溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

 そして翌朝。
 玄関を出たその瞬間、大きな声が耳を打った。

「星!」

 そこには、肩で荒く息をしているあきらが立っていた。

 苦しげに顔を歪め、まっすぐに私を見つめる。
 心臓が跳ね、足が止まった。

「なに突っ立ってんの?」

 背後から太陽が現れる。
 あきらの姿を目にして、彼も息を呑んだ。

 三人のあいだに、ぴんと張りつめた空気が広がる。

「話を、聞いてくれ」

 あきらが一歩、また一歩と近づいてくる。
 体が強ばり、動けない。

「……姉ちゃん?」

 私の様子に気づいた太陽が、すっと前へ出る。

「来るな!」

 鋭い声が、朝の静けさを切り裂いた。

 思わず弟を見つめる。

「もう、姉ちゃんを苦しめないでよ」

 低く震える声には、怒りと悲しみが入り混じっていた。

「どけ。これは俺たちの問題だ。おまえには関係ない」

 あきらの声にも苛立ちがにじむ。
 その瞳には、深い悲しみが揺れていた。

「どかない」

 太陽はきっぱりと答え、両腕を広げて私を庇う。

 壁のように立ちはだかるその背中を見つめ、胸が痛んだ。
 私、いったいどれだけ心配をかけてるんだろう。
 ごめんね、太陽。

 張りつめたような沈黙が続く。

 コツ、コツ、と近づいてくる足音。
 次の瞬間、のんびりとした声が響いた。

「おやおや、朝からドラマみたいだな」

 玄関口に現れたのは、守兄だった。
 爽やかな笑顔を浮かべ、呆然と立ち尽くすあきらの横を通り抜ける。

 そのまま私の前までやってきた。

「ま、守兄……」

 名前を呼ぶ間もなく、私はぐっと引き寄せられた。
 力強い腕の中に閉じ込められる。

「星は俺のものだ。もう、あきらめろ」

 耳元で響く低い声。
 その鋭い眼差しが、あきらへ向けられるのが見えた。
 私は息を呑み、彼の腕の中で呆然とする。

 そのとき、駆けだす音が聞こえた。
 振り向いたときには、もう、あきらの姿はなかった。

 胸がズキンと痛む。

「大丈夫?」

 抱きしめたまま、守兄が心配そうに覗き込んでくる。

「う、うん……」

 ぎこちなく微笑むと、彼も優しい笑顔を返す。
 昔と変わらない、あの穏やかな笑顔。懐かしさと安心感、そしてときめきが胸に広がる。

 この人といれば、大丈夫。

 大きな愛に包まれているような感覚。
 あきらと一緒にいるときには、感じられなかったもの。

 これでいい。私はこの人と幸せになるって、決めたんだから。

 そっと彼の胸に顔をうずめる。
 トクン、トクンと響く鼓動と体温が、張りつめていた心を少しずつ解きほぐしていく。

 ……けれど、心の奥で小さなざわめきがした。

 本当にいいの? それが本心なの?

 問いかける声を、必死に振り払う。
 もう迷わない。そう、自分に言い聞かせながら。

 守兄の腕がぎゅっと強くなる。
 その温もりに包まれながら、私もそっと抱き返した。


 ***


 それからというもの――
 あきらは、毎日のように私の前に姿を見せるようになった。

 あの日、姿を消したきりだったから。
 てっきり、もうあきらめたんだと思っていた。

 でも、それは違った。

「星! 俺はあきらめないからな!」

 まっすぐな瞳で叫ぶあきら。
 その姿を見るのがつらくて、私はただ背を向けることしかできなかった。

 そして、守兄も一歩も引かなかった。

 いつも私のそばにいて、朝は家まで迎えに来て、登校にも付き添ってくれる。
 車で送ってくれるけど、人目を気にする私のために、校門の少し手前で降ろしてくれた。

 帰りも同じ。
 校門の近くには決して姿を見せず、離れた場所で待っていてくれる。
 そのまま車に乗って、夕食の買い物をして一緒に帰宅。

 二人でごはんを作って、太陽を交えて三人で食卓を囲む――そんな日々が続いた。

 夜が更けるまで、彼は帰らず、いつも傍にいてくれた。

 登下校のとき、遠くにあきらの姿を見かけることもあった。けれど守兄が一緒だったからか、直接声をかけてくることはなかった。

 家に来たときも、応対するのは守兄で、私は顔を合わせないまま一日が終わっていった。

 そんな日々の繰り返し。

 これでいいのだろうか。
 私はただ、あきらから逃げているだけ。
 守兄の優しさに甘えて、守られているだけ……。

 ふと顔を上げると、いつもそこには優しい眼差しがある。

 こんなの、きっと駄目。
 本当は私が。
 あきらと、自分の気持ちと、向き合わなきゃいけないのに。

 でも。
 あきらのことを思い出すたび、姿を見るたび、胸が締めつけられるように苦しくなる。
 どうすればいいのか、わからなくなる。

 心の奥で、いつも悲鳴のような声が響いていた。



 そんなある日のこと。

 夕食を終え、並んで洗いものをしているときだった。
 守兄がぽつりとつぶやいた。

「……俺と、アメリカへ行かないか?」