嘘から始まる推しとの恋。

描きたいものが思い浮かばず、何のイラストも投稿しないまま一ヶ月が経った。
SNSのファンの間では、コメント欄に心配する声ばかりが募っていた。


篠崎彩奈:『やばい…………
何描きたいか分からなくなってきた』


??:「……ねぇ、そこのお姉ちゃん」

真夜中に散歩がてら外に出てスマホを見ていたからか、
知らない人に声をかけられた、気がする。


??:「今から俺と一緒に遊ばない??」

篠崎彩奈:『…………』


こっちもどうしよう、知らない男にナンパされて怖い。


??:「ほら、あそこの良いとこに行こーよ」

??:「ね?」


左腕を強引に掴まれて、気づけば拒否権すらないぐらいの力と圧で連行されそうになる。
知らない男が"良いとこ"と行った場所は、向かいのラブホテル。
私はとっさに腕を振り払おうとしたが、掴む力が強すぎて逃げられない。


反射的に周りを見渡してみる。けど、誰もいない。

私はこのまま、ラブホテルでこの男の餌食になるのかと思うと抵抗することに無駄を感じてしまい、気づけば抵抗することを諦めていた。

すると、どこかで聞き慣れた声の人が私の右腕をギュッと掴んで男を睨みながら威嚇していた。


??:「っ……お前誰だよっ……!!」


矢ノ原翔太:【俺はこいつの彼氏やで】


矢ノ原翔太:【てか、俺の彼女に何してくれてんの?】


矢ノ原翔太:【今すぐその汚い手ぇ離せや】


矢ノ原翔太:【次やったらどっつき回したるぞ?】


矢ノ原翔太:【……まぁ、次はないかもしれんな】


助けてくれた人の威力で強引に腕を掴んでたナンパ男は怖くなったのか私の腕を離して逃げて行った。
でも、ちょっと待てよ?関西弁で聞き馴染みのある声、そしてこの身長さ--もしかして…。我が推し!?

いやいや、夢小説かドラマじゃない限りそんな展開があるはずない。


その人は掴んでいた私の右腕をなにも言わず離す。

沈黙の中、夜の道を二人で歩く。
あ、そうだ。この人に助けてくれたお礼を言わなきゃ。
私は思い切って口を開く。


篠崎彩奈:『さっきは、助けてくれてありがとうございました』



矢ノ原翔太:【全然やで、それより大丈夫?】


篠崎彩奈:『ナンパされるの初めてだったので正直、かなり怖かったです…』


矢ノ原翔太:【そうやんなー、よく耐えたで。偉い】


助けてくれた彼は、優しい言葉で慰めてくれた。
そして深く被っていた帽子を上げ、目が合うようになった。
顔を見た瞬間、思わず息を呑む。やっぱり我が推しだ。


矢ノ原翔太:【ごめんな?帽子深く被ってて。余計怖がらせたな。
君は、いつもKANSAI REVOLUTIONの特典会まで来てくれる俺推しの子だよね?】


篠崎彩奈:『……はいっ…//』


矢ノ原翔太:【やっぱな。そうやと思ったわ】


篠崎彩奈:『……え?笑』


矢ノ原翔太:【あの男に抵抗してるとこたまたま見かけてもうたんやけど、そん時にどっかで見たことある顔やなと思って思い出したらいつも特典会まで来てくれる君だったんよ】


矢ノ原翔太:【だから、余計助けなあかんと思ってな…】


何この夢小説みたいで、ドラマのような展開……!!
…………本当にあるんだ。


篠崎彩奈:『嬉しいです、推しに助けていただいて、よりリアコ感が増しました笑』


矢ノ原翔太:【え〜、なんそれぇ…リアコ感増されただけ〜?笑】


矢ノ原翔太:【あ、確か君、前の特典会で自分のこと大人気イラストレーターって言うてたよね?
もし今ネタ切れだって思ってたら俺を新しいイラストの参考資料にしてよ】

矢ノ原翔太:【それで俺と偽恋人にならへん…?】


推しからの思いがけない言葉に驚き、言葉を無くす。
"参考資料"?我が推しが?

急に真面目な顔して言ってきたこともあってか、冗談には聞こえなかった。

推しといえどそんな事言われたら余計困惑するってー!

推しからの不意打ちの言葉に負けていた私は話の流れで矢ノ原くんといつの間にか連絡先を交換していた。


「誰にも言わんといてよ」と、言われたことで私は我に返る。
やばい、ほんとに推しと連絡先を交換しちゃったんだ。

推しに助けられて推しと喋って推しと連絡先を交換して。だめだ…全世界の矢ノ原担に怒られそう。

でも、矢ノ原くんがもう一度、私を闇の中から助けようとしてくれてるんだと思ったら例え衝撃的な提案でも断れなかった。


篠崎彩奈:『……ぜひ、参考資料になってください…!
お願いします……!!』

篠崎彩奈:『偽恋人も、、私で良ければ…!』


これは普通の恋人関係じゃない。
ましてや、こんな私を好きになるはずないんだから。
あくまで私の新しいイラスト制作の参考程度。 
まだこの時はそう思っていた。


…………後に禁断で危うい関係になるとは、知らずに。