問題は解決していなかったのである。
城之内桜月さんがワイヤーに細工するのを見ていたのも何もせず、その罪を佐藤杏奈さんになすりつけた人間の正体がまだわかっていなかった。
大紫様はそこまで見越して、のんきにハーブティーをいれた私に苛立っていたのだ。
なんたる不覚……。
演劇の練習中、大道具のセットが佐藤杏奈さんに向かって倒れた。
大紫様は佐藤さんを庇って大道具を一人で支えた。
幸い、大きな怪我はなかったものの、この事故ももはや偶然ではあるまい。
何者かが佐藤さんを狙っている。
そして佐藤さんの近くには大紫様がいる。
そこで圭一郎は、大紫様にかわって主役をやると提案したのである。
大紫様を佐藤さんから引き離すにはそれしかない。
大紫様は最初は憤慨していたが、本番は大紫様が舞台にあがるのだとご説明したら、承諾してくださった。
練習中、圭一郎はできるだけ佐藤さんのそばにいた。
学園内で、三山タイシを名乗っている圭一郎がそばにいるせいか、事故が起きることはなく、圭一郎は安堵した。
そして学園祭当日がやってきた。
「ついに俺の出番だな!」
大紫様はライオンの衣装に着替え、顔には特殊メイクもほどこし、楽しそうである。
「はい、本日の主役です。存分にお楽しみください」
そういって圭一郎は大紫様をステージへ送り出した。
S組のクラスメートには、あとから急な腹痛で代役を頼んだと言っておけばいい。
拍手が鳴り響いていた。
カーテンコールにこたえる大紫様のお姿を、圭一郎は誇らしく感じていた。
「三山くん、私たちも下りましょう」
圭一郎は、もっともよい場所から舞台を見たくて、善財詩子さんを手伝う名目で照明席にきていた。
「そうですね」
大紫様にこの感動を早くお伝えしたい、圭一郎は興奮していた。
演劇は、圭一郎が主役として練習していたものより、ずっと素晴らしい出来栄えだった。
最初、佐藤杏奈さんが緊張のせいかセリフが出て来ず、ハラハラする瞬間もあったが、大紫様の機転で乗り切り、次第にアドリブもきかせ、メインの見せ場ではしっかりと観客を引きつけていた。
大紫様にはやはり大きな華がある。
人が努力では手に入れられぬものをお持ちなのだ。
このあとはリラックスした気持ちで、後夜祭も楽しんでいただきたい。
そう思った矢先、1通のメールが届いた。
大紫様のお母上!
大紫様のお母上・桂子様は、圭一郎のこともとても可愛がってくれる心やさしい方である。
その方が、圭一郎が学園祭で主役のライオン役を演じると聞いて、学園に向かっているというのだ。
メールには、スケジュールの都合で演劇には間に合わないが、ライオン姿の私と写真を撮りたいとあった。
まずい。
大紫様と圭一郎の入れ替わりを知っているのは理事長のみ。
ご両親には内緒なのである。
あと30分、いや20分もない。
圭一郎はすぐに大紫様に状況を伝えた。
大紫様はすぐに危機を把握した。
「大紫様は医務室でお待ちください。わたくしも諸所の手配を終えたらすぐに向かいます」
言うと、圭一郎は副校長ももとへ向かった。
桂子様が到着されたらまずは足止めをし時間を稼ぐ。そして特別応接室へ案内してもらう。
その後、ライオンの衣装に着替えた自分が大紫様と一緒にご挨拶に向かうのだ。
「副校長先生、母は、学園の教育方針について是非お話を伺いたいと申しておりました」
「そうか、では私がしっかりお話しよう」
「ありがとうございます。そのあとは応接室にご案内ください。私が田鍋ケイイチロウを連れて行き、3人だけで歓談の場を持てればと思います」
「わかったよ。学園祭ではどの保護者の方も平等にと言われているんだけどね、三山家のためならば、今回だけ便宜をはからせてもらうよ」
「ありがとうございます。母にも伝えておきます」
三山タイシとして、副校長と話をつけた圭一郎は、廊下に出るやいなや医務室へ急いだ。
桂子様ご到着まであと13分!
医務室に入った圭一郎は、他に誰もいないことを確認してから、「使用中」となっている個室のドアをあけた。
「失礼します」
大紫様は、衣装を脱ぎ、特殊メイクも洗い流していた。
でもまだライオンのつけ毛がついたままだ。
「圭一郎、その服を脱いで俺と交換しろ」
「その前に大紫様のつけ毛を取らなければ」
お互いに相手に手を伸ばし、圭一郎は大紫様のつけ毛を、大紫様は圭一郎のクラスTシャツを脱がそうとしてバランスを崩した。
「わ!」
大紫様がベッドに倒れ、圭一郎が覆いかぶさるような体制になった。
申し訳ありません、そう言おうとしたとき、個室の扉が開き、佐藤杏奈さんが立っていた。
なぜ佐藤さんがここに?
