溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

 ――あきら。

 どうして、ここに?
 呆然と立ち尽くしたまま、数メートル先にいる彼を見つめた。

「へへっ、ごめん。僕が呼んだんだ」

 隣にいた太陽が、少し照れくさそうに笑う。

「太陽……!」

 弟が、あきらを? どうして――。
 驚きで言葉を失う私に、太陽が真剣な眼差しを向けた。

「だって、姉ちゃん。自分に嘘ついてるでしょ?
 僕を騙せると思った?」

 にやりと自信ありげに笑うその顔に、ドキリとした。
 さ、さすが我が弟。

「星!」

 あきらが駆け寄ってきた。
 目の前に立った彼は、荒い息を整えながら、まっすぐな瞳で私を見つめる。

 久しぶりに近くで見るあきらの顔。
 その瞳に込められた熱に、鼓動が早鐘を打ち始めた。

 目が離せない。

「おい、おまえ……」

 守兄がすかさず間に割って入ろうとする。
 けれど太陽が両手を広げ、彼を制した。

「はいはい、守兄。ここは我慢」

 太陽が軽く背中を押すと、守兄は一歩下がった。

 周囲の音が遠ざかる。
 人々のざわめきも、アナウンスの声も消え、まるで広いロビーに私とあきらだけが残されたみたいだ。

 視界にあるのは、彼の存在だけ。

 静まり返った空間で、ただ見つめ合う。
 突然の登場に、頭が真っ白になって言葉が出ない。

「……星が好きだ」

 あきらの声が、心にそっと触れる。
 名前を呼ばれただけで、胸がきゅっとなった。

 久しぶりの再会だった。
 ずっと避けてきた彼と、こうして向き合うのは本当に久しぶりで。

 遠くから姿を見かけることはあっても、守兄や太陽が間にいて、近づくことさえなかった。

 あきらが、私の肩を掴む。
 その手はとても力強くて熱い。

「行くな!」

 切実な声。
 その必死さに、心が揺れた。

「だって……もう、決めたことだから」

 やっとそれだけを返す。
 込みあげてくる想いを、必死に押し込めた。

「星がいないとダメなんだ。何も手につかない。
 仕事も、プライベートも、俺、ほんとに壊れそうなんだ」

 うつむきながら絞り出す声。
 肩は小刻みに震えていた。

 抱きしめたい衝動に駆られる。
 胸が締めつけられ、息が苦しくなった。

 あきらが顔を上げる。

 涙に濡れた瞳が、まっすぐに私を射抜く。

「アメリカへ行くって聞いて、いてもたってもいられなかった。
 星がいない世界でなんて、生きていけない。俺、ずっと苦しくて……」

 苦悶の表情で言葉を吐き出すあきら。
 短い呼吸を繰り返しながら、必死に気持ちをぶつけてくる姿に、胸が熱くなる。視線を逸らせない。

「さよならを告げられたあの日から、俺の世界は真っ暗になった。
 何もやる気が起きなくて、毎日がただ過ぎていくだけ。
 ――改めて思ったんだ。俺には星が必要だって。
 永遠にいなくなるかもしれないって考えたら、俺、俺……っ」

 ぽろりと、一筋の涙が彼の頬を伝う。

「仕事だって、星がいたから頑張れた。すべてに意味があった。
 星がいないなら、もうどうでもいい!」

 叫ぶ声が、胸に深く突き刺さる。
 心が大きく揺れ動き、痛みに似た熱が込みあげた。

 仕事がどうでもいい。

 その言葉が耳にこびりついて離れない。
 あきらの口から、そんな言葉を聞く日が来るなんて。

 それが、私のせい?

 心がぎゅっと縮み、激しい痛みが襲った。
 だめだ、それじゃ意味がない。

「なんでよっ! あんなに楽しそうに仕事してたじゃない。
 夢だってあったでしょ? ファンの子たちだって、あなたを待ってるのに!」

 声が震える。
 溜まっていた思いを吐き出すように、必死に言葉を重ねた。

「仕事を頑張るあきらが、夢を追う姿が素敵で……好きだった。
 だから……私は――」

 喉がきゅっと閉じ、声が出なくなる。
 涙がにじみ、視界がぼやけた。

 そう、だから私は身を引いた。
 あきらの夢や仕事の邪魔になりたくなくて。

「ああ、そうだよな……星は優しいから、俺のことを考えてくれたんだよな」

 あきらの声が静かに降ってくる。
 その瞳は澄んでいた。

「でも、それは間違ってる。
 星がいたから頑張れたんだ! 星がいなきゃ何もできない、意味がない。
 自分を保てない、頑張れないんだよ!」

 その叫びに、心が震える。
 あきらは大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

 そして、真っ直ぐに私を見据える。

「星、愛してる。
 これからもずっと、俺の傍にいてくれ」

 熱い気持ちが流れ込んでくる。
 彼の想いが痛いほど伝わってきて、こらえきれずに涙がこぼれる。

 胸の奥で、ずっと渦巻いていた不安が、涙と一緒にあふれ出しそうになる。
 祈るような気持ちで、彼を見上げた。

「あきら……私、そばにいていいの?
 あなたの夢や仕事の足かせにならない?」

 声が震え、また涙が落ちる。

 あきらは一瞬きょとんとしたあと、ふっと笑った。

「なんだ、そんなこと気にしてたのか。
 もう、星は……ほんと、バカだな」

 顔を背け、短く息をつく。
 そして、困ったように笑いながら、もう一度私を見つめた。

「星じゃなきゃ、ダメなんだよ。
 俺には君が必要なんだ。
 愛してる。俺のそばにいてくれ」

 一言一言が胸に沁みていく。
 冷たく固まっていた心が、彼の言葉で少しずつ溶けていった。

「あきら……っ」

 気づけば、体が勝手に動いていた。
 あきらの胸に飛び込む。

 一瞬驚いたように息をのんで、それから強く抱きしめてくれた。

 あたたかい。

 懐かしい匂いと鼓動に、胸がいっぱいになる。

「……好き、愛してる」

「ああ、俺も」

 私はそのまま、あきらをぎゅっと抱きしめた。

 世界が二人だけになったみたい。
 今まで感じていた怖さなんて、どこかへ消えてしまった。