溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

 そして、
 次の日の学校の帰り道、私は思い切って守兄に話すことにした。

 車に乗せてもらい、「話があるの」と切り出すと、彼は少し考えてから海岸沿いの駐車場へハンドルを切った。

「星、こっち」

 差し出された手を、少しためらがちに握る。
 その手に導かれ、海辺へと歩みを進めた。



「気持ちいいなあ」

 寄せては返す波を眺めながら、守兄が無邪気に笑う。
 その横顔を見ているうちに、肩の力が抜け、緊張も少し和らいだ。

「そうだね」

 潮風はひんやりと頬をなで、海の匂いを運んでくる。
 夕日に照らされた海は赤く輝き、波打ち際を黄金色に染めていた。

 隣では、守兄が少年のような目で夕日を見つめている。

 ――こういうところ、昔と変わらない。
 普段はすごく大人で落ち着いているのに、ふとした瞬間に年相応の男の子に戻ったような表情を見せる。
 まあ、今は大人だけどね。

 見惚れていると、彼の視線と重なった。

「どうした?」

 柔らかい笑みに、私も微笑み返す。

「ううん、なんでもない」

 そのまま砂浜に腰を下ろした。

 夕日がふたりの影を砂浜に伸ばし、波の音がそっと包み込む。
 潮風が静かに間を抜けていった。

「それで、話って何?」

 穏やかな声に促され、私は黙って波を見つめた。
 やがて意を決して口を開く。

「この前の話……アメリカへ行くっていう件なんだけど」

 ぽつりとこぼすと、守兄はそっと頷く。

「うん」

「昨日、太陽に話したの。
 そしたら、いいよって言ってくれた。
 でも、あの子をひとりにするのは嫌で……太陽も、私と離れるのは嫌だって」

「そうか」

 一瞬の沈黙が訪れ、波の音だけが耳に残る。

「だから、もし私がアメリカへ行くなら、太陽も一緒に連れて行きたいの。
 あの子をひとりぼっちにしたくない。もちろん、私も離れたくないし。
 勝手なお願いかもしれないけど、太陽も一緒でいいかな?」

 言い終えると、胸がぎゅっと締めつけられ、緊張が増した。

 守兄はどう思うだろう。
 ふたりで暮らす未来を思い描いていたはずなのに――弟まで一緒に。

 迷惑だと思われないだろうか。嫌じゃないかな。

 不安に揺れる心を抑えながら、私は彼の返事を待った。

「いいよ。太陽も一緒で。俺が面倒みる」

 あまりにもあっさりと返ってきた答えに、思わず瞬きを繰り返す。

「え……いいの?」

 信じられない気持ちで守兄を見つめると、彼は優しく笑って頷いた。

「もちろん。太陽は、俺の弟みたいなもんだろ?
 あいつとも幼馴染だし、昔から可愛くて仕方ないんだ。俺も一緒にいたい。
 アメリカで三人で暮らせばいい。
 もし太陽が独り立ちしたいって言ったら、そのときはそのときで支えてやればいい。だから、安心して」

 力強い言葉に感動して、胸が熱くなる。

「そ、そこまで考えてくれてるの?」

 声が震えた。

 家族でもないのに――
 弟のことまで、まるごと受け止めてくれるなんて。

 しかも、将来のことまで考えて。

「当たり前だろ。星の大事な家族なんだから、俺にとっても大事な家族だ」

 にこりと笑う守兄は、まるで当然のことのように言ってくれる。
 その笑顔を見た瞬間、涙がじわりと滲んだ。

 ――この人は、本当に。

 私は、とんでもなく幸せ者だ。
 こんなにも真っ直ぐに、私と私の大切な人たちを愛してくれるなんて。

「ありがとう、守兄」

 精一杯の笑みを返すと、彼は幸せそうに笑うのだ。

 そのとき、心が決まった。

「私、アメリカへ行く」

 まっすぐに彼を見据えて言うと、守兄の表情が一瞬で変わった。
 目をまん丸にして、固まる。

「ほ、ほんとう?」

「うん」

 頷いた瞬間、彼の腕が私を引き寄せた。
 あっという間に、胸の中でぎゅっと抱きしめられる。

「星、ありがとう! 大好きだ。
 これから一生かけて、絶対に幸せにする」

 耳元に響く声は熱くて、心に沁みた。
 あたたかいものが胸にひろがっていき、思わず彼にしがみついた。

 ……あきら。

 その名が一瞬よぎったけれど、その想いを振り払う。

「うん、私も大好き。これからも、よろしくね」

 お互いの体温を確かめるように、しばらくそのまま抱き合う。

 やがて、守兄が少し照れくさそうに笑った。

「なあ、そろそろ守兄って呼ぶの、やめない?」

「あ……やっぱり気にしてたんだ」

 前にも言われたっけ。
 おかしくて、笑みがこぼれた。

 少し恥ずかしさを覚えながら、勇気を出して言ってみる。

「……まもる」

 自分の声がやけに響いたような気がして、照れくさくて視線を逸らす。

 でも、返事がない。
 そっと視線を戻すと、彼は真っ赤になっていた。

「ふふっ」

 堪えきれず、笑いが漏れる。

「な、なんだよ、笑うなって!」

 少しむくれた顔が、また愛おしい。

「ごめん。でも、かわいいなって思って」

「もう一回、呼んで」

 顔がかっと熱くなる。

「ま、もる……」

 言い終わるより早く、顔が近づいてきた。
 そして、唇が重なる。

 甘くて、とろけてしまいそうな口づけ。
 頭の中が真っ白になり、体の力が抜ける。

 応えると、彼の口づけはさらに深く、熱を帯びていった。