違うな……。
スープを一口飲んですぐに、佐藤杏奈さんの作るラーメンとは似ても似つかないと圭一郎は悟った。
大紫様があのラーメンを大変気に入っていたので、佐藤さんにレシピを聞いたのだが教えていただくことはできなかった。
幸い、佐藤さんがまた作りに来てくれるとおっしゃってくれたが、そう何度も来ていただくわけにはいかない。
ならば自分で作れるようにするしかないと、圭一郎は自分の味覚を頼りに深夜、スープ作りに励んでいるのだ。
しかし元々ラーメンに詳しくもないうえ、佐藤さんの作ったラーメンは非常に複合的で、かつ繊細な味わいだったので、圭一郎は苦戦していた。
これでは大紫様をがっかりさせてしまう……。
圭一郎はため息をついた。
翌日の土曜日、佐藤さんは昼ごろいらっしゃることになっていたのだが、予想外のことがおきた。
善財詩子さんと城之内桜月さんも同じころに三山家にやってくることになったのだ。
もともと、善財詩子さんからは安全性を重視した演出プランに変更するため、主要キャストの大紫様(学園では田鍋ケイイチロウ)と監督である私(学園では三山タイシ)と一度話し合いたいと申し出があったのだ。
二度と事故を起こさないためにも願ってもないことで、その話し合いは土曜の夕方、ホテルのティーラウンジで行われることになっていた。
ところが、同じく主要キャストである城之内桜月さんが急遽、都合が悪くなり、昼に変更できないかと連絡がきたのである。
「ならば、ここに来てもらえば良いではないか」
大紫様は、悩むこともなく決められた。
「では急ぎ佐藤さんにもご連絡しておきましょう。そしてできるなら5人分のラーメンを作っていただけないかご相談してみます」
「いや、しなくていいだろう」
「とおっしゃいますと?」
「杏奈は給仕係ではないのだから、そのような頼みをしては失礼だろう。3人分のラーメンを5人で分け合って食べればすむことだ」
圭一郎は心の中で感嘆した。
あれほど食べたがっていた佐藤さんのラーメンを、急な来客と分け合おうという大紫様。
ご自身の欲求より、佐藤さんを給仕として扱わない礼節を大事になさっているのだ。
圭一郎は自分を恥じた。
だがしかし。
城之内桜月さんの振る舞いはいささか強引で、圭一郎は人知れず眉をひそめた。
城之内桜月さんは、三山家に到着するや、大紫様のお部屋に行きたいと願い出た。
三山家には用途や人数にあわせた応接室が多数あるというのに、である。
さらに、佐藤杏奈さんには圭一郎の部屋のミニキッチンでラーメンを作らせ、出来上がったら連絡をくれと、勝手に話をすすめてしまう。
佐藤さんを給仕係ではないとおっしゃった大紫様とは大違いなのだった。
しかも城之内さんは
「ねえ、杏奈ちゃんってどういうお家の方なのかしら。急に編入してきてよくわからないのよね」
と、無遠慮な発言をなさった。
S組のクラスメートについては、編入が決まった段階で、圭一郎の父から資料として渡されていた。
圭一郎はすべて暗記しており、城之内さんが国内有数のホテルグループのご令嬢だということも会う前から知っている。
だが、同じ日に編入した佐藤杏奈さんについては、父の資料にはなかった。急な編入だったようだ。
だが、佐藤さんのお父上が会社経営者であることと、今回の編入は日下部家の口添えだったことは、翌日には報告が届いていた。
しかしもちろん、その情報をここで城之内さんにお伝えすることはない。
「家のことなどどうでもいいじゃないか。今は我がクラスの演劇をどうするかだろう」
大紫様がぴしゃりと言ったので、城之内さんも黙った。
城之内さんがなぜ佐藤杏奈さんに反感をもっているのか、気にかかった圭一郎だったが、詮索することもないとその時は思っていた。
すべてが明らかになったのは、佐藤さんのラーメンが出来上がった時だった。
大紫様にとっては待ちに待ったラーメンで、よい香りと湯気をたたせたラーメンに、幼い子供のように目を輝かせていらっしゃった。圭一郎も、同じ味を出せるよう、しっかり味を覚えなくてはと、緊張していたその時であった。
「これ食べて大丈夫かしら。何か変な物を入れたりしていない?」
城之内さんが冷ややかに言った。
「どういう意味」
佐藤さんが問いただすのは当然である。
「だってワイヤーに傷をつけて落下事故を起こしたのは杏奈ちゃんじゃない。だから私、杏奈ちゃんが作ったものなんて怖くて食べられないわ」
佐藤さんが落下事故を起こした?
