溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

 息が止まるかと思った。
 だって、あまりにも突然で、天地がひっくり返ったみたい。

 私の驚きようがおかしかったのか、守兄がくすりと笑う。

「すぐに返事をくれ、なんて言わない。
 ……待ってる。もう何年待ったと思ってるんだ?
 一年や二年なんて、あっという間だよ」

 軽く肩を竦めて笑う彼を、呆然と見つめるしかなかった。
 頭が真っ白で、思考が追いつかない。

「今は、あいつのことがあるし。
 すぐには答えなんて出せないだろうし、きっとたくさん悩むと思う。
 困らせてしまうかもしれない。

 でも、一度だけでいい。真剣に考えてほしいんだ。
 俺との未来も」

 力強い言葉と眼差し。
 その真剣さが、まっすぐに突き刺さる。

「ま、待って……そんなの、急すぎるよ」

 混乱でぐちゃぐちゃになった頭を必死に動かしながら、なんとか言葉を紡ぐ。

「わかってる、ゆっくりでいい。いつまでも待つから。
 ただ、俺のことを本気で考えてほしいんだ」

 姿勢から、声色から、目の光から、
 ただ真っ直ぐに、純粋で熱い想いが伝わってくる。

 あきらからも、これまでたくさんの優しさや愛情をもらってきた。
 でも、これほどまでに強く、燃えるような想いをぶつけられたことはあっただろうか。

「……うん、少し考えてみる」

 そう返すのが、精いっぱいだった。

 はっと我に返る。
 私、なに言ってるの。あきらがいるのに。

「よかった。ありがとう、星」

 守兄は屈託のない笑顔を見せる。その笑みに、心が揺れる。
 どきどきと胸の音が大きく響く。

 嬉しい? のかな。初恋だった人からの熱い告白。
 しかもプロポーズ。

 胸が熱くなるのは当然かもしれない。

 でも、でも! 私にはあきらが……。

 葛藤し続ける私をよそに、守兄は懐かしい昔話を語りだした。
 幸せそうに、二人の思い出を語りながら笑う。

 そんな彼を前に、私はもう何も言えなくなってしまった。


 ***


 それからというもの――。
 守兄は、まるで我が家に通うのが日課みたいに、ほとんど毎日顔を出すようになった。

 帰国してからもたびたび来てはいたけど、今では一日も欠かさず現れて、
 そのうえ毎回、必ず何かしら手土産を抱えてやって来る。

 今日は、お肉と野菜。

「星、今夜はすき焼きにしよう」

 にこにこと笑う守兄を前に、私は玄関で立ち尽くした。

 彼はそのまま当然のように上がり込み、一直線に台所へ向かっていく。
 呆然と、その背中を見送る。

「あ! 守兄、いらっしゃい」
「おう、太陽。今日はすき焼きだぞ~」
「え、ほんとう? やったあ」

 台所からは、ふたりの楽しげな会話が聞こえてくる。
 そのやりとりを耳にしているだけで、胸の奥にあたたかなものが広がり、ほっとする。
 ……変わらないな。

 あきらのことで憔悴していた私にとって、それは何よりの癒しだった。
 太陽が嬉しそうに笑う姿を見るたび、とても幸せな気持ちになる。

 守兄がそばにいると、太陽は本当に楽しそうだ。

 弟のためにも、彼がいてくれることは悪くない。そう思えてしまう。
 貧しい生活のなかで、太陽にはずっと苦労ばかりかけてきた。我慢だってたくさんしてきたはずだ。

 けれど、守兄が来るようになってから、弟は前よりもずっと幸せそうに見える。
 ご馳走を用意してくれることが多いから、それもあるかもだけど。

 育ち盛りの弟に、今までお腹いっぱい食べさせてやれなかったことを思うと、胸が痛む。

 ……ごめんね、太陽。

 私ひとりでは、太陽を本当の意味で幸せにしてあげられないのかもしれない。

 でも、守兄がいてくれれば。

「姉ちゃん、手伝ってよ。守兄ひとりに作らせる気?」

 台所の入口から、ひょっこりと顔を出した太陽が、苦笑まじりに声をかけてきた。
 その声に、ぼんやりしていた私は振り返る。

「わかってるよ、今いく」

 ごちゃごちゃ考えるのをやめて、
 私は気を取り直し、夕食の準備へと向かった。