溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

 私たちは近所の公園へやってきた。
 ここは、大切な思い出がたくさん詰まった場所。

 この前来た時とは、少し違った緊張感がある。

「いつ来ても変わらないな……」

 守兄が目を細め、公園をぐるりと見渡した。

「太陽と三人でよく遊んだよな」

 懐かしそうに笑うその顔は、どこか少年みたいだった。

「うん、そうだね」

 私も頷いたけれど、曖昧な笑みになってしまう。

 ……だって、私――守兄を裏切ったんだよ。
 告白を受け入れて、一緒にアメリカへ行くとまで言ったのに。
 最後の最後で、あきらを選んでしまった。

 あの瞬間、守兄はどれほど傷ついただろう。
 どんな気持ちで見ていたんだろう。

 胸が痛くて、うつむきながらぎゅっと目をつぶった。

「座って、話そうか」

 不意に優しい声が落ちる。

 顔を上げると、守兄が近くのベンチに腰を下ろしていた。
 そして、こちらへおいでと手招きする。

 彼の隣にそっと腰を下ろすと、ふたりの影が夕日に照らされ長く伸びる。
 しんと静まり返る中、遠くで空き缶が転がる音がかすかに響いた。

 静寂を破るように、守兄が口を開く。

「俺は、星が好きだ」

「え!」

 いきなりの言葉に、目を丸くする。
 私の驚いた顔を見て、守兄はふっと笑った。

「でも、星はやっぱり、あいつがいいんだよな」

 その瞳は、どこか寂しげに揺れていた。

 そんな顔しないで……胸が苦しくなる。
 視線を逸らし、何も言えずに俯いた。

 横で、守兄が深く息を吐く。

「はあ〜、俺ってダメだなあ」

 天を仰ぎながら、ぽつりとこぼす声。
 私は思わず彼を見つめた。

「ま、守兄がダメなわけないでしょ。
 いつも完璧で、頼りになって、優しくて。
 ダメなとこなんてひとつもない」

 心からそう思っている。私が一番わかってる。
 それなのに、どうして……。

 ぎゅっと手を握りしめる。

「ははっ、ありがとう。
 でも、どんなに完璧なヒーローでも、好きな子ひとり手に入れられないんだ」

 苦笑しながらつぶやく声は、どこか力なくて弱々しい。
 守兄は肩を落とし、視線を下げた。

「自分で言うのもなんだけど、俺、結構モテるんだ。
 日本にいたときも、アメリカにいたときも、たくさんの女性から告白された」

 急にそんな話を始めたから、不思議に思って首を傾げる。

「なに突然。自慢?」

 眉をひそめると、守兄は自嘲気味に笑った。

「それで、何人かと付き合ったんだ」

「えっ、そうだったんだ」

 初耳だった。
 守兄がモテるのは知っていたけど、誰かと付き合ったなんて聞いたことがない。
 でも、付き合っていたっておかしくない。
 それに、アメリカでのことは知らないし。

 守兄がはっきりと告げる。

「星を忘れるためだよ」

 またもや、突然の告白に息が止まった。
 心臓がドクドクとうるさく鳴る。

「でも、やっぱり無理だった。星のこと、どうしても忘れられなかった。
 他の誰かと付き合うたびに思い知らされたんだ。――ああ、俺は星が好きなんだってさ」

 言葉と一緒に、疲れたようにふぅっと息を吐く。

「隣にいる子が星だったらいいのに。笑いかけてくるこの子が星だったらって、何度も思った。
 ……笑えるだろ?」

 にこりと笑う守兄。
 私は不器用に微笑むしかなかった。

 そんなこと言われたって、どう答えたらいいのかわからない。

 守兄がふと空を仰ぎ、ゆっくりと頷く。
 何かを決意したように、はっきりとした声で言った。

「でも、もういいや」

 まっすぐに私を見て、やわらかく微笑む。

「星のこと、あきらめる。
 これ以上、困らせたくないしな。……あきらと幸せになれよ」

 その穏やかな笑顔が、かえって胸を熱くする。
 涙がじわりと滲んだ。

 なんで、そんなに優しいの。
 私、あなたを何度も傷つけたのに。

「ま、まもるにぃ……」

 声が震え、視界が滲む。
 ぽろぽろと雫が頬を伝い落ちると、守兄がそっと指先で拭ってくれる。

 そして、そのまま私を包み込むように抱きしめた。

「今だけ……少しだけ、こうしてていいか?」

 優しく甘い声。

 大好きな人の温もりを感じながら、私は小さく頷いた。

「守兄、ごめんね。ありがとう」

 せいいっぱいの感謝を込めて伝える。
 それしか、今の私にできることはないから。

 気持ちに応えられないことが、こんなにも辛いなんて。
 でも、きっと守兄の方が……もっと辛いよね。

 ごめん。
 優しいあなたに、いつも甘えてばかりで。
 もっと罵ってくれたらよかった。嫌ってくれたらよかった。
 離れて、去っていったら、よかったのに。

 でも守兄は、絶対にそんなことはしない。
 大きな愛で、いつまでも、どこまでも守って、支えてくれる。

 ずっと変わらない、私の大切な人。

「……っ、ふえ……ごめん、ごめんねっ」

 胸に顔をうずめ、変な声をあげながら泣き出す私を、守兄は何も言わず、ただ優しく抱きしめ続ける。

 涙は止まらない。
 次から次へとこぼれ落ち、彼の胸元を濡らしていく。

 この時を、確かに刻みつけるように。