茜と菫の境界線で、夢を見る。


「じゃ、俺から話してもいい?」

 考えあぐねる私を見かねたのか、彼が提案した。頷いて、了承する。


「質問でもいい?」

 頷く。


「あのさ、ずっと気になってたんだけど……同じクラスの、後ろの席の男子」

 仁科?

「アイツと付き合ってんの?」

 は?

 仁科とは長い付き合いだから、お互い気心知れた仲だ。変に気を遣わずいられるのが楽で、だから一緒にいる。それだけ。人の輪の中心にいるタイプの仁科は、私以外にも友達がたくさんいる。老若男女誰とでも仲良くできる柔軟さがあって、それが鼻につかない配慮も持ち合わせている。簡単に言えば、人たらしだ。だから、クラスにうまく馴染めていない同中の同級生を不憫に思って、一緒にいてくれているのかもしれない。

「仁科は、」

 友達、

「ふぅん。やけに仲良いからさ、付き合ってんのかと思った」

「付き合って、」

 ない、

「付き合ってないけど好きってことは?」

 ない。きっぱりと答えると、彼は、そっか、と無機質に呟いた。俯いたまま、黙り込む。静けさが気まずくて、取り繕うように話しかける。


「質問って、」

 それだけ? 尋ねると、ふふん、と肯定とも否定とも取れない相槌が返ってきた。腕組みをして、うぅん……と唸りながら、彼は椅子の背もたれにだらんともたれた。そして、問う。もし仁科が矢野のこと好きだったらどうする?


「もしも、ね。仁科に好きって言われたら、どうする?」

 もしも、と強調しながら、天井を見上げている。目が合う心配がないから、その横顔を見つめていられる。無表情の彼は今、何を考えているのだろう。


「どうするって、」

「付き合う?」

「よく、」

 わからない。仁科のことは好きだけど、そういう好きじゃない。付き合うとか、現実的に考えられない。言葉を選びながらの回答に、彼は、ふぅん、と頷いた。そして、ぽろりと呟いた。


「可哀想に」

 可哀想って、何が?

「ね、初恋っていつだった?」

「なんでそういう話ばっかり、」

 するの?

「いいじゃん。たまには勉強以外の話もしようよ」

「人に訊く前に自分が、」

 話してよ、

「俺の初恋は中学の同級生。見た目は大人しい感じなんだけど、喋ると意外と毒舌でさ。あ、ちょっと矢野に似てるかも」

「私、毒舌じゃ、」

 ない、

「毒舌ってか、間違ってることは間違ってるってはっきり言う子でさ。芯がブレない感じ? 周りに流されないっていうか」

 口調から察するに、彼の言う「毒舌」は褒め言葉だったらしい。


「その子とは、」

 どうなったの?

「特に何も。いいな~って眺めてただけだから。卒業以来会ってない」

 未練も感慨もなく言ってから、「で、矢野は?」と私を見る。目が合いそうになって、慌てて俯く。


「初恋がいつだったかは、」

 覚えてない。いつから好きだったか、よく覚えてないから。気付いたら好きになってた。


「何それロマンチック。相手は誰だったの?」

「言っても、笑わない?」

 恐々尋ねると、彼は胸をどんと叩き、笑わない、と宣言した。ふざけているように見えるけど、きっとこの人は嗤わない。


「初めて好きになったのは……10歳上の兄、」

 思い返せば、初めて好きになった人を誰かに話すのは初めてだった。

 宣言通り、彼は笑わなかった。その代わり、すごく驚いた顔をした。


「別に変な意味じゃ、」

「あ、いや、わかるけどさ。アレだろ? 大人になったらパパと結婚する~みたいなアレだろ?」

「その感覚は、」

 よくわからない、

「お父さん、私が生まれて半年のとき、」

 病気で亡くなった、

「兄は、3年前に、」

 交通事故で亡くなった、

 こんなことを言われたら、大抵の人は気まずそうな顔をする。それが苦手だった。彼はどんな顔をするんだろう。気まずそうにするのかな。可哀想って同情するのかな。辛かったねって優しく笑うのかな。様々予想してみたけど、どれも外れだった。


「俺も」