茜と菫の境界線で、夢を見る。


「頑なに俺の顔見ないようにしてたのは、そのせい?」

 バレてたんだ。頷いて、白状する。


「そっか。なんだ、安心した。嫌われてんのかと思ってた」

 冗談めかした笑い声が響いて、教室内の温度がわずかに上がる。


「ごめんなさい」

 目を逸らし、俯く。


「ごめんって思うなら、ちゃんとこっち見ろよな」

 笑いながら、彼が肩を小突く。触れられたところが、じんじんする。


「ごめんなさい」

 頬が熱くなる。


「矢野のお母さんはいなくならないし、もし、いつかいなくなることがあっても、矢野は独りにはならないよ」

「どうして、」

 わかるの?

「矢野を大切に想ってる人はちゃんといるから」

「それって、」

 誰?

「さぁ、誰だろうね」

 それは自分で見つけなさい。彼は先生みたいな口調で言うと、立ち上がり、椅子を元に戻した。


「電車、間に合う?」

 腕時計を見ながら、彼は帰るよう促す。

「たぶん」

 今から駅に行けば確実に間に合う。曖昧に答えたのは、名残惜しさを押し殺しきれなかったせいだ。次はいつ会える? なんて訊けないから。


「明日、来れる?」

 教室を出る直前、彼が訊いた。次に会う約束だ。胸が高鳴った。だけど、


「なんで?」

 私は可愛いことを言えない。だけど、彼は嫌な顔一つせず、剰え微笑んだ。そして、期待させるようなことを軽々しく宣う。


「もっと矢野の話聞きたいから」

 何それ。

「何それ」

 心の中で思った言葉が、つい口元から零れ落ちた。


「ほら、電車遅れるぞ」

 背中を押され、廊下へ追い出される。あやふやにされる。


「明日、5時ね」

「いつもと、同じ?」

「そう。いつもと同じ」

 頷く。振り返る。顔は見られない。またね、彼が言う。私は頷くだけ。可愛くない。彼に背を向けて、歩く。角を曲がるとき、後ろを振り返ると、彼はまだドアの前に立っていた。手を振っている。私は手を振り返すことのないまま、角を曲がった。パタン、遠くでドアの閉まる音がした。


「はぁ……」

 急に体の力が抜ける感覚がした。その場にしゃがみ込み、思わずため息が出る。しかし、電車の時間が迫っている。すぐに立ち上がり、歩き出す。暗い階段を降りながら、次がある安堵感を噛みしめた。