いや、今はまず桂子様の対応をしなければ。
大紫様も同じ気持ちだったようで、佐藤さんに速やかに退出するようお伝えになった。
ところが佐藤さんは立ち尽くし、独り言のように話し始めた。
「二人の関係はもうわかったわ、大丈夫、言わなくていいよ。今は言わせることもハラスメントの一つだしね」
ん?
「多様性の時代なんていうけど、ほんとのところはまだまだ。だから二人もここで隠れて会ったりして、苦労しているのよね? 大丈夫、わたし誰にも言ったりしないから」
なるほど。佐藤さんは私たちがベッドに倒れ込んでいる姿を見て、あらぬ方向に誤解してしまったのか。
「でも三山君は婚約者を探さなくちゃいけないのよね? もちろん、女性の」
佐藤さんが圭一郎をじっと見た。
「私、不思議だったのよ。三山君が私の事、あんまり意識してくれないから」
佐藤さんに責められたようで、圭一郎は困惑する。
圭一郎にとっては大紫様が安全に健やかに学園生活を送ることが第一だ。
そのため、大紫様にかわって佐藤さんの側にいたが、佐藤さんはそれでも不満だというのか。
「でも今、理由がわかってなんだかホッとしてる。三山君も本当は悩んでいたんじゃない? 御家の決まりに逆らうのは大変そうだものね」
「おい杏奈、用件を早く言え」
大紫様が苛立っていた。
無理もない、桂子様ご到着までもう時間がない。
「だから、あの、私を婚約者にしてみない?」
「はあ?」
大紫様がスッ頓狂な声をだした。
「落ち着いて田鍋君。私は三山君の表向きの婚約者であれば十分なの。二人の邪魔をする気はない、どう? いい考えじゃない?」
大紫様が、助けを求めるように圭一郎を見た。
その顔には、もう何が何だかわからない、圭一郎助けてくれ!と書いてある。
圭一郎は、すばやく佐藤杏奈の論点を整理した。
彼女は自分と大紫様が同性愛カップルであると誤解している。
そして三山タイシが女性の婚約者を探している情報と照らし合わせた上で、自分を表向きの婚約者にすれば、同性愛という秘密を抱えた三山タイシを助けることができると考えている……
すべてが大いなる誤解だが、今、それを説明している時間はない。
ならばこの状況を片づけるため、三山タイシとして圭一郎が言うべきセリフは明らかだ。
「わかりました。考えてみましょう」
城之内桜月さんがワイヤーに細工するのを見ていたのも何もせず、その罪を佐藤杏奈さんになすりつけた人間の正体がまだわかっていなかった。
大紫様はそこまで見越して、のんきにハーブティーをいれた私に苛立っていたのだ。
なんたる不覚……。
演劇の練習中、大道具のセットが佐藤杏奈さんに向かって倒れた。
大紫様は佐藤さんを庇って大道具を一人で支えた。
幸い、大きな怪我はなかったものの、この事故ももはや偶然ではあるまい。
何者かが佐藤さんを狙っている。
そして佐藤さんの近くには大紫様がいる。
そこで圭一郎は、大紫様にかわって主役をやると提案したのである。
大紫様を佐藤さんから引き離すにはそれしかない。
大紫様は最初は憤慨していたが、本番は大紫様が舞台にあがるのだとご説明したら、承諾してくださった。
練習中、圭一郎はできるだけ佐藤さんのそばにいた。
学園内で、三山タイシを名乗っている圭一郎がそばにいるせいか、事故が起きることはなく、圭一郎は安堵した。
そして学園祭当日がやってきた。
「ついに俺の出番だな!」
大紫様はライオンの衣装に着替え、顔には特殊メイクもほどこし、楽しそうである。
「はい、本日の主役です。存分にお楽しみください」
そういって圭一郎は大紫様をステージへ送り出した。
S組のクラスメートには、あとから急な腹痛で代役を頼んだと言っておけばいい。
拍手が鳴り響いていた。
カーテンコールにこたえる大紫様のお姿を、圭一郎は誇らしく感じていた。
「三山くん、私たちも下りましょう」
圭一郎は、もっともよい場所から舞台を見たくて、善財詩子さんを手伝う名目で照明席にきていた。
「そうですね」
大紫様にこの感動を早くお伝えしたい、圭一郎は興奮していた。
演劇は、圭一郎が主役として練習していたものより、ずっと素晴らしい出来栄えだった。
最初、佐藤杏奈さんが緊張のせいかセリフが出て来ず、ハラハラする瞬間もあったが、大紫様の機転で乗り切り、次第にアドリブもきかせ、メインの見せ場ではしっかりと観客を引きつけていた。
大紫様にはやはり大きな華がある。
人が努力では手に入れられぬものをお持ちなのだ。
このあとはリラックスした気持ちで、後夜祭も楽しんでいただきたい。
そう思った矢先、1通のメールが届いた。
大紫様のお母上!
