溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

 昔を思い出しながら、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
 懐かしい日々が、記憶の奥底から静かに蘇ってきた。

「守兄と出会ったのは、私がまだ幼い頃。たぶん六歳くらいだったかな。
 本当のお兄ちゃんみたいな存在で、優しくて、頼りになって。
 いつも後ろをついて歩いてたんだ」

 当時のことを思い浮かべると、自然と頬がゆるみ、くすっと笑みがこぼれる。

「でも、ある日を境に、彼のことを意識するようになったの。
 お兄ちゃんから、男の人に変わった。
 勝手に恋をして、好きになって……。
 でも、十歳も年が離れていたから、相手にされるはずないって思ってた。
 彼にとって私は、妹みたいなものだって」

 あの頃の胸の高鳴りが、じんわりと甦ってくる。
 焦がれるような、甘くて切ない感情。

「まだ子どもだったから、これが恋なのかもよくわからなかった。
 告白なんてできなくて、ずっと心にしまい込んでた。
 そんなとき、私が十二歳のとき。
 突然、守兄は私の前から姿を消してしまったの。
 理由も告げずに、アメリカへ飛び立ってしまって……」

 あのときの寂しさを思い出すだけで、胸が張り裂けそうになる。
 大切な何かを引き剥がされたようで、悲しくて、寂しくて。

 それほどまでに、あの頃の私にとって守兄と離れることは、耐えられないほどつらかった。

「ああ、もう終わったんだって思ったの。
 私の初恋は終わったんだって。だから忘れようって決めた。

 それでも、しばらくは守兄のことが好きで……なかなか忘れられなくて。
 でも私の人生もそれなりにいろいろあったから、そのうち彼のことを思い出す時間も少しずつ減っていって。
 やっと忘れられそうになった」

 そう言いながら、あきらを見つめる。
 彼もまた、じっと私を見返していた。

「そうして、あの別れから四年が経って、また私の前に彼が現れたの。
 本当に驚いた。もう二度と会えないと思っていたから。

 アメリカへ発つ時も、帰ってくる時も、待っていてほしいなんて一言もなかった。
 だから、あれは永遠の別れだと思ってた。

 それなのに、再会できただけでも信じられなかったのに……まさか好きなんて。
 本当に夢かと思ったくらい、驚いたの」

 胸の奥に溜まっていた感情を吐き出すように、ゆっくりと息をつく。

「守兄がいなくなって、彼の存在が私のなかで薄れていくなか、
 あなたと出会った。そして、恋をした」

 にこりと笑みを浮かべると、あきらが少し目を見開き、すぐにその目元がふっとやわらいだ。

「もう彼のことは忘れた、つもりだった。

 でも……」

 しんと静まり返る。

 先ほどから、あきらは身動きひとつせず、じっと私を見つめている。
 その視線が痛くて、思わず目を逸らした。

「守兄と再会したとき、やっぱり嬉しかった。
 だって、初恋の人だったから。それに、私にとって彼は大切な存在で。
 つらいとき、苦しいとき、いつも心の支えになってくれた。
 忘れていた想いが、また溢れてきて」

「……うん」

 低く静かに相槌を打つ彼の表情は固いまま。
 真っすぐ向けられる視線に、鼓動が跳ねる。

 落ち着こうとお茶を一口含み、姿勢を正した。

「私は、あきらが好き。それは本当。
 ……守兄のことも、好きだけど」

 喉が少し震える。
 それでも目を逸らさず、言葉を続けた。

「でも今、付き合っているのはあきらで、私の想いもあきらにある。
 本当は断ろうと思ったんだよ。実際、何度も断った。
 でも、あきらといろいろあって、揉めたり、喧嘩したり、ショックなことが続いて。
 精神的に参っちゃって。そんなとき、守兄がそばにいて優しく支えてくれた」

 一息ついて、苦笑いがもれる。

「でも、それを理由にしちゃいけないよね」

 言い訳なんてしたくない。伝えたいのは、そこじゃない。
 ぐっと力を込め、あきらを見つめ直す。

「私たちのこと……これまでのことも、これからのことも。
 いろいろ考えたの」

 ふたりの未来。
 あきらのため、私のために。

 ふと、小森さんの言葉が脳裏をかすめる。

「今回のことで、改めて考えたんだ。
 あきらにとって、私にとって、一番いい道を」

 ごくりと喉が鳴る。

「……あきらは、私といない方がいいんだと思う」

 言葉を口にした瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。
 覚悟していたはずなのに、心が凍りついたように冷えて、息がうまくできない。

 数秒の沈黙。

「は? なに言ってるの?」

 呆れたような声。
 あきらが勢いよく身を乗り出してきて、怒りを含んだ瞳が私を射抜く。

 そうだよね。いきなりこんなこと言われたら、混乱するに決まってる。
 喧嘩して、やっと会えたと思ったら、
 他の人と付き合っていて、そして今度は別れ話。

 理不尽すぎる。怒るのも当然だよ。

 それでも、これがあきらのためなの。
 彼に、私は必要ない。

 震える唇をかみしめ、ぎゅっと目を閉じる。

 これから言おうとしていることが、怖くてたまらない。

 想いを振り切るように、思いきって叫んだ。