びちゃびちゃと音を立てて歩く。
ただひたすらに、
水たまりの中を歩き続ける。
——自分で選んで、やったことだ。
ペンギンの姿をしているものの、
明らかに小さく、
フワフワと宙に浮いている。
つまり、私はペンギンの姿をした妖精に遭遇したのだ。
「君が、もしかしてヌオターレ?」
そう問いかけると、
妖精はあからさまに困惑した様子を見せた。
「そうなのですが……そなたはどちら様なのですか?」
「私はラーギ。『湖水の魔女』と呼ばれていた存在だよ」
「そなたが、どうしてここに?」
「君に会いたかったから」
「我に……?」
「自分の魔力をコントロールできるようになりたいの。そのためには君の存在が不可欠だったから。ごめんね、急に押しかけて」
私は一歩一歩、妖精へと近づいた。
自分の持つ魔法を抑え込み、
洪水や大雨といった災害を引き起こさないようにするためには、
この妖精にすがる以外の方法が思いつかなかったのだ。
「私と一緒に来てほしいの。お願い」
静かにそう呟いた私に、
ヌオターレは不思議そうだった。
「初対面でしょう?」
「そうね、お互いに初対面。それに、私だって君のことは噂程度にしか知らない。だけど、もう迷っているほどの時間はないの。君に私の魔力をどうにかしてほしい」
本当は言いたくない――そんな抵抗感のせいか、状況をうまく説明できずにいた。
だけど、それでも分かってほしかった。
切実な想いだけでも伝わってほしかった。
しかし、ヌオターレは相変わらず困惑を隠せない様子だった。
「一体、我にどうしろというのですか?」
「ヌオターレは『魔法精霊』であり、人間を守る『守護ペット』の使命を持っていると聞いたの」
「どうして、それを……?」
魔法精霊とは、生まれつき強大な魔力を持つ妖精のこと。
そして守護ペットとは、
人を護る役目を生まれながらに与えられた妖精を指す言葉だった。
私は仕方なく、詳しい事情を話すことにした。
「私は元々、どこにでもいる普通の女の子だったの。
でも、十一歳の誕生日に突然、膨大な魔力に目覚めてしまって……普段は大丈夫なんだけど、
ふとした拍子に魔力が暴走すると、
洪水や大雨といった水害を引き起こしてしまう。
だから『湖水の魔女』って呼ばれるようになったの」
「洪水や大雨? それなら『湖水』ではなく、
『洪水』や『大雨』の魔女なのではありませんか?」
「それがね、私の魔法は少し特殊みたいなの。
普通、大雨の魔法といえば空から雨が降ってくるでしょ?
洪水だって、魔法で生み出した水が押し寄せるようなものを想像するかもしれない。
でも、私は違うの。
私の場合、災害を引き起こす水はすべて“湖”から現れている。
それが分かったから、そう呼ばれているんだよ」
「湖から出現……? 正直、あまり想像がつきませんね」
「まあ、話を聞いただけじゃそう思うよね。
誰だって『水魔法は、その場に水が出現するもの』っていう先入観を持っているものだし。
海や川、湖から水が現れたからって何が違うのか、
そこからどうやって魔法が展開していくのかなんて、
普通の人には想像もつかないと思う。
私だって、十一歳になるまでは何も知らなかったんだから」
全く知識のない相手に説明することは、
想像以上に難しかった。
そう考えると、
何も知らない生徒に一から知識を教える学校の先生はすごいな、
と妙なところで感心してしまう。
この説明で、ヌオターレにどこまで伝わっただろう。
もしかしたら、ほとんど理解されていないかもしれない。
「それでね……過去に一度、私の魔力が暴走して洪水や大雨を起こしてしまったことがあるの。
幸い怪我人も死者も出なかったけれど、
全く安心なんてできない。
いつまた暴走するか分からないんだもの。
