スピンオフ 執事と御曹司の始まらない恋の一部始終

学園祭が終わり、圭一郎は自分が果たすべきミッションを改めて思いしった。

大紫様のお母上、三山桂子様との対面は無事に果たすことができたが、あのときの桂子様にアイコンタクトで念を押されたのだ。
「大紫が恋愛結婚を望むなら、お相手探しは学園在学中の間だけよ」

圭一郎としては、大紫様にはふさわしい方と結ばれてほしいだけで、それが恋愛結婚でも、三山家が決めた方でも構わないのだが、大紫様の性格を思うとやはりご自身でお相手を見つけたいのだろうと思う。

だが……後夜祭が終わるころ、ようやく参加してみれば、S組内に多くのカップルが誕生しているではないか。
もしや完全に出遅れてしまったのか? 圭一郎は内心では焦っていた。

大紫様は後夜祭でどなたにも告白をうけていないのは、たまたま大紫様がお忙しかったせいだろう。
または告白したくとも勇気を出せなかった女子生徒がいたのだろう。

それにしても……三山タイシのフリをしている自分は、佐藤杏奈さんからは「婚約者にしてほしい」と言われた。
あれはいったいどういう意味なのだろうか。

佐藤さんは大きな誤解をしているようだが、それでも「婚約者にしてほしい」というのは、まさか自分を慕ってくれているということなのだろうか?
「表向きの婚約者」というのが気にかかるところではあるが……。
いずれにしても、大紫様より前にあのような告白を自分が受けてしまうとは、困ったものである。

 ああでもその前に、大紫様に説明しなければ。

大紫様はもともと「相手を認める」お人柄なので、LGBTQについても問題なく受け入れており偏見もない。
しかしながら、自分が誤解されているとなるとどうだろう。

ロンドン寄宿学校時代も、大紫様に友情を超えた感情を持ったご学友が数人いた。
しかし彼らはみな、圭一郎のことを恋人だと勘違いして大紫様を諦めた。
なかに一人だけ、はっきりと圭一郎に大紫様との関係を問いただした学生がいた。
そのとき圭一郎は嘘も方便だと思い、自分は大紫の恋人だよと答えたこともあった。
するとその学生は「相手が圭一郎なら敵わない」と言った。
……今となっては、懐かしくいい思い出だ

「俺と圭一郎が……ラブ……ラブ?! なんと浅はかな……はあ……そのくせ婚約者とはなんだ……わからん……なんなんだ……」

大紫様の独り言が止まりそうにない。
予想はしていたが、大紫様は佐藤杏奈さんが何をどのように誤解しているか、まったくお分かりになっていなかった。
説明してみたものの、かなり混乱されているらしい。
無理もない。なにしろ佐藤さんは誤解した状態で婚約者になりたいと言い出したのだから。
その件については圭一郎もわかりかねていた。

 で、今である。
圭一郎はすでに20分は大紫様にドライヤーをあてていた。
15分過ぎたあたりから大紫様の頭皮が心配になり、冷風に切り替えている。
しかし冷風もあてすぎれば風邪をひいてしまわないか心配になってくる。

ドライヤーをかけながら大紫様に心のうちを語っていただくのは、執事として大変名誉で貴重な時間だとはわかっているが……ここは、心を鬼にすることにした。

 カチリ。
大紫様がつぶやかれる直前にドライヤーを止めた。

「終わりました」
「そ、そうか、ありがとう」
急にドライヤーが止まって、大紫様が少し焦っている。 
圭一郎は心の中で詫びた。

「明日、佐藤さんがいらしたときに、本日のことをご説明いただこうと思うのですが、よろしいでしょうか」
「そ……うだな、うん、それがいいだろう。聞くべきだ」
「ではそういたします」

大紫様がそわそわとしている。

「もし杏奈が、圭一郎の婚約者になりたいなら、どうするのだ?」
「私は大紫様のフリをしている身分です。 “三山タイシ”としては、お断りするしかございません」
「……圭一郎としては、どうなのかと聞いている」
「はて……私はまだ結婚など考えてもおりませんので」
「いや、うん、いや……そうだよな、うん」

大紫様はかなり動揺していらっしゃるようだ。
こんなとき圭一郎は、ハーブティーかホットミルクか、どちらがいいだろうと悩むしかできない。
自室に戻り、キッチンへ向かった圭一郎は、ふがいない自分を恥じた。

そして翌日……

「大紫様、大紫様! 開けてください!」
 
圭一郎は必死に懇願していた。
佐藤杏奈さんがお帰りになってから、大紫様はお部屋に引き込まれたままだ。夕食も召し上がらないという。

無理もない。
佐藤さんは、「お金のために、三山タイシの婚約者になりたい」と告白したのだ。
しかも他に好きな人がいるので、婚約者として支度金だけもらいたいというのである。
なんという厚かましさだろう。
S組にこのような生徒がいるとは、圭一郎は心底驚いた。

田鍋ケイイチロウとして、その場にいた大紫様も大変驚き、佐藤さんの話を最後まで聞くことなく、退出を願い出る有様だった。

そしてそのままお部屋に閉じこもってしまわれたのである。

三山家の御曹司として生まれ、その資産や人脈を狙っておもねってくる人には注意せねばいけなかった。
かといって対人関係において疑心暗鬼になってもいけない。
そのために幼少のころからロンドンへ渡って寄宿学校で生活し、世俗のしがらみから離れ、健やかなお心を育まれてきたのだ。
なのに、日本に帰国してすぐ、このような「三山家の財産」をあてにした女性とクラスメートになってしまうとは。

大紫様のご心痛を思うと、圭一郎の胸も押しつぶされそうになる。
せめて何か召し上がっていただかなくては。
大紫様の好物を用意しよう。大紫様の好きな食べ物……

 「ラーメン……?」

 いや駄目だ。佐藤さんのラーメンなどお出ししては大紫様の心を傷つけるだけだ!
 圭一郎は、佐藤杏奈のラーメンよりおいしいものを作れるようにしなければと心に誓った。