溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

 彼に導かれるまま連れて行かれた先には、高級そうなレストランがあった。

 そこは、私のような貧乏人でもうっすらと知っている有名店。
 確か、部屋は個室で区切られ、メニューはすこぶる高いと耳にしたことがある。

 圧倒されるようなオーラを放つ店を前に、私はただ立ち尽くした。

 男性はそのまま店に入ろうとする。

 ――え! ここに入るの?

 驚くと同時に、いっきに不安が襲った。

 これって、かなりやばいのでは?
 初めて会った人。しかもなんかすっごくイケメンそうだし。
 そんな人にほいほい付いてきて……なに考えてるの! しっかりしないと。

 男性に向かって叫んだ。

「あ、あの! 私、帰ります」

 そう言ってくるりと向きを変え、足早に去ろうとする。
 しかし、また捕まってしまった。

 今度は手をぎゅっと握られる。

「っ!」

 驚いて目を丸くしながら、彼を見た。
 また、あの綺麗な瞳が私を射抜く。

 ――トクン。

 この瞳……やっかいだ。
 綺麗で純粋で、とても悪い人には見えない。

 だけど! だけどよ。
 今日知り合ったばかりだし。よく知らないし。
 面識もなく、出会って間もない男性と二人きりなんて。

 どう考えても危ないでしょ。太陽が知ったら、めっちゃ怒りそう。
 火がついたように説教をする弟の姿が浮かんだ。

 っていうか、この人はいったいなんなんだろう。
 どうしてハンカチを拾ったくらいで? なにか裏があるに違いない。

 疑うような目で彼をじっと見つめた。

「……普通、こんな高級レストランでお礼しませんよね。
 とっても失礼なこと言いますけど――あなた、はっきり言って、怪しいです!」

 しまった。つい本音が。

 悪い癖が発動してしまった。いや、誰かが言ってたな、正直でいいって。
 って、今はそんな場合じゃない。

 目の前の男性は、慌てたように視線をあちこち彷徨わせた。

「ご、ごめんなさい! ちょっと焦りすぎました。
 つい、嬉しくて。あ、いや、こんなこと言うと、また気持ち悪いか……」

 なにやらひとりでブツブツつぶやいている。
 もじもじと落ち着かず、私を見たり逸らしたり。忙しい人だなあ。

 マスクから覗く頬が、ほんのり赤い。

 やがて、何かを決意したように顔を上げた。
 まっすぐ私を見つめる。その瞳は真剣そのものだ。

 胸がどきんと鳴った。

「あの、不安にさせてしまって、ごめんなさい」

 男性は深々と頭を下げる。

「本当にお礼をしたかっただけです。でも、いきなりこんなの困りますよね。
 本当に申し訳ありませんでした」

 上体を起こすと、くるりと背を向け、そのまま猛スピードで走り出した。

「ちょ、ちょっと!」

 あっという間に彼は見えなくなってしまった。

「……いったい、なんだったの?」

 男性の消えた先を見つめながら、私は店の前でただ呆然と立ち尽くすしかなかった。



 というのが、彼との出会い。
 それから不思議なことに、彼とは何度も偶然出会うことになる。

 休日。気晴らしに街へ出ると、なぜか必ず“落とし物をする男性”と出会った。

 ふと私の前に財布が落ちる。それを拾って渡そうとしたら――やっぱり、あの男性。
 そして次はスマホ、その次は鍵。

 ありとあらゆる落とし物が、毎回、私の前に落ちるのだ。

 落とし主は、決まって“彼”。

 そしてとうとう、五回目の出会い。
 私は落とし物を渡すとき、彼を睨みつけた。

「あの……いったい何の真似ですか」

「え?」

 男性はぽかんとした顔をする。

「え、じゃないですよ。これで五回目なんですけど。いい加減にしてください」

 彼の手に落とし物を押しつけると、そのままスタスタ歩き出した。

 さすがにわかってきた。
 ぜったい、わざとでしょ? っていうか、何の目的があってこんなことを。

 毎度、服装はキャップを目深にかぶり、マスク姿。
 服もだいたい同じようなジーンズとパーカーだし。なにか狙いがあるのだろうか。

 まあ、似合ってるけどね。って、それはどうでもよくて。

 はっきりとはわからないけど、どうも彼はイケメンっぽい。
 だったらナンパって感じでもないし、きっと彼女もいるはず。

 それに、声をかけるにしても他にいくらでも女性はいるでしょ?

 私なんかじゃなくて、もっと可愛くて綺麗な子が。

 いったい、なんなの?

 速度を上げて、どんどん歩いていく。
 しかし彼はあきらめず、駆け寄ってきた。

「待って!」

 肩をつかもうと伸ばした手。
 その瞬間、私はちょうどゴミを見つけて屈んだ。

 結果、男性は盛大にズッコケる。

 あまりにも滑稽で、つい笑ってしまった。
 彼もつられて笑った。