溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

 太陽は、最近ほとんど家にいない。
 もしかして、私と守兄に気を遣っているのだろうか。

 ほんと、あの子、年齢ごまかしてるんじゃないの?

 今日も太陽の姿はなく、家には戻っていなかった。

 私は台所で手早くお茶を淹れ、居間へ戻る。
 テーブルの前、伏し目がちに座る彼の姿が目に入った。
 真剣な表情で黙り込むあきら。

 その横顔を見ただけで、心臓が騒ぎだす。

 守兄が帰ってくるのは、まだ一時間は先。
 この家には、あきらと私のふたりきり。

 ……とにかく、なにか話しかけなきゃ。

 以前なら自然に、楽しく会話ができていたのに。なんでこんなに難しいんだろう。

 でも、大丈夫。前はできてたんだから。
 きっかけさえあれば、きっと。

 私はあきらから少し距離を取って座り、お茶を差し出す。

 話しかけてみようと口を開いた、その瞬間。

「あの、さ」

「え! は、はい!」

 驚いたことに、先に声をかけてきたのはあきらの方だった。
 びっくりしすぎて、思わず敬語になってしまう。

 へ、変に思われたかな?
 だって、緊張するんだもん。
 まさかあきらから声をかけてくるなんて、不意打ちすぎるよ。

 私がもじもじしていると、あきらが口を開いた。

「この間のことだけど、ごめんな」

 そう言って、軽く頭を下げる。

「え、どうしたの? なにが?」

 思わぬ行動に戸惑い、混乱する。
 この間って、あの駐車場でのことだよね。

「俺、星にひどいことを……あいつの方がいい、なんて言って」

 苦しげに息を吐くあきら。
 顔は俯いたままだけど、その吐息から切なさが伝わってきた。

 あの日のことがよみがえる。
 確か、あのとき彼に「守兄がいいのか?」と問われた。
 あまりのショックに記憶はおぼろげだけど、
 心に突き刺さった痛みだけは、鮮明に残っている。

 辛かった。悲しかった。
 もしかして、ずっと気にしていたの?

「ううん、いいの。私だって誤解されるようなことしてたし。
 私の方こそ、ごめん。不安にさせて」

 そう。責任は私にもあった。
 守兄と一緒にいるところを何度も見られて。
 さらには、キスされている場面まで。

 もし立場が逆だったら、私だって誤解してしまう。

「いや、でも……あんな言い方はなかった。
 ついカッとなって、本当に悪かった。ごめん」

 あきらは再び、深々と頭を下げる。

「いいってば! 私のほうこそ、ごめんね。いろいろ」

 私も頭を下げると、あきらがくすっと笑った。
 顔を上げると、彼は照れくさそうに笑っていて、

「なんだかなあ。ははっ、やっぱ星だよなあ」

 そう言って、楽しそうに笑いだした。

 ぽかんとしながら、あきらを見つめる。
 彼が笑ってる……こんな顔、久しぶり。

 トクンと胸が鳴り、心がときめく。
 やっぱり、この笑顔が好き。
 彼が笑うと、あたりがぱっと明るくなって、世界が色づくような気がする。

 可愛いなあ。

 見惚れていると、ふいに目が合った。
 恥ずかしくなって、慌てて視線を逸らす。

 また、ふたりの間に静寂が落ちた。

「……本当なの? その、さっきのこと」

 その問いかけに、はっと顔をあげる。

 さっきのこと。守兄と付き合っている、という話。

 うん、そうだよね。きっとそのことだ。
 あきら、あのときすごく傷ついた顔をしてた。
 突然あんな風に知らされて、すごく驚いただろうな。

 本当なら、私の口から言うべきだったのに。
 怒ってるかな。

 おそるおそる彼の様子を窺いながら、言葉を探す。

「あの、いつの間にか、そういうことになってしまって。
 ちゃんと話さなきゃって思ってたんだけど、なかなか連絡も取れなくて」

 自分でもわかっていた。これは言い訳だ。

 彼の思いつめた表情を前に、ごくりと唾を飲み込む。

 まだ、あきらと正式に別れたわけじゃない。
 それなのに、勝手に他の人と付き合って。
 これってただの浮気じゃない? 最低だよね。きっと怒ってる。

 申し訳なさに耐えきれず、視線を落としたまま彼の言葉を待った。

「そっか……。あいつのこと、好きなの?」

 小さく投げかけられた問いに、そっと視線をあげる。
 すぐに、まっすぐな瞳とぶつかった。

 逃げちゃダメ。正直に答えなきゃ。

 姿勢を正し、彼をしっかりと見つめ返す。

「あの人……守兄は、私の初恋だったの」

 そこで言葉が詰まり、視線が彷徨う。

 こんなこと、言っていいのかな。
 また彼を傷つけてしまうんじゃ。

 ちらりと視線を送ると、あきらは変わらぬ眼差しで私を見ていた。

 「わかってる。受け止めるよ」
 そう言われているように感じる。

 その瞳の奥には、強い意志と覚悟が宿っていた。
 彼は、真正面から、気持ちを受け止めようとしてくれている。

 そう思った瞬間、私の中でも覚悟が決まった。