仁科を引きずりながら歩き出した私を、茉優が呼び止めた。反射的に立ち止まってしまい、聞こえないふりをするわけにいかなくなった。仕方なく振り返る。茉優がにこっと笑う。なんだよ、仁科が威嚇する。茉優は笑顔を崩さず、とんでもないことを言い出した。
「陽葵、好きな人いる?」
その手の話題は一般的に、小さな声で仲の良い人しかいないところで繰り出すものではないだろうか。廊下のど真ん中で声を張り上げるなんて配慮がなさ過ぎる。
あ゛ぁ? 仁科がドスの効いた声を上げる。
ブフッ! みっちーが我慢し切れなかったというように吐き出し、慌てて口元を隠す。
「いるんでしょ? 私、知ってるよ」
ちょっとちょっと朝倉さん、その辺にしたげて。仁科が可哀想だから。へらへら笑いながら、みっちーが茉優を宥める。仁科が、黙ってろ、とみっちーを睨む。しかし、相変わらずみっちーはへらへらしている。俺は仁科のことを思って言ってんのに。面白がっての間違いだろ。
「そこうるさい。私は陽葵と喋ってるの」
仁科とみっちーの小競り合いを止めたのは、事の発端の張本人だった。茉優のくりくりとした丸い瞳が、真っ直ぐに私を見据える。一歩前に踏み出す。その気迫に、思わず一歩下がりそうになって、だけど、仁科の腕を掴んでいた両手にぎゅっと力を込めて何とか踏ん張った。
「私も好き」
目的語がなく、何のことかわからなかった。私が理解できていないことを察したのか、茉優は、陽葵と同じ人が好きってこと、と説明を付け加えた。
「私、好きな人なんて、」
「自覚ないの? なら、私の方が一歩リードだね」
恋のライバルとして、これからよろしく。と爽やかな笑顔を浮かべた後、茉優は、じゃ、と満足げに教室へ入っていった。取り残された私と仁科とみっちーは、唖然とその後ろ姿を見送る。
「何アイツ」
嫌悪感を隠さない仁科の声に、みっちーが「朝倉さん、いつもあんな感じだよ。常にマイペースっていうか何ていうか、」と言葉を濁した後、「悪い子じゃないんだけどね」と苦笑い交じりに擁護した。
「大丈夫?」
仁科の心配そうな声が聞こえた。私に向けて言ったのだと気付いたのは、誰も返事をしない間があった後だった。
「あ、うん」
慌てて返事をすると、本当に? と顔を覗き込まれた。うん。大きく頷く。仁科は納得しきったようではなかったけど、私が大丈夫と言い切るので、それ以上言及しなかった。
