「お昼、一緒に食べない?」
私を昼食に誘うのは、仁科くらいだ。だけど、彼は部活の集まりがあるとかでいない。
いつもの中庭に一人で行こうと教室を出たところで、声をかけられた。仁科のものとは似ても似つかない高い声。女の子の声。振り向くと、見覚えのない女子生徒が立っていた。同じクラスの人ではない。高1のときに同じクラスだった人でもない。同じ中学出身の人は仁科以外にいないから、その可能性もない。全く知らない子だ。それなのに、まるでずっと前から仲良しだったかように話しかけられた。この子、何者?
「一緒に食べるのはいいけど、……どちら様?」
彼女は忘れていたというように、あぁ、と感嘆した後、マユって呼んで、と片手を差し出した。握手すればいいのだろうか。差し出されたまま引っ込んでくれない手に恐る恐る手を重ねると、ぐいっと力強く握られた。よろしく、と言われたので、よろしく、ととりあえず返した。
食堂は、A定食がハンバーグのときはすごく混雑する。今日のA定はサバの味噌煮。2人分の席ならすんなり取れた。私はお弁当を、マユは月見うどんを食べた。昼食に誘ってきたから、何か用でもあるのかと思っていたが、ただお昼ご飯を一緒に食べただけだった。マユはさっさと食べ終わると、「じゃ、先に戻るね」と、お盆を片付けに行った。そして、そのまま教室に戻っていった。何のために私を誘ったのだろうか。意味がわからない。仕方がないので、私は食べかけのお弁当箱を閉じた。ガヤガヤと賑やかな食堂は、どうも落ち着かない。
中庭に行くと、ベンチに一人腰掛ける仁科がいた。購買で買ったらしい焼きそばパンをかじっている。お昼ご飯を一緒に食べる友達なんて、私以外にも大勢いるだろうに。
よう、と隣に腰掛ける。仁科はこちらをチラリと見て、よう、と返事した。
「どこいたの?」
「食堂」
「珍し」
「お昼誘われたの。マユって子に」
「誰?」
顔の広い仁科でも知らないなんて、本当にあのマユって子は何者なんだ。
急に話しかけられて、食堂に連れて行かれて、特に会話もなくご飯食べて、まだ食べてる途中なのに置いてかれた。と説明すると、仁科は、焼きそばパンの最後の一口を口に放り込みながら、へぇ、と不可解そうに眉を顰めた。
「どういう子?」
仁科が指先に付いたソースを舐め取る。
「髪長くて、目くりくりで、可愛い子。小動物みたいな」
「二年生?」
「スリッパ、青だった」
スリッパの色は学年によって異なる。マユのスリッパは私たちと同じ色。つまり、二年生。
「なんか疲れた。ずっと向こうのペースで」
「そういう子って良くも悪くも相手のことそこまで意識してないから、陽葵も気にしなくていいんだよ」
誰とでもすぐ打ち解けられる仁科だが、彼が人から好かれるのは社交性や協調性だけでなく、相手によって距離感を的確に調整できるところにあるのだろう。それは相手をよく観察しなければできないことだ。私の話を聞いただけでマユの人柄を予想し、その対処方法まで提案できるなんて、さすがだ。しかし、残念ながらアドバイス通りに実践できる能力を私は持ち合わせていない。
「よし、行ってみるか」
仁科が唐突に立ち上がる。行くって、どこに?
「一進にマユっていないと思うんだよね。たぶん、特進なんじゃないかな」
「だから?」
「行ってみよう、特進」
