台所で、彼の隣に立つ。
食材を取り出し、料理の支度を始めていった。
ふたりきり……なんだかむずがゆい。
まるで新婚さんみたいだ、なんて。
最近はこんな光景が当たり前のように繰り広げられるようになって、
慣れてきている自分に、ふと驚かされる。
隣からは、トントンと小気味いい音。
包丁を握り、真剣な表情で長ネギを刻む守兄へ、私はつい視線を送った。
その横顔、その眼差し、やっぱり格好いい。
しかも料理までできるなんて。今どきの男性はすごいなあ。
いや、彼が特別なんだろう。なんでもそつなくこなしてしまうから。
羨ましいような、悔しいような気持ちになる。
じっと見ていると、ふいに守兄の視線がこちらを向いた。
ばちりと目が合って、心臓が跳ねる。
「ん? どうした?」
優しく微笑まれて、慌てて言葉を返す。
「な、なんでもない!」
暴れる鼓動をやり過ごすように、鍋を探すふりをした。
……いや、もちろん鍋は必要なんだけど。今は気持ちを誤魔化すためでもあった。
ふと、上の棚にしまってあることを思い出す。
けれど、私の背丈では届かない。
仕方なく椅子を引こうとした瞬間、守兄が先に動いた。
「はい」
棚を開けて、さっと鍋を取り出し、こちらへ差し出してくる。
「あ、ありがとう」
少し戸惑いながら受け取ると、彼は輝くような笑みを浮かべ、またすぐに長ネギを切り始めた。
私は手にした鍋を見下ろしながら考える。
どうして、そこにあるってわかったんだろう。
……最近は台所に立つことも多いから、自然と覚えてしまったのかもしれない。
やっぱり、さすがだ。
感心しながら鍋を火にかけ、彼が切ってくれた野菜や肉を次々と入れる。
調味料を足すと、ぐつぐつと美味しそうな匂いが広がった。
「もう、そろそろ移動しようか」
ちょうど頃合いを見計らったように、守兄が鍋を持ち上げて居間へ向かう。
そこでは太陽が、カセットコンロをスタンバイさせて待っていた。
食器もきちんと並べられていて、準備は万端。
あとは、みんなで鍋をつつくだけ。
ほんと、用意周到だな。
太陽の瞳はランランと輝き、すき焼きに釘づけになっている。
そのはしゃぎっぷりに、私もつられて笑みがこぼれた。
「ごちそうさまでした」
満腹の余韻に包まれながら、お腹をさすった。
もう、動けない。
自然と頬がゆるむ。たぶん、かなり締まりのない顔をしているだろう。
隣を見れば、太陽もへにゃっと笑っていた。
こんなに贅沢なお肉を食べたのはいつぶりだろう。
しかも、たぶん高級なやつ。
舌がとろけるようで……って正直、味の違いなんてよくわからないけど。
私たちの顔を見て、守兄は優しく目を細めた。
「ふたりが喜んでくれて、嬉しいよ」
目が合えば、極上の笑みが返ってくる。
ああ、幸せだな。
こんな時間が、ずっと続けばいい。心からそう思った。
そのとき、太陽が勢いよく立ち上がった。
「よーし! お礼もかねて、僕が皿洗うよ。二人はゆっくりしてて」
そう言って、にかっと笑い、守兄にウインクする。
一瞬きょとんとした守兄は、すぐににやりとして親指を立てた。
太陽も負けじとガッツポーズ。
男同士の妙なアイコンタクトに、おかしくて笑みがこぼれる。
やがて太陽は食器を抱えて台所へ。
静まり返った居間に、洗い物の音だけが小さく聞こえる。
――ふたりきりになってしまった。
胸が、ドクドクと鳴る。
だって、ついこの前……プロポーズされてしまったんだもの。
頬にじんわり熱がのぼっていく。
「ね、星」
「は、はいっ!」
静寂を破る声に、反射的に大きな声を返してしまう。
恐る恐る顔を向ければ、守兄のまっすぐな眼差しと視線が絡んだ。
「あのさ……前から思ってたんだけど」
彼は少し照れくさそうに笑みを浮かべる。
「もう守兄って呼ぶのやめないか?」
「……え?」
思わず目を丸くする。
だって、小さい頃からずっとそう呼んでいて、それが当たり前だったから。
――言われてみれば。
大人になった今も守兄のままって、ちょっと不自然なのかも。
でも「守」なんて、恥ずかしいし、照れくさいよ。
「ずっと思ってたんだ。守って呼んでほしいって」
まっすぐに向けられる瞳に、心臓が強く跳ねた。
私にとって、守兄はずっと守兄で、
呼び方なんて気にしたこともなかった。
でも、彼は気にしてたんだ。
じっと見つめ返すと、守兄の瞳がわずかに揺れる。
頬を赤らめて、照れくさそうに視線を逸らした。
え、なに? 恥ずかしがってる?
