三月。
春は、もうすぐそこまで来ていた。
冬の寒さは少しずつ消えて、朝の空気もどこか柔らかくなっていた。
校庭の桜の木には、小さな蕾がついている。
もうすぐ、この蕾も花を咲かせる。
そして私たちの高校生活も、終わろうとしていた。
「明日、卒業式だね。」
放課後の教室で、友達がぽつりと言った。
「うん。」
私は窓の外を眺めながら答える。
「なんか、実感ないよね。」
「分かる。」
周りにいた友達も、口々に話し始める。
「卒業したら、みんな何するの?」
「私は大学。」
「私は県外に行く。」
「えー、じゃあもうなかなか会えないじゃん。」
そんな会話を聞きながら、私は少しだけ寂しくなった。
今まで毎日のように会っていた友達。
朝になれば当たり前のようにこの教室に集まって、くだらない話をして、授業を受けて、放課後になれば一緒に帰る。
そんな毎日が、明日で終わる。
「嫌だな。」
誰かが小さく呟いた。
「寂しいよね。」
「でも、卒業しても遊ぼうよ。」
「絶対ね。」
みんなで笑う。
その笑顔を見ていると、胸の奥が少しだけ熱くなった。
楽しかった。
本当に、楽しかった。
もちろん、嫌なこともあった。
泣いた日もあった。
逃げ出したくなった日もあった。
それでも振り返ってみれば、この三年間にはたくさんの思い出が詰まっていた。
そして、その中には廉との思い出もたくさんあった。
「幸。」
後ろから声がした。
振り返ると、廉が立っていた。
「帰る?」
「うん。」
私は友達に「また明日ね」と声をかけて、廉の隣へ向かった。
教室を出る。
廊下を歩く。
階段を下りる。
何度も繰り返したはずの帰り道。
でも、今日は全部が少し違って見えた。
「明日で最後なんだね。」
私が言う。
「うん。」
廉も静かに答える。
「なんか寂しい。」
「俺も。」
二人で昇降口まで歩く。
靴を履き替えて、校門を出る。
春の風が頬を撫でた。
「ねえ、廉。」
「ん?」
「卒業しても、絶対会おうね。」
「当たり前じゃん。」
「連絡もする?」
「する。」
「本当に?」
「本当。」
廉は笑った。
「俺たち、付き合ってるんだから。」
その言葉に、私は少し笑った。
そうだ。
学校がなくなっても、私たちの関係までなくなるわけじゃない。
友達とは、今までみたいに毎日会えなくなる。
先生にも、毎朝会うことはなくなる。
この教室にだって、もう戻ってこない。
でも、廉とはこれからも一緒にいられる。
そう思うと、少しだけ安心した。
「じゃあ、明日ね。」
「うん。また明日。」
いつものように手を振る。
いつもの帰り道。
いつもの「また明日」。
でも、本当は分かっていた。
明日は、いつもの明日じゃない。
高校生として迎える、最後の一日なのだから。