そんな時に、ある人から『ここにヌオターレという妖精がいる』と聞いたから、藁にもすがる思いでやってきたの」
私は静かに、一つひとつの言葉を噛みしめるように語りかけた。
「お願い。
私が誰のことも傷つけずに済むように……魔力の暴走が収まるまで、
あるいは自分でコントロールできるようになるまで、
私のそばにいてほしい。
近くで助けてほしいの」
こんな頼みごとに意味があるのかどうかは分からない。
ヌオターレがこの程度の話で首を縦に振ってくれるなんて、
これっぽっちも期待していなかった。
期待すればするほど、断られたときのショックが大きくなる。
だからこそ、あえて最初から諦めたような気持ちでいたのだ。
けれど、ヌオターレの反応は予想外のものだった。
「わかりましたのです。
我は、ラーギ様の隣にいてあげるのです」
そう言ったヌオターレの表情は、なぜかとても穏やかだった。
その反応に、
私は思わず泣きそうになったけれど、
なんとか涙をぐっとこらえた。
涙くらいで魔力が暴走することはないけれど、
世の中にはもっと悲しい思いをしている人だっている。
私がこの程度で泣いてしまうなんておかしい気がしたからだ。
本当なら握手でも交わしたいところだったけれど、
ヌオターレの姿はペンギンそのものだ。
どう見ても握手ができるような手つきには見えなかった。
「ヌオターレ、よろしくね。……あのね、私のこと、何があっても裏切ったりしない?」
急に押し寄せてきた不安を、
そのまま口にしてしまう。
いくら事前に説明したとはいえ、
いざ私の魔法を目の当たりにしたら腰を抜かしてしまうかもしれない。それどころか、
ヌオターレも私を恐れるようになって離れてしまうのではないか――。
「水は、本当は怖くないから。
私も、怖くないからね」
私はまるで小さな子どもをなだめるような口調で、静かに囁いた。
こういう時、ギュッと抱きしめ合えたら安心できるのだろうけれど、
お互いに初対面の私たちにはまだそこまでの関係性は築けていない。
こうして、ヌオターレと私の共同生活が始まった。
私もヌオターレのことをよく知らないし、
ヌオターレだって私のことをほとんど知らないはずだ。
「ラーギ様は、どうしてそれほどの魔力を持っておられるのですか? 生まれつきなのですか?」
「最初にも言った通り、
十一歳の誕生日に突然目覚めたの。
それ以外のことは、私にもよく分からないんだ」
「そうだとしても、さすがに……ご両親が大魔女だった、などということは?」
「まさか……と言いたいけれど、どうなんだろう。
私は養子だったから、本当のご両親がそういう家系だったって可能性はあるかもしれないけれど」
私は、自分自身のことすらよく分かっていなかった。
けれど、それでよかった。
ヌオターレが隣にいてくれる、
ただそれだけで十分に心強かったから。
「お腹すいたね。
夜ご飯、カレーにする?」
私が問いかけると、
ヌオターレは不思議そうに首をかしげた。
「カレーとは……?」
「えっ、知らないの?」
これには心底驚いた。
カレーなんて知らない人はいないくらい有名な料理だと思っていたし、
同じくらい嫌いな人だっていないはずだと思っていたからだ。
「ヌオターレ、カレーを知らないなんて時代遅れだよ」
非常識、と言いたいところを私なりにオブラートに包んでみたつもりだったけれど……「非常識」と「時代遅れ」では、言葉の意味がずれてしまっている気もする。
「我は、いつだって時代遅れなのです。
ここに何十年も住んでいますから」
「嘘でしょ!?」
私は驚きを隠せなかった。
見た目からは全くそんな年月を感じさせない。
そもそも妖精に年齢なんて概念があるのだろうか?
