溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

 しばらく、見つめ合ったまま時間だけが過ぎていく。
 部屋の中は、しんと静まり返っていた。

 守兄がゆっくりと口を開く。

「それは……俺を選んでくれたって思っていいのかな?」

 揺れる瞳。
 その問いかけに、頷くことができない。

 正直に言わなくちゃ。

「あのね、私、まだあきらのことが好き」

 張り詰めた空気に、ぽつりと声が落ちた。

「でも、あきらとは別れる」

「……うん」

 矛盾しているのはわかっている。
 それでも、守兄は黙って受け止めてくれた。

「彼の邪魔になりたくない。あきらの夢の足かせになりたくないの。
 好きだからこそ、離れなくちゃダメなの」

 守兄は何も言わず、ただ静かに頷いた。
 あきれるでもなく、笑うでもなく。真剣な表情のまま。

 その姿に胸が熱くなり、涙がこぼれる。
 頬を伝う雫が、ぽとぽとと床を濡らしていく。

「好きだから……だからこそ。
 でも、このまま守兄と付き合うことは、やっぱりできない。
 こんな気持ちを抱えたままじゃ、私は自分を許せない」

 あきらへの想いを抱えたまま、守兄と向き合えば、いずれ彼を傷つける。
 もうこれ以上、大切な人を傷つけたくなかった。
 悲しませたくなかった。

 ふたりの間に、また重たい沈黙が落ちる。

「……前にも言ったと思うけど」

 守兄の低い声に、私は俯いていた顔をゆっくりと上げた。

 視線が絡む。
 彼の瞳には揺るぎない意志が宿っていた。

「俺は星が好きだ。
 君が今、誰を想っていても構わない。
 彼のことを忘れるまで、何年でも待つ。俺を好きになってくれるまで」

 真っすぐな言葉が、心を震わす。

 どうして、そんなふうに言えるの?
 私は守兄を傷つけてばかりなのに。

 また涙が込み上げ、頬を伝った。

 守兄は困ったように微笑み、ゆっくりと近づく。
 そっと頬に触れる手はあたたかい。

「……泣かないで。俺は君の涙に弱いんだ。
 傷ついて泣いている星を、放っておけない。
 ただ、愛しくてたまらないんだ。お願いだ、傍にいさせてほしい」

 至近距離から注がれる熱のこもった眼差し。
 こんなふうに愛を囁かれ、平然としていられる女の子なんているんだろうか。

 視線を逸らせず、じっと見つめ返した。

 次の瞬間、守兄の顔が近づき、唇が重なる。

「……っ」

 抵抗なんてできなかった。というか、身体に力が入らない。
 彼の想いがそのまま流れ込んでくるみたい。

 抱きしめられたまま、口づけは次第に深くなっていく。
 まるで、抑えきれない想いをぶつけるように、何度も唇を重ねられた。

 ただ、このぬくもりにすがりたかった。

 ……疲れていたのかもしれない。

 あきらのことが好き。
 でも、どうすればいいのかわからない。
 考えることから逃げているだけかもしれない。

 私……ずるいね。
 ごめんなさい。

 頬を伝う涙は、止まらなかった。


 長く熱い口づけが終わり、守兄の顔がわずかに離れる。
 恥ずかしさで顔を上げられず、私は俯いたまま。

 おそるおそる目を上げると、彼の頬がわずかに染まっていた。

 ……意外。こういうこと、慣れている人だと思っていたのに。
 守兄だって、照れたり、緊張するんだ。

 コホンと小さく咳払いをして、彼がつぶやく。

「あ、あのさ……今のは、その……受け入れてもらえたって思っていいのかな?」

 どこか自信なさげな声だった。
 憂いを帯びた表情と、揺れる瞳がまっすぐに私を見つめている。

 その熱に、頬がじんわりと火照るのを感じた。

「そんなに見つめないでくれ……自制心がもたない」

「え? あ、ご、ごめん!」

 意味を理解するより先に、慌てて視線を逸らす。
 いったい、どういう意味なんだろう。

 私が考えていると、守兄が口を開いた。

「俺は一生、君を想い続ける。
 そして必ず幸せにする。
 愛してる。だからお願いだ、俺を選んでくれ」

 まるでプロポーズみたいな言葉。
 彼の顔には一片の迷いもない。

 嘘でしょ……ど、どうしよう。どう答えればいいの。

「まだ迷ってるのか?
 彼のことで悪いって思ってるなら、それは違う。
 あきらのことは、無理に忘れなくていい。……いつか忘れさせてみせるから。
 星はただ、この手を取ってくれればいい。それだけで、幸せだ」

 にこりと笑って、守兄が手を差し伸べる。

 私はその手をじっと見つめた。
 この手を取ってしまっていいの?

 もう一度、彼の顔を見た。
 真剣な瞳が、言葉以上に気持ちを伝えてくる。

 その熱に包まれるように、胸がときめき、心が震えた。

 ずっと憧れていた人。叶わないと思っていた恋。
 そんな人が、今、目の前で真摯に想いを差し出してくれている。

 あとは、この手を取るだけ。

 覚悟を決め、そっと彼の手に自分の手を重ねた。

「……よろしくお願いします」

 微笑みかけると、守兄の表情が一瞬かたまり、すぐに驚きへと変わる。

「ほ、ほんとうに?」

「うん」

 頷くと、彼に勢いよく抱きしめられる。

「星! ありがとう、大好きだ!」

 背中に、そっと手を添える。

「……私も、ずっと好きだった」

 守兄はがばっと体を離し、目をまん丸に見開く。
 泣き出しそうなほど嬉しそうな顔。

 恥ずかしくなって、上目遣いでそっと見返す。

「そんな……俺をこれ以上喜ばせてどうするんだよ!」

 感情があふれるまま叫んだ守兄が、そのまま私に覆いかぶさってきた。

「きゃっ!」

 ソファへ押し倒され、至近距離から熱い視線を注がれる。
 息が触れそうな距離。心臓が落ち着かなくて、呼吸が浅くなる。

「愛してる」

 低く甘い声とともに顔が近づき、唇が触れそうになった。

 ピンポーン。

 部屋にチャイムの音が響き、甘い空気が一瞬で吹き飛んだ。