聞き捨てならぬ話である。
「この動画を見ればわかるわ」
城之内さんが、スマホを出し、動画を再生する。
秀礼学園の制服を着た女子生徒が、ワイヤーに切り込みを入れている。
周囲を気にするように振り向いたその女子生徒は……佐藤杏奈さんだった。
「違う、私じゃない」
佐藤さんは否定したが、動画に映っているのは確かに佐藤さんで、大紫様も、善財詩子さんも言葉を失くしている。
「もう一度、見させていただけますか?」
こういう時こそ、冷静に動かなければならない。そのための自分である。
圭一郎は、城之内桜月の動画を再生し直した。
いたたまれなくなった佐藤さんがお帰りになり、城之内さんと善財さんにもお引き取り頂いた。
圭一郎は、やらねばならぬことを頭の中で整理していった。
城之内さんは、佐藤杏奈さんが三山タイシに取り入るためにわざと事故をおこしたと話していたが、それは本当なのか?
動画は本物なのか、そして誰が撮ったのか?
調べなければいけないことがたくさんあった。
まずは大紫様の安全を確保するため、今後のことを相談せねばなるまい。
だが肝心の大紫様は……すっかり冷めてのびてしまったラーメンを無言で召し上がっていた。
そんなにもこのラーメンを気に入っていらっしゃるのか。
いや、大紫様は、佐藤杏奈さんに悪意がないとお信じになりたいのだ。
それならばまずは自分が毒見としてラーメンを食べるべきであった。
圭一郎は出遅れたことを恥じ、ならばせめて、事故の真相を明らかにして、大紫様の懸念をはっきりさせて差し上げるのが己の勤めであると確信した。
スープを一口飲んですぐに、佐藤杏奈さんの作るラーメンとは似ても似つかないと圭一郎は悟った。
大紫様があのラーメンを大変気に入っていたので、佐藤さんにレシピを聞いたのだが教えていただくことはできなかった。
幸い、佐藤さんがまた作りに来てくれるとおっしゃってくれたが、そう何度も来ていただくわけにはいかない。
ならば自分で作れるようにするしかないと、圭一郎は自分の味覚を頼りに深夜、スープ作りに励んでいるのだ。
しかし元々ラーメンに詳しくもないうえ、佐藤さんの作ったラーメンは非常に複合的で、かつ繊細な味わいだったので、圭一郎は苦戦していた。
これでは大紫様をがっかりさせてしまう……。
圭一郎はため息をついた。
翌日の土曜日、佐藤さんは昼ごろいらっしゃることになっていたのだが、予想外のことがおきた。
善財詩子さんと城之内桜月さんも同じころに三山家にやってくることになったのだ。
もともと、善財詩子さんからは安全性を重視した演出プランに変更するため、主要キャストの大紫様(学園では田鍋ケイイチロウ)と監督である私(学園では三山タイシ)と一度話し合いたいと申し出があったのだ。
二度と事故を起こさないためにも願ってもないことで、その話し合いは土曜の夕方、ホテルのティーラウンジで行われることになっていた。
ところが、同じく主要キャストである城之内桜月さんが急遽、都合が悪くなり、昼に変更できないかと連絡がきたのである。
「ならば、ここに来てもらえば良いではないか」
大紫様は、悩むこともなく決められた。
「では急ぎ佐藤さんにもご連絡しておきましょう。そしてできるなら5人分のラーメンを作っていただけないかご相談してみます」
「いや、しなくていいだろう」
「とおっしゃいますと?」
「杏奈は給仕係ではないのだから、そのような頼みをしては失礼だろう。3人分のラーメンを5人で分け合って食べればすむことだ」
圭一郎は心の中で感嘆した。
あれほど食べたがっていた佐藤さんのラーメンを、急な来客と分け合おうという大紫様。
ご自身の欲求より、佐藤さんを給仕として扱わない礼節を大事になさっているのだ。
圭一郎は自分を恥じた。
だがしかし。