妖精って老化するのだろうか?……そんなことを考えたところで、答えが出るわけもないけれど。
「ねえ、ヌオターレは何か秘密ってある?」
「何を急に……?」
「私も自分の秘密を明かしたんだから、
ヌオターレも何か一つ明かしてみたら? 人に言えないことも、誰も聞いていないここでなら話しちゃってもいいんじゃない? すっきりするかもしれないよ?」
私は少し悪戯っぽく笑ってみせた。
ただひたすらに、
水たまりの中を歩き続ける。
——自分で選んで、やったことだ。
ペンギンの姿をしているものの、
明らかに小さく、
フワフワと宙に浮いている。
つまり、私はペンギンの姿をした妖精に遭遇したのだ。
「君が、もしかしてヌオターレ?」
そう問いかけると、
妖精はあからさまに困惑した様子を見せた。
「そうなのですが……そなたはどちら様なのですか?」
「私はラーギ。『湖水の魔女』と呼ばれていた存在だよ」
「そなたが、どうしてここに?」
「君に会いたかったから」
「我に……?」
「自分の魔力をコントロールできるようになりたいの。そのためには君の存在が不可欠だったから。ごめんね、急に押しかけて」
私は一歩一歩、妖精へと近づいた。
自分の持つ魔法を抑え込み、
洪水や大雨といった災害を引き起こさないようにするためには、
この妖精にすがる以外の方法が思いつかなかったのだ。
「私と一緒に来てほしいの。お願い」
静かにそう呟いた私に、
ヌオターレは不思議そうだった。
「初対面でしょう?」
「そうね、お互いに初対面。それに、私だって君のことは噂程度にしか知らない。だけど、もう迷っているほどの時間はないの。君に私の魔力をどうにかしてほしい」
本当は言いたくない――そんな抵抗感のせいか、状況をうまく説明できずにいた。
だけど、それでも分かってほしかった。
切実な想いだけでも伝わってほしかった。
しかし、ヌオターレは相変わらず困惑を隠せない様子だった。
「一体、我にどうしろというのですか?」
「ヌオターレは『魔法精霊』であり、人間を守る『守護ペット』の使命を持っていると聞いたの」
「どうして、それを……?」
魔法精霊とは、生まれつき強大な魔力を持つ妖精のこと。
そして守護ペットとは、
人を護る役目を生まれながらに与えられた妖精を指す言葉だった。
私は仕方なく、詳しい事情を話すことにした。
「私は元々、どこにでもいる普通の女の子だったの。
でも、十一歳の誕生日に突然、膨大な魔力に目覚めてしまって……普段は大丈夫なんだけど、
ふとした拍子に魔力が暴走すると、
洪水や大雨といった水害を引き起こしてしまう。
だから『湖水の魔女』って呼ばれるようになったの」
「洪水や大雨? それなら『湖水』ではなく、
『洪水』や『大雨』の魔女なのではありませんか?」
「それがね、私の魔法は少し特殊みたいなの。
普通、大雨の魔法といえば空から雨が降ってくるでしょ?
洪水だって、魔法で生み出した水が押し寄せるようなものを想像するかもしれない。
でも、私は違うの。
私の場合、災害を引き起こす水はすべて“湖”から現れている。
それが分かったから、そう呼ばれているんだよ」
「湖から出現……? 正直、あまり想像がつきませんね」
「まあ、話を聞いただけじゃそう思うよね。
誰だって『水魔法は、その場に水が出現するもの』っていう先入観を持っているものだし。
海や川、湖から水が現れたからって何が違うのか、
そこからどうやって魔法が展開していくのかなんて、
普通の人には想像もつかないと思う。
私だって、十一歳になるまでは何も知らなかったんだから」
全く知識のない相手に説明することは、
想像以上に難しかった。
そう考えると、
何も知らない生徒に一から知識を教える学校の先生はすごいな、
と妙なところで感心してしまう。
この説明で、ヌオターレにどこまで伝わっただろう。
もしかしたら、ほとんど理解されていないかもしれない。
「それでね……過去に一度、私の魔力が暴走して洪水や大雨を起こしてしまったことがあるの。
幸い怪我人も死者も出なかったけれど、
全く安心なんてできない。
いつまた暴走するか分からないんだもの。
