溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

「お疲れ様でした」

 可愛い制服から、質素な私服へ着替える。
 そそくさと帰宅の準備を整えると、私は店を飛び出した。

 メイド喫茶のバイトを終えた私は、急いである場所へ向かう。
 駅前通りを駆け抜け、煌びやかな店を横目に人混みをすり抜けていった。

 今日は待ちに待った、あきらに会える日だ。

 賑やかな通りを抜け、静かな道に入る。
 少し歩くと、大きなタワーマンションが見えてきた。

 そびえるガラス張りのマンションを前に足を止め、そっと見上げる。

 来るたびに圧倒される。
 やっぱり芸能人ってすごいんだなあ。なんて感心してる場合じゃない。

 私は辺りをきょろきょろと見まわした。

 住宅街の静けさ、夜の闇の中に灯るマンションの明かりと街灯。
 それ以外、今は誰の姿もない。

 ……よし。

 私は勢いよくマンションの入口へと向かった。



 玄関を抜けると、受付カウンターの向こうで制服姿のスタッフが軽く会釈した。
 私の顔は見慣れているから、何も言われない。

 預かったカードキーをかざしてオートロックを解除し、中へ入る。

 すぐに大きなエントランスが広がった。
 見上げるほど高い天井と、広々とした空間。
 荷物を預けられるロッカーや、上品なソファーセットが整然と並び、まるで高級ホテルのロビーのようだ。

 そこを抜け、重厚なエレベーターに乗り込む。
 ボタンを押すと、音もなく扉が閉まり、十一階へと上昇していった。
 あまりに滑らかで、動いている実感がないほどだ。

 十一階に到着し、静かに開いた扉を抜けると、彼の部屋へ向かう。

 一一〇三号室。ここだ。

 カードキーを認証画面にかざすと、カチャリと音がして扉が開いた。
 もう一度あたりを確認してから、さっと中へ滑り込む。

 扉にもたれながら、無事にここまで辿りつけたことに胸を撫で下ろした。
 毎回、ここへ来るまでが大変なのだ。
 目撃されないよう、細心の注意を払っている。

 もし私が、あきらの部屋に入るところを誰かに見られでもしたら、
 あきらに変な噂が立ってしまう。
 それだけは絶対に避けなければならない。

 気を抜いたそのとき、ふと鼻先をかすめる甘い匂い。

 あきらの匂い。
 彼独特の香りに、ドキドキと鼓動が早まる。

 彼がいるわけじゃないのに、すぐそこにいる気がしてしまう。

 ……会いたいな。
 あきらの顔が、浮かぶ。

 持ってきた食材の袋を抱えたまま、私はキッチンへ向かった。

 もうじき彼は帰ってくる。
 それまでに、あきらの好物、ハンバーグを作る。
 それが私のミッションだ。

「よし、やりますか」



 そして、一時間が経過した。
 時計を見ると、秒針は午後十時を指していた。

 テーブルに並んだ料理を見つめ、ため息をつく。

「仕事、長引いてるのかなあ」

 じんわりと寂しさがこみ上げる。

 はりきって作ったのに。

 昼間、彼からメッセージが入った。
 『今日は早く帰れそうだから、俺の家で待ってて』って。

 その文字を見たとき、すごく嬉しかった。
 久しぶりだったから、浮かれてしまった。
 いつも忙しいあきらが、珍しく会えるって言ってくれて。

 ……予定、狂っちゃったのかなあ。

 まあ、しかたない。そういうお仕事だもんね。
 なかなか思い通りにはいかない。

 またため息をつき、ソファーに横になる。

 そのまま目を閉じた私は、疲れていたのか、すぐに睡魔に襲われた。


 ***


「う……ん」

 人の気配を感じて、そっと瞼を開ける。
 ――目の前、息がかかる距離にあきらの顔。

「わあ!」

 驚いて飛び起きる。いっきに眠気が吹き飛んだ。
 まん丸な目で、あきらを見つめる。

「ぷっ、あはははは!」

 あきらがお腹を抱えて笑い出す。

「な、なに……」

「だって、すっごい驚きよう。可愛い」

 そう言って、ふいにあきらが迫ってくる。

 綺麗な顔が、またもアップ。
 息が止まって、そのまま見つめ合った。

 あきらが優しく口づける。

「……んっ」

 深くなる口づけに、思わず身をよじる。
 あきらが唇を離し、熱い眼差しを向けた。

「星、好きだよ」

 そう言うと、また夢中でむさぼるようにキスをする。

「続き、したい。だめ?」

 ――ドクン。心臓が大きな音を立てた。

 そ、そんなこと聞かないでよ~。
 鼓動が早まって、身体が熱い。

「そ、それは。わ、私もあきらのことは好きよ。でも」

「嬉しい」

 にこりと微笑んだあきらが、勢いよく私をソファーに押し倒し、上から覆いかぶさってきた。

 熱を帯びた鋭い眼差しが、私を見下ろす。

「ちょ、ちょっと、待って」

「待てない」

 再び、深いキス。
 そして今度は、その唇がゆっくりと下へ――

 首筋にふれた瞬間、息が詰まるような震えが走った。

「あっ……」

 あきらの手が、私の服にかかる。

「ま、待って! ご飯、あるよ。あきらの大好きなハンバーグ」

 その言葉に、あきらの動きがぴたりと止まる。

「え、本当?」

 ぱっと瞳が輝いた。
 か、可愛い。

「うん。作って待ってたんだよ、あきらのこと」

 じっと見つめると、あきらが少し眉を寄せる。

「そっか、ごめん。待たせちゃったね。思ったより仕事が長引いちゃって……
 でもラッキーだった。星の可愛い寝顔、見れたし」

 にんまり笑うあきら。

「もう、いじわる」

 寝顔を見られていたかと思うと、恥ずかしい。

「星の寝顔、可愛かったよ。今も可愛いけど」

 軽くちゅっとキスをして、あきらは上体を起こした。

 彼の温もりが離れて、ほっとするような、ほんのり寂しいような。
 変なの、さっきは焦ってたくせに。

「せっかく作ってくれた食事、ありがたくいただくよ。
 お楽しみは、あ・と・で、ね」

 そう言って、ウインクを飛ばす。

 あ、あとでって……さっきの続きのこと?
 頬に熱がのぼり、瞬きをした。

「さ、星、ハンバーグちょうだい」

 可愛い笑顔を向けられて、私はあきれつつ、笑みをこぼした。