城之内桜月さんの振る舞いはいささか強引で、圭一郎は人知れず眉をひそめた。
城之内桜月さんは、三山家に到着するや、大紫様のお部屋に行きたいと願い出た。
三山家には用途や人数にあわせた応接室が多数あるというのに、である。
さらに、佐藤杏奈さんには圭一郎の部屋のミニキッチンでラーメンを作らせ、出来上がったら連絡をくれと、勝手に話をすすめてしまう。
佐藤さんを給仕係ではないとおっしゃった大紫様とは大違いなのだった。
しかも城之内さんは
「ねえ、杏奈ちゃんってどういうお家の方なのかしら。急に編入してきてよくわからないのよね」
と、無遠慮な発言をなさった。
S組のクラスメートについては、編入が決まった段階で、圭一郎の父から資料として渡されていた。
圭一郎はすべて暗記しており、城之内さんが国内有数のホテルグループのご令嬢だということも会う前から知っている。
だが、同じ日に編入した佐藤杏奈さんについては、父の資料にはなかった。急な編入だったようだ。
だが、佐藤さんのお父上が会社経営者であることと、今回の編入は日下部家の口添えだったことは、翌日には報告が届いていた。
しかしもちろん、その情報をここで城之内さんにお伝えすることはない。
「家のことなどどうでもいいじゃないか。今は我がクラスの演劇をどうするかだろう」
大紫様がぴしゃりと言ったので、城之内さんも黙った。
城之内さんがなぜ佐藤杏奈さんに反感をもっているのか、気にかかった圭一郎だったが、詮索することもないとその時は思っていた。
すべてが明らかになったのは、佐藤さんのラーメンが出来上がった時だった。
大紫様にとっては待ちに待ったラーメンで、よい香りと湯気をたたせたラーメンに、幼い子供のように目を輝かせていらっしゃった。圭一郎も、同じ味を出せるよう、しっかり味を覚えなくてはと、緊張していたその時であった。
「これ食べて大丈夫かしら。何か変な物を入れたりしていない?」
城之内さんが冷ややかに言った。
「どういう意味」
佐藤さんが問いただすのは当然である。
「だってワイヤーに傷をつけて落下事故を起こしたのは杏奈ちゃんじゃない。だから私、杏奈ちゃんが作ったものなんて怖くて食べられないわ」
佐藤さんが落下事故を起こした?
聞き捨てならぬ話である。
「この動画を見ればわかるわ」
城之内さんが、スマホを出し、動画を再生する。
秀礼学園の制服を着た女子生徒が、ワイヤーに切り込みを入れている。
周囲を気にするように振り向いたその女子生徒は……佐藤杏奈さんだった。
「違う、私じゃない」
佐藤さんは否定したが、動画に映っているのは確かに佐藤さんで、大紫様も、善財詩子さんも言葉を失くしている。
「もう一度、見させていただけますか?」
こういう時こそ、冷静に動かなければならない。そのための自分である。
圭一郎は、城之内桜月の動画を再生し直した。
いたたまれなくなった佐藤さんがお帰りになり、城之内さんと善財さんにもお引き取り頂いた。
圭一郎は、やらねばならぬことを頭の中で整理していった。
城之内さんは、佐藤杏奈さんが三山タイシに取り入るためにわざと事故をおこしたと話していたが、それは本当なのか?
動画は本物なのか、そして誰が撮ったのか?
調べなければいけないことがたくさんあった。
まずは大紫様の安全を確保するため、今後のことを相談せねばなるまい。
だが肝心の大紫様は……すっかり冷めてのびてしまったラーメンを無言で召し上がっていた。
そんなにもこのラーメンを気に入っていらっしゃるのか。
いや、大紫様は、佐藤杏奈さんに悪意がないとお信じになりたいのだ。
それならばまずは自分が毒見としてラーメンを食べるべきであった。
圭一郎は出遅れたことを恥じ、ならばせめて、事故の真相を明らかにして、大紫様の懸念をはっきりさせて差し上げるのが己の勤めであると確信した。