そんな時に、ある人から『ここにヌオターレという妖精がいる』と聞いたから、藁にもすがる思いでやってきたの」
私は静かに、一つひとつの言葉を噛みしめるように語りかけた。
「お願い。
私が誰のことも傷つけずに済むように……魔力の暴走が収まるまで、
あるいは自分でコントロールできるようになるまで、
私のそばにいてほしい。
近くで助けてほしいの」
こんな頼みごとに意味があるのかどうかは分からない。
ヌオターレがこの程度の話で首を縦に振ってくれるなんて、
これっぽっちも期待していなかった。
期待すればするほど、断られたときのショックが大きくなる。
だからこそ、あえて最初から諦めたような気持ちでいたのだ。
けれど、ヌオターレの反応は予想外のものだった。
「わかりましたのです。
我は、ラーギ様の隣にいてあげるのです」
そう言ったヌオターレの表情は、なぜかとても穏やかだった。
その反応に、
私は思わず泣きそうになったけれど、
なんとか涙をぐっとこらえた。
涙くらいで魔力が暴走することはないけれど、
世の中にはもっと悲しい思いをしている人だっている。
私がこの程度で泣いてしまうなんておかしい気がしたからだ。
本当なら握手でも交わしたいところだったけれど、
ヌオターレの姿はペンギンそのものだ。
どう見ても握手ができるような手つきには見えなかった。
「ヌオターレ、よろしくね。……あのね、私のこと、何があっても裏切ったりしない?」
急に押し寄せてきた不安を、
そのまま口にしてしまう。
いくら事前に説明したとはいえ、
いざ私の魔法を目の当たりにしたら腰を抜かしてしまうかもしれない。それどころか、
ヌオターレも私を恐れるようになって離れてしまうのではないか――。
「水は、本当は怖くないから。
私も、怖くないからね」
私はまるで小さな子どもをなだめるような口調で、静かに囁いた。
こういう時、ギュッと抱きしめ合えたら安心できるのだろうけれど、
お互いに初対面の私たちにはまだそこまでの関係性は築けていない。
こうして、ヌオターレと私の共同生活が始まった。
私もヌオターレのことをよく知らないし、
ヌオターレだって私のことをほとんど知らないはずだ。
「ラーギ様は、どうしてそれほどの魔力を持っておられるのですか? 生まれつきなのですか?」
「最初にも言った通り、
十一歳の誕生日に突然目覚めたの。
それ以外のことは、私にもよく分からないんだ」
「そうだとしても、さすがに……ご両親が大魔女だった、などということは?」
「まさか……と言いたいけれど、どうなんだろう。
私は養子だったから、本当のご両親がそういう家系だったって可能性はあるかもしれないけれど」
私は、自分自身のことすらよく分かっていなかった。
けれど、それでよかった。
ヌオターレが隣にいてくれる、
ただそれだけで十分に心強かったから。
「お腹すいたね。
夜ご飯、カレーにする?」
私が問いかけると、
ヌオターレは不思議そうに首をかしげた。
「カレーとは……?」
「えっ、知らないの?」
これには心底驚いた。
カレーなんて知らない人はいないくらい有名な料理だと思っていたし、
同じくらい嫌いな人だっていないはずだと思っていたからだ。
「ヌオターレ、カレーを知らないなんて時代遅れだよ」
非常識、と言いたいところを私なりにオブラートに包んでみたつもりだったけれど……「非常識」と「時代遅れ」では、言葉の意味がずれてしまっている気もする。
「我は、いつだって時代遅れなのです。
ここに何十年も住んでいますから」
「嘘でしょ!?」
私は驚きを隠せなかった。
見た目からは全くそんな年月を感じさせない。
そもそも妖精に年齢なんて概念があるのだろうか?
妖精って老化するのだろうか?……そんなことを考えたところで、答えが出るわけもないけれど。
「ねえ、ヌオターレは何か秘密ってある?」
「何を急に……?」
「私も自分の秘密を明かしたんだから、
ヌオターレも何か一つ明かしてみたら? 人に言えないことも、誰も聞いていないここでなら話しちゃってもいいんじゃない? すっきりするかもしれないよ?」
私は少し悪戯っぽく笑ってみせた。