大紫様のお母上・桂子様は、圭一郎のこともとても可愛がってくれる心やさしい方である。
その方が、圭一郎が学園祭で主役のライオン役を演じると聞いて、学園に向かっているというのだ。
メールには、スケジュールの都合で演劇には間に合わないが、ライオン姿の私と写真を撮りたいとあった。
まずい。
大紫様と圭一郎の入れ替わりを知っているのは理事長のみ。
ご両親には内緒なのである。
あと30分、いや20分もない。
圭一郎はすぐに大紫様に状況を伝えた。
大紫様はすぐに危機を把握した。
「大紫様は医務室でお待ちください。わたくしも諸所の手配を終えたらすぐに向かいます」
言うと、圭一郎は副校長ももとへ向かった。
桂子様が到着されたらまずは足止めをし時間を稼ぐ。そして特別応接室へ案内してもらう。
その後、ライオンの衣装に着替えた自分が大紫様と一緒にご挨拶に向かうのだ。
「副校長先生、母は、学園の教育方針について是非お話を伺いたいと申しておりました」
「そうか、では私がしっかりお話しよう」
「ありがとうございます。そのあとは応接室にご案内ください。私が田鍋ケイイチロウを連れて行き、3人だけで歓談の場を持てればと思います」
「わかったよ。学園祭ではどの保護者の方も平等にと言われているんだけどね、三山家のためならば、今回だけ便宜をはからせてもらうよ」
「ありがとうございます。母にも伝えておきます」
三山タイシとして、副校長と話をつけた圭一郎は、廊下に出るやいなや医務室へ急いだ。
桂子様ご到着まであと13分!
医務室に入った圭一郎は、他に誰もいないことを確認してから、「使用中」となっている個室のドアをあけた。
「失礼します」
大紫様は、衣装を脱ぎ、特殊メイクも洗い流していた。
でもまだライオンのつけ毛がついたままだ。
「圭一郎、その服を脱いで俺と交換しろ」
「その前に大紫様のつけ毛を取らなければ」
お互いに相手に手を伸ばし、圭一郎は大紫様のつけ毛を、大紫様は圭一郎のクラスTシャツを脱がそうとしてバランスを崩した。
「わ!」
大紫様がベッドに倒れ、圭一郎が覆いかぶさるような体制になった。
申し訳ありません、そう言おうとしたとき、個室の扉が開き、佐藤杏奈さんが立っていた。
なぜ佐藤さんがここに?
いや、今はまず桂子様の対応をしなければ。
大紫様も同じ気持ちだったようで、佐藤さんに速やかに退出するようお伝えになった。
ところが佐藤さんは立ち尽くし、独り言のように話し始めた。
「二人の関係はもうわかったわ、大丈夫、言わなくていいよ。今は言わせることもハラスメントの一つだしね」
ん?
「多様性の時代なんていうけど、ほんとのところはまだまだ。だから二人もここで隠れて会ったりして、苦労しているのよね? 大丈夫、わたし誰にも言ったりしないから」
なるほど。佐藤さんは私たちがベッドに倒れ込んでいる姿を見て、あらぬ方向に誤解してしまったのか。
「でも三山君は婚約者を探さなくちゃいけないのよね? もちろん、女性の」
佐藤さんが圭一郎をじっと見た。
「私、不思議だったのよ。三山君が私の事、あんまり意識してくれないから」
佐藤さんに責められたようで、圭一郎は困惑する。
圭一郎にとっては大紫様が安全に健やかに学園生活を送ることが第一だ。
そのため、大紫様にかわって佐藤さんの側にいたが、佐藤さんはそれでも不満だというのか。
「でも今、理由がわかってなんだかホッとしてる。三山君も本当は悩んでいたんじゃない? 御家の決まりに逆らうのは大変そうだものね」
「おい杏奈、用件を早く言え」
大紫様が苛立っていた。
無理もない、桂子様ご到着までもう時間がない。
「だから、あの、私を婚約者にしてみない?」
「はあ?」
大紫様がスッ頓狂な声をだした。
「落ち着いて田鍋君。私は三山君の表向きの婚約者であれば十分なの。二人の邪魔をする気はない、どう? いい考えじゃない?」
大紫様が、助けを求めるように圭一郎を見た。
その顔には、もう何が何だかわからない、圭一郎助けてくれ!と書いてある。
圭一郎は、すばやく佐藤杏奈の論点を整理した。
彼女は自分と大紫様が同性愛カップルであると誤解している。
そして三山タイシが女性の婚約者を探している情報と照らし合わせた上で、自分を表向きの婚約者にすれば、同性愛という秘密を抱えた三山タイシを助けることができると考えている……
すべてが大いなる誤解だが、今、それを説明している時間はない。
ならばこの状況を片づけるため、三山タイシとして圭一郎が言うべきセリフは明らかだ。
「わかりました。考えてみましょう」


