ばなくてはいけない、なんて校則はないのだ。三月まで二つに結わっていた髪は、降ろすと少し大人っぽいようにも見える。
下の階のリビングに降りると、お母さんが驚いたような声を出した。
「今日は早いのね」
「うん、ドキドキして早起きしちゃった」
「いつまでもその調子でいてくれたらいいけど」
こんがりと焼いた食パンとベーコンエッグ、オニオンスープまでしっかり平らげた私は買ったばかりのローファーに足を入れる。
「そうだった!」
行ってきますと玄関を出る前に、慌ててポーチを取り出す。中から桜色のリップを取り出した。すっと唇に塗ってみる。
「今日から高校生」
鏡ににっと微笑んで、私は玄関の扉を開けた。
中学生までは歩いて通っていた学校も、高校からの通学は路面電車。お気に入りの定期入れが鞄の横で揺れている。
憧れの電車通学だったけど、車内が混んでいてとても苦しい。周りは同じ学校の制服を着た人でいっぱいだった。もう一本早いのに乗ればいいのかな? やっとの思いでついた停留所で、私は大きなため息を吐く。登校だけで一仕事だ。
路面電車の停留所から学校までは少し距離があって、長い坂を登らないといけない。私は人の流れにそって歩いていたのだけれど、ふっと視界に入った光景に目を奪われて、立ち止まった。後ろから舌打ちをしたような音が聞きえて、慌ててわきに避ける。視線の先には、猫ちゃんに囲まれる男の子がいた。
男の子はなんとも優しい顔をして猫ちゃんの背を撫でている。その表情に、私の心は僅かに早鐘を打った。
私と同じ学校の制服だ、このままここにいたら、遅れちゃうんじゃないかな。そう思った私は男の子のいる公園に駆け寄る。
「あ、あの」
私の呼びかけに、男の子はふと顔を上げてこちらを見た。その表情は、猫ちゃんに向けられた優しいものとは程遠い。私はひゅんっと縮こまった。
「なに?」
「あ、あの、同じ、学校ですよね? 遅刻しませんか?」
「わかってるよ。大丈夫だから、俺のことなんか気にせずに先に行けよ」
「でも」
「気にすんなって、あんたも遅れるぞ」
私はそれ以上かける言葉を見つけられなくて、他の生徒の流れに戻る。雰囲気が大人っぽかったし、背も高かった。先輩の可能性が高い。余計なことを言ってしまったかと思い、反省する。少し、出鼻をくじかれたような気がした。ちょっとだけお節介な性格なのだ。いけない、いけない、入学初日から凹んでいる場合ではない。
正門をくぐった私は、人だかりのできている場所に駆け寄る。組分けが貼り出されているのだろう。一年生のボードは一番手前。
「おっはよ」
ボードがなかなか見えなくて、少し背伸びをしながら前を見ていると、背中をぽんっと叩かれた。振り返ると、数少ない同じ中学校出身者である陽平君がにっと白い歯を見せて笑っている。
森 陽平君、陽気な性格の男の子で、同じクラスだった三年の時はクラスのムードメイカーだった。根っからの野球少年で生粋のカープファン。中学時代から野球部に所属している。
「おはよう、陽平君」
「おはよ、穂花。穂花も俺とおんなじ二組だった。一年間よろしくなぁ」
「本当!? 見えなくて困ってたんだよ、ありがとう。陽平君と一緒だと心強いなぁ」
「そうだなぁ、同中のやつあんまりいないもんな、一緒でラッキーだな!」
にかっと笑う陽平君と一緒に、私は入学式の行われる講堂に足を運んだ。趣ある古い建物である講堂は、なんと戦前から残っている建物で、なにかの文化財に指定されているって入学案内に書いてあった気がする。パンフレットに載っていた写真よりも、実物はずいぶんとおんぼろだ。
「なんかさぁ女子少なくねぇ?」
クラスの列を見つけた陽平君が耳打ちしてきた。確かに、一年生は見るからに男の子の方が多い気がする。
「成績順で取るからじゃないかな? 男の子の方が優秀だってことだね」
「なんだよそれ、全然嬉しくねぇ。少ない女子を巡って争いが起こるだろう?」
「あはは、起きない起きない。変なこと気にするねぇ」
オーバーなリアクションで悲しむ陽平君がおかしくて、私はけらけらと笑いながら自分の出席番号の場所に並んだ。一年二組三十二番。それが私の出席番号だ。
「おはよう、よろしくね」
出会ったばかりの同級生に挨拶をするのは、すごく緊張する。けれど、私の前の出席番号の子も、後ろの出席番号の子も、笑顔で挨拶を返してくれた。心がすっと軽くなる。大丈夫、楽しくやれそうな気がする。
「よし」って小さくガッツポーズを作っていると、校長先生の話が始まった。穏やかな声が講堂中に響き渡り、校長先生が壇上から降りたところで、ざわざわと辺りがざわつく。みんなが後ろをちらりと見ているので、私も倣ってちらりと後ろを見た。
すると一人の男の子が悪びれた様子もなく、堂々と中央に敷かれたカーペットの上を歩いている。ぱっと見えた顔に、私はドキリとした。今朝会った、猫ちゃんとじゃれていた男の子だ。その子は堂々と歩いてきて、私が座っている席の二つ前の列に腰かけた。
「同じ学年だったんだ……」
しかも、同じクラス。思わずそうつぶやいてしまってから、私ははっとして黙った。独り言を隣の子たちに聞かれていたら恥ずかしい。
私は平静を装ってみたけれど、正直目の前に頭半分飛び出している彼のことが、気になって仕方がなかった。

