溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

 デートの帰り。
 玄関の前で足を止め、守兄に微笑みかけた。

「じゃあ、ありがとう」

 そう言うと、彼は優しく笑い返してくれる。
 その顔を見ていると、胸にふっと罪悪感が広がった。

 ……これで、いいんだよね。

 最近、守兄と過ごす時間が前よりずっと増えてきた。
 夕食の食材を手に、ほとんど毎日のように家を訪れてくる。

 私はまだ、あきらのことを忘れられない。それなのに、こうして守兄と会っている。
 じりじりと心に影が差していく。

 そんな気持ちを見抜いているのか、守兄はよくデートに誘ってくれるようになった。

 私を少しでも元気づけようとしてくれているのかもしれない。
 休みの日にはこうして出かけることも増えた。

 彼と一緒にいると、心が安らぐ。
 気持ちも穏やかになり、安心できる。

 でも。
 まだ正式に付き合っているわけじゃない。
 あきらにだって、はっきり別れを告げたわけでもない。

 ただ、あの喧嘩を最後に、ずっと会えずにいるだけ。

 マネージャーの小森さんからも「別れた方がいい」と言われてしまった。
 本当に、その方がいいのかもしれない。
 そう考える瞬間もある。

 それは、あきらを嫌いになったからじゃない。
 気持ちがなくなったからでもない。

 あきらのために。

 彼の未来を思えば、自然消滅という形も一つの答えなのかもしれない。

 そんなことを思いながら、ぼんやり立ち尽くしていると、

「星?」

 優しい声が降ってきて、顔を上げる。
 守兄が心配そうに私を見つめている。

「あ、ごめん。ぼーっとしてた」

 笑って誤魔化すと、彼は少し悲しげに笑った。
 ぎこちないその笑顔に、気持ちを見透かされている気がした。

 短い沈黙がふたりの間に落ちる。

「あのさ……俺たち、正式に付き合わないか?」

 唐突な言葉に、目を丸くして彼を見つめる。

「え……」

 私が、守兄と付き合う?

 それは遠い昔に願ったことだった。
 けれど今は。

 視線を落とすと、守兄が静かに言葉を重ねる。

「いいよ。まだあいつのこと忘れられないんだろ?
 こんな状態で、俺と付き合うことに引け目を感じてる……違うか?」

 全部言い当てられ、うっと言葉に詰まる。
 やっぱり私の気持ち、ぜんぶ見抜かれてる。

 戸惑いながら、そっと彼を見上げた。
 まっすぐに見つめ返されたその目は、真剣そのものだった。
 彼の表情が、本気だということを物語っている。

 ドキドキと鼓動が高鳴った。

「それでいい。まだ忘れられなくても、あいつのことが好きでも。
 いや、本当は嫌だけど。
 ずっと一緒にいたら、嫌でも俺のことを好きになる。
 絶対に虜にさせてやるから」

 自信満々に、にやりと笑う守兄。
 その顔はどこか無邪気で、まるで昔に戻ったみたい。
 いや、こんな表情はあまり見たことなかったかな?

 彼の声が一段と低くなる。

「……あいつのこと、忘れさせてやる」

 その瞳に、吸い込まれてしまいそう。

 守兄は本気だ。
 私のことを心から愛してくれてる。
 すごく嬉しい。嬉しいよ。

 だって、守兄は私の初恋で、ずっとずっと好きだったんだから。

 一度は忘れた想いだったけど。この人となら、幸せになれるかもしれない。

 あきらのことは、もちろん好き。
 でも、彼の足かせになりたくはない。そう強く思う。

 私が傍にいることで、彼が夢を叶えられなくなるなんて、絶対にやだ。

 遠くから見守る愛もある。
 傍にいられなくても、影からそっと見つめ続けることはできる。

 私の選ぶべき道は、それなのかもしれない。

 目の前にいる守兄をじっと見つめる。

 私、彼に懐柔されてしまったのかな?
 ううん、違う。絶対に。

 あきらが好き。愛してる。

 ただ、愛し方はそれぞれ。

 きゅっと口を結んだ。
 心に誓うように、覚悟を決めた。

「よろしくお願いします」

 まっすぐに彼の瞳を見つめながら、小さく呟く。
 すると、守兄はきょとんと目を丸くした。

 まるで鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔。
 その表情がおかしくて、思わずくすっと笑ってしまう。

 守兄がはっと我に返ったように声を上げた。

「えっ、え!? 今、なんて?」

 信じられないといった様子で迫ってくる。
 私はぎゅっと手を握りしめ、もう一度気持ちを伝えた。

 これでいい。これがいいんだ。

 誰も悲しまなくて済む。
 きっと、すべてうまくいく。

「もう、何度も言わせないでよ。私、守兄が好き。
 付き合ってください」

 はっきりそう告げる。

 一瞬の静寂。
 その直後、守兄が大きな声で叫んだ。

「やった、やった! 星、ありがとう!」

 力強く抱きしめられる。
 息ができないほどの熱い抱擁。

「ま、守兄っ」

 あまりの喜びように、驚くとともに戸惑った。
 そんなに、嬉しいの?

 胸の奥にちくりとした痛みが走る。

 ……傷つけることにならないかな。
 不安がよぎった。

 でも、守兄は言ってくれた。
 あきらのことをまだ忘れられなくてもいいって。
 私の気持ちを大切にしてくれる人だ。急かしたりはしない。大丈夫。

 それに、私も守兄が大好き。
 彼の腕に包まれていると、心も体もじんわり温まっていく。
 大きな愛が流れ込んでくるみたいで、涙がにじんだ。

 その大きな背中をぎゅっと掴む。なにかを振り切るみたいに。

 これからは、守兄と一緒に生きていくんだ。

 そっと身体を離すと、視線が絡み合う。

 彼の瞳は熱を帯びていて、
 距離がゆっくりと縮まり、そのまま私たちは唇を重ねた。