溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

「ごめん。もう、あきらと一緒にいるの疲れた!」

 静まり返った部屋に、虚しく響く。

「えっ……」

 息を呑む気配。
 恐る恐る目を開けると、大好きな彼の傷ついた顔。

 ズキン。胸がじんじんと痛む。

 だめだ、ここでくじけちゃ。
 彼があきらめてくれるように、突き放さないと。

 私は視線を逸らし、声を振り絞った。

「あきらといると……疲れるの」

 声が震える。
 嘘をついているから。どうか、ばれませんように。

「いつも周りに気を遣って生活しなくちゃいけない。
 会うときだって、普通の恋人みたいに気軽に会えない。
 あきらの仕事のことだって、どれだけ配慮してきたか。
 それを私が楽しんでるとでも思ってたの?」

 喉の奥が熱くなるのを感じながら、勢いに任せて続ける。

「私は普通のお付き合いがしたい。普通の恋人がほしい。普通に恋愛したいの!」

 一気に言い切った。
 そうでもしなきゃ、途中で声が詰まってしまいそうだったから。

 体が震える。必死に抑えても止まらない。
 喉はからからに渇き、唾を飲み込もうとしてもうまくいかない。

 ……言ったことは、全部が嘘じゃない。
 ほんの少し、思ったこともあった。

 でも、それ以上に。

 あきらのことが好きで、愛しくて。

 一緒にいられるなら、どんなに苦しいことも乗り越えられた。

 だけど、もし傍にいることであきらの邪魔になるなら。
 彼の夢や目標の、つまずきになるなら。

 その可能性が少しでもあるなら、身を引かなきゃ。

 そう、決めたはずだった。

 なのに、じわりと涙がにじむ。
 だめ、見せちゃいけない。

 堪えろ。涙なんて出るな……! ここで泣いたら、ばれちゃう。

「なんでだよ! 俺のこと好きじゃないのか?
 離れても、平気なのかよ!?」

 あきらの叫びが胸を突き刺す。
 心が悲鳴をあげた。

 やめて……そんなわけない。私は、あなたのことが――

 胸がきしみ、心臓がズキズキと痛む。

「好きじゃない! 私が今好きなのは、守さんよ!」

 それは、悲痛な叫びとなった。

 二人とも、もう冷静ではなかった。
 いつもの私たちなら、どこかおかしいとすぐに気づけたはず。

 でも、このときは、お互い普通ではなかった。

 いっそ嫌われてしまえばいい。その方が潔く、あきらめもつく。

 だけど。
 重なった視線の奥に、悲しみが色濃く滲んでいた。
 激しく揺れるその瞳が、彼の感情の深さを物語っている。

 ……あきら、傷ついてる。

「いやだ、俺は星が好きだ! 星じゃなきゃダメなんだよ!!
 好きだ、好きだ、愛してる。ずっと一緒だろ? 俺の側にいてくれ!」

 震える叫び声。涙を浮かべた瞳。
 こんなふうに取り乱したあきらを見るのは初めてで……。

 今すぐ抱きしめてあげたい。
 そんな衝動が喉元まで込み上げた。

 でも、だめ。もう決めたんだから。

 こぶしを固く握りしめ、目をぎゅっと閉じた。
 もう何も感じたくない。
 すべての感覚を閉ざしてしまえたら、どんなに楽だろう。

 その瞬間、強い腕が私を抱き寄せた。
 逃げられないほどきつく、息が詰まるほどに。

 押しつけられるようなその温もりに、めまいがする。
 久しぶりに感じる彼の体温と抱擁が、心の奥底をかき乱していった。

 こんなことされたら、せっかく断ち切ろうとした想いが揺らいでしまう。

 やめて……お願いだから。

 そう思うのに、すぐには突き放せなかった。

 ……ああ、やっぱりあきらが好き。
 この温もりに包まれていたい。触れていたい、一緒にいたい。
 抱きしめてほしい。

 溢れる想いが止まらない。

 精いっぱいの力で、あきらを突き放す。
 もう、彼の顔を見られない。

 顔を背けたまま、かすれた声でつぶやく。

「……さよなら」

 立ち上がって、そのまま駆けだした。
 背中に彼の声が聞こえたけど、振り返らずに家を飛び出した。

 息が苦しい。それでも走る足は止まらなかった。
 涙が頬を伝っていくのも構わない。

 とにかく、あきらから離れたかった。

 ただ、逃げたかった。

 荒く短い呼吸を繰り返しながら駆け抜ける。

 誰かとすれ違いざま、ふいに腕を掴まれ足が止まった。
 振り返ると、目を丸くした守兄がいた。

「星、どうした? 大丈夫か」

 心配そうに眉を寄せ、真っ直ぐに私を見つめてくる。

「ま、もる……にぃ」

 その顔を見た途端、張り詰めていた糸がぷつりと切れた。

 ふらりと身体が揺れると、守兄が支え、抱き留めてくれる。
 そのまま彼の胸に顔をうずめた。

 声を押し殺しながら、泣く。

 背中に添えられた手が、そっと包み込んでくれた。

 ……あたたかい。

 私はすがるように、そのぬくもりに身を委ねた。