茜と菫の境界線で、夢を見る。


 これは、夢だ。目の前に立っている恭介(きょうすけ)くんを見上げながら、ぼんやりと確信する。


「おかえり、陽葵(はるき)

 おいで、と恭介くんが両手を広げる。

 これは、夢だ。わかっている。だけど、胸の高鳴りは止まらない。地面を力の限り蹴り、駆け出す。一刻も早く抱きしめてほしい。恭介くんが両手を広げたまま、その場にしゃがむ。優しく微笑む。

 私は違和感に気付く。

 違う。と、頭ではわかっていても、加速度をつけた体は急には止まれない。衝突するように胸に飛び込んだ私を、彼の腕が抱き留める。


「おかえり」

 優しい声が耳たぶをくすぐる。やっぱり、違う。この人は――


「恭介くん」

 違うって、わかってる。だけど、その名前を呼ぶ。首元にしがみつく。


「大好き」

 力の限り抱きしめて、『彼』に、伝える。


「何、急に」

 彼は困ったように笑う。


「大好き。だから、いなくならないでね」

「何言ってんの。いなくならないよ」

 至って真剣な私の言葉は、軽く笑い飛ばされた。なんで伝わらないんだと落胆しかかる途中で、笑い飛ばされたのではなく、笑って誤魔化されたのだと気付く。

 大きな手の平が、私の頭を撫でる。ぎこちない指先は、微かに震えている。嘘を吐いていると、覚る。


「恭介くん」

 名前を呼ぶ。彼は返事の代わりに、私の顔を覗き込む。目が合う。違和感が確信に変わる。この人は恭介くんじゃない。恭介くんのふりをしている別の誰か。


「――……」

 彼に向かって発したはずの言葉は、声にならなかった。必死に叫んでも、声が出ない。そうだ、これは夢なんだ。頭では理解できても、叫ばずにはいられない。なんとかして、伝えたい。すると、彼が笑った。そして、


「うん、約束」

 大きく頷き、小指を差し出した。そのとき、目が覚めた。