溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

 ふと気づくと、ぱらぱらと拍手の音が耳に届いた。

 え、なに?

 驚いて顔を上げ、周囲を見回す。
 いつの間にか、私たちの周りには人だかりができていた。

「ど、どうなってるの?」

 突然の光景に戸惑っていると、あきらが苦笑した。

「まずいな」

 ざわざわと周囲が騒ぎ出す。

「ねえ、あれ……スターライトのアキラじゃない?」
「ほんとだ、絶対そう!」

 近くにいた女性たちが興奮気味に囁き合う。
 その声に反応して、あちこちでスマホを構える人の姿が見えはじめた。

 や、やば……っ!
 あきらを見ると、彼も眉をひそめていた。

 そのとき、ようやく気づく。
 ――帽子もサングラスも、マスクもしていない。
 素顔、丸出し。

 これじゃ騒ぎになるに決まってる。

「あきら、どうしよう!」

 声が上ずり、鼓動が早鐘を打つ。
 パニック寸前だ。

 そんな私たちの前に、影がすっと立った。

「ここは任せて」

 振り向いた小森さんが、にこっと笑う。

「俺も手伝うよ」

 その隣で、守兄が軽くウインクした。

 ……なにこれ。
 なんで二人が?

 呆然と立ち尽くす私をよそに、

「行くぞ!」

 あきらが私の手をぐっと握り、そのまま駆けだした。

「え、ええっ!?」

 引きずられるように、私も走り出すしかない。

 人波をかき分け、空港のロビーを全力で駆け抜ける。
 驚いた人々が道を開けるようにして、次々と身を引いていく。

 途中で振り返ったが、もう小森さんと守兄の姿は見えなかった。

 遠くの人だかりを見つめる。

 二人とも無事でいて。
 心の中で祈りながら、私は必死にあきらの背中を追いかけた。



 しばらく走り続け、空港の外へ飛び出す。
 視界が開けた先に、見慣れたワゴン車があった。小森さんの車だ。

 あきらは迷わずその車へ駆け寄り、ドアを開けて叫んだ。

「乗って!」

「う、うん!」

 その気迫に押され、慌てて車へ飛び乗った。



 ふぅっと息を整えながら、そっと横を見ると、あきらもほっとしたような顔をしていた。

 車内はしんと静まり返り、さっきまでの騒ぎが嘘みたい。

「星、あのさ」

 あきらがぽつりとつぶやいた――そのとき。

 ガラガラッ、とスライドドアが勢いよく開く。

「おじゃましまーす」

 太陽が飛び乗ってきて、ちらりと私とあきらを一瞥する。
 そのまま運転席の後ろに腰を下ろし、ふうっと大きく息を吐いた。

「はあ、疲れた……ほんと、二人にはいつも振り回されるよね」

 こちらを振り返り、いたずらっぽく笑う。

 私はぽかんと太陽を見つめた。

 すると今度は運転席側のドアが開き、小森さんが素早く乗り込んでくる。

 続いてスライドドアが開き、守兄が勢いよく乗り込んできた。
 私にちらりと視線をよこしてから太陽の隣へ腰を下ろし、ドアを閉める。

 車内には、三人の荒い息づかいがしばらく響いていた。

 私はあきらと目を合わせる。
 お互いに目をぱちくり。

「ほんと、困るのよね。こういうことされると」

 沈黙を破ったのは、小森さんだった。
 振り返った彼女は、少し眉を寄せて私を睨む。

「ご、ごめんなさい……」

 慌てて頭を下げる。
 私たちのせいで迷惑をかけたことくらい、わかってる。

 まさか、あんな大騒動になるとは。
 申し訳なくて、肩を落とす。

 すると、あきらがすぐに口を開く。

「小森さん、そういう言い方はないだろ」

「わかってる! わかってるわよ……」

 そう言って、小森さんがふっと力を抜くように笑った。

「もういいわ。二人の気持ちは、よーくわかったから。
 生半可じゃないってことがね」

 どこか寂しそうに呟いたあと、彼女はやわらかく笑う。

「星ちゃん、今まで意地悪してごめんなさい。
 二人のこと応援するわ。絶対に守ってあげる。
 見てなさい、私がいれば百人力なんだから」

 ウインクされ、私はぽかん。
 小森さんはおかしそうに笑った。

「だって仕方ないじゃない。
 あきらったら、あなたがいないとまったく仕事にならないんだから」

 やれやれと首を振る彼女に、あきらが情けない声をあげる。

「そ、それ言うなよぉ……」

「ふふっ、事実でしょ?」

 くすくすと少女みたいに笑う小森さんに、私もつられて笑ってしまう。
 二人は楽しそうに会話をはじめた。

 緊張がゆるんだところで、私は守兄の横顔をうかがった。

 ……さっき、私たちのこと見てたよね? どう思ったんだろう。
 どんな顔をすればいい? 何を言えばいいの。

 アメリカに行くって決めたばかりなのに、またこんなふうに揺れてしまって。いったい何度、彼を裏切った?

 じっと見つめ続ける。
 やがて守兄の視線がこちらへ向き、目が合った。

 心臓が跳ねる。けれど、逸らさなかった。

 ここで逃げたら、もう本当に彼に顔向けできない。

 彼がふっと笑う。いつもの笑顔。なのに、どこか違う。
 やわらかくて、落ち着いていて……でも、ほんの少し寂しそう。

 そして、何も言わずに前を向いた。

 ただ、それだけ。

 胸がじわりと痛んだ。
 拒絶された。
 やっぱり、傷つけたんだ。
 もう、前みたいに笑い合えないのかな。

 それは、私が選んだ道。

 じくじくと胸が痛み、きしむ。
 身を裂かれるような寂しさが押し寄せてくる。

 ……勝手だな。傷つく資格なんてないくせに。

 うつむいたとき、手をそっと握られた。
 驚いて顔を上げると、あきらが優しい笑みを向けていた。

 そうだ。
 私はこの人を選んだ。

 守兄を差し置いてまで、あきらの手を取った。

 胸の痛みがまたぶり返す。
 でも、まっすぐに彼を見つめ返した。

 やがて、車は静かに走り出した。



 窓の外の景色が流れていくのを、ぼんやりと眺める。
 気づけば、もう家の近くだった。

 家から数メートル先の脇道で車が停まる。

 私と太陽、そして守兄が順番に降りると、
 小森さんとあきらを乗せた車は、静かに発進した。

 あきらはこれからまだ仕事があるんだって。相変わらず忙しいんだから。
 でも、そんな中で来てくれたんだ……。

 車が見えなくなるまで手を振り、そっと息をつく。
 それから三人で肩を並べ、家へと歩き出した。

 歩きながら、横目で守兄の横顔をそっとうかがった。

 あれ? そういえば、なんで守兄はここで降りたんだろう。

 小森さんが「送ってあげる」と言っていたのに、
 守兄は断っていたっけ。

「あー……疲れた」

 太陽がぽつりとつぶやいて、先に家の中へ入っていく。
 玄関のドアが閉まると、残されたのは私と守兄だけ。

 き、気まずい。

 ふたりの間に沈黙が落ちる。
 ちらりと彼を見上げると、守兄がようやくこちらを見た。

 にこりと優しく笑う。

 ああ、やっぱりこの笑顔。どこかほっとする。

「ねえ、星。少し公園に寄って行かない?」