いつも冷静で大人な守兄が、こんなふうに照れるなんて。
――か、可愛い。
最近、こうして意外な一面を見せられることが増えた。
そのたび胸がときめいて、知らなかった彼を知ることが妙に嬉しくなる。
一度だけ、試しに呼んでみようかな。
そんな気持ちが芽生えた。
「べ、別にいいよ。守、さん?」
言った瞬間、顔に熱がぶわっとのぼる。
ひえ~慣れてないから、むずがゆくて仕方ない。
慌てて視線を逸らし、誤魔化すように笑った。
「だ、ダメだねえ。言い慣れてないから恥ずかしくて……」
鼓動の速さを悟られないようにしながら、言葉をつないでいく。
「や、やっぱり守兄のほうが――」
言いかけた、そのとき。
ふいに距離を詰められた。
すぐ目の前に、守兄の整った顔。
覆いかぶさるように近づき、熱を帯びた瞳で射抜いてくる。
ドクン、ドクン。
心臓が破裂しそうに高鳴った。
ち、近い!
息が詰まり、喉がからからになる。
それでもなんとか声を絞り出した。
「あ、あの……」
瞬きの合間、低く熱を帯びた声が落ちる。
「もう一回、言って」
その声音も、視線も、熱すぎて。
頭がくらくらして、意識が遠のきそう。
だ、だめ。こんなの――。
「ま、守兄……お、おちついて」
「……星、好きだ」
その言葉と同時に、彼の顔がさらに近づいてきた。
食材を取り出し、料理の支度を始めていった。
ふたりきり……なんだかむずがゆい。
まるで新婚さんみたいだ、なんて。
最近はこんな光景が当たり前のように繰り広げられるようになって、
慣れてきている自分に、ふと驚かされる。
隣からは、トントンと小気味いい音。
包丁を握り、真剣な表情で長ネギを刻む守兄へ、私はつい視線を送った。
その横顔、その眼差し、やっぱり格好いい。
しかも料理までできるなんて。今どきの男性はすごいなあ。
いや、彼が特別なんだろう。なんでもそつなくこなしてしまうから。
羨ましいような、悔しいような気持ちになる。
じっと見ていると、ふいに守兄の視線がこちらを向いた。
ばちりと目が合って、心臓が跳ねる。
「ん? どうした?」
優しく微笑まれて、慌てて言葉を返す。
「な、なんでもない!」
暴れる鼓動をやり過ごすように、鍋を探すふりをした。
……いや、もちろん鍋は必要なんだけど。今は気持ちを誤魔化すためでもあった。
ふと、上の棚にしまってあることを思い出す。
けれど、私の背丈では届かない。
仕方なく椅子を引こうとした瞬間、守兄が先に動いた。
「はい」
棚を開けて、さっと鍋を取り出し、こちらへ差し出してくる。
「あ、ありがとう」
少し戸惑いながら受け取ると、彼は輝くような笑みを浮かべ、またすぐに長ネギを切り始めた。
私は手にした鍋を見下ろしながら考える。
どうして、そこにあるってわかったんだろう。
……最近は台所に立つことも多いから、自然と覚えてしまったのかもしれない。
やっぱり、さすがだ。
感心しながら鍋を火にかけ、彼が切ってくれた野菜や肉を次々と入れる。
調味料を足すと、ぐつぐつと美味しそうな匂いが広がった。
「もう、そろそろ移動しようか」
ちょうど頃合いを見計らったように、守兄が鍋を持ち上げて居間へ向かう。
そこでは太陽が、カセットコンロをスタンバイさせて待っていた。
食器もきちんと並べられていて、準備は万端。
あとは、みんなで鍋をつつくだけ。
ほんと、用意周到だな。
太陽の瞳はランランと輝き、すき焼きに釘づけになっている。
そのはしゃぎっぷりに、私もつられて笑みがこぼれた。
「ごちそうさまでした」
満腹の余韻に包まれながら、お腹をさすった。
もう、動けない。
自然と頬がゆるむ。たぶん、かなり締まりのない顔をしているだろう。
隣を見れば、太陽もへにゃっと笑っていた。
こんなに贅沢なお肉を食べたのはいつぶりだろう。
しかも、たぶん高級なやつ。
舌がとろけるようで……って正直、味の違いなんてよくわからないけど。
私たちの顔を見て、守兄は優しく目を細めた。
「ふたりが喜んでくれて、嬉しいよ」
目が合えば、極上の笑みが返ってくる。
ああ、幸せだな。
こんな時間が、ずっと続けばいい。心からそう思った。
そのとき、太陽が勢いよく立ち上がった。
「よーし! お礼もかねて、僕が皿洗うよ。二人はゆっくりしてて」
そう言って、にかっと笑い、守兄にウインクする。
一瞬きょとんとした守兄は、すぐににやりとして親指を立てた。
太陽も負けじとガッツポーズ。
男同士の妙なアイコンタクトに、おかしくて笑みがこぼれる。
やがて太陽は食器を抱えて台所へ。
静まり返った居間に、洗い物の音だけが小さく聞こえる。
――ふたりきりになってしまった。
胸が、ドクドクと鳴る。
だって、ついこの前……プロポーズされてしまったんだもの。
頬にじんわり熱がのぼっていく。
「ね、星」
「は、はいっ!」
静寂を破る声に、反射的に大きな声を返してしまう。
恐る恐る顔を向ければ、守兄のまっすぐな眼差しと視線が絡んだ。
「あのさ……前から思ってたんだけど」
彼は少し照れくさそうに笑みを浮かべる。
「もう守兄って呼ぶのやめないか?」
「……え?」
思わず目を丸くする。
だって、小さい頃からずっとそう呼んでいて、それが当たり前だったから。
――言われてみれば。
大人になった今も守兄のままって、ちょっと不自然なのかも。
でも「守」なんて、恥ずかしいし、照れくさいよ。
「ずっと思ってたんだ。守って呼んでほしいって」
まっすぐに向けられる瞳に、心臓が強く跳ねた。
私にとって、守兄はずっと守兄で、
呼び方なんて気にしたこともなかった。
でも、彼は気にしてたんだ。
じっと見つめ返すと、守兄の瞳がわずかに揺れる。
頬を赤らめて、照れくさそうに視線を逸らした。
え、なに? 恥ずかしがってる?
いつも冷静で大人な守兄が、こんなふうに照れるなんて。
――か、可愛い。
最近、こうして意外な一面を見せられることが増えた。
そのたび胸がときめいて、知らなかった彼を知ることが妙に嬉しくなる。
一度だけ、試しに呼んでみようかな。
そんな気持ちが芽生えた。
「べ、別にいいよ。守、さん?」
言った瞬間、顔に熱がぶわっとのぼる。
ひえ~慣れてないから、むずがゆくて仕方ない。
慌てて視線を逸らし、誤魔化すように笑った。
「だ、ダメだねえ。言い慣れてないから恥ずかしくて……」
鼓動の速さを悟られないようにしながら、言葉をつないでいく。
「や、やっぱり守兄のほうが――」
言いかけた、そのとき。
ふいに距離を詰められた。
すぐ目の前に、守兄の整った顔。
覆いかぶさるように近づき、熱を帯びた瞳で射抜いてくる。
ドクン、ドクン。
心臓が破裂しそうに高鳴った。
ち、近い!
息が詰まり、喉がからからになる。
それでもなんとか声を絞り出した。
「あ、あの……」
瞬きの合間、低く熱を帯びた声が落ちる。
「もう一回、言って」
その声音も、視線も、熱すぎて。
頭がくらくらして、意識が遠のきそう。
だ、だめ。こんなの――。
「ま、守兄……お、おちついて」
「……星、好きだ」
その言葉と同時に、彼の顔がさらに近づいてきた。


