溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

 平日だというのに、ショッピングモールの中はけっこうな人出だった。
 たくさんの人が行き交う中、私は立ち尽くす。

「平日なのに、賑わってるね」

 人波を眺めながら、ぽつりとつぶやいた。
 いったい、この人たちはどこから来てるんだろう。なんて、私もその一人なんだけど。

 ぼんやり考えていると、太陽が笑顔で問いかけてきた。

「そうだね。ね、どこ行く?」

 見るからに浮き浮きしている。

 これ、もしかして。
 私を口実にして、実は自分が来たかっただけなんじゃ……?

 ジト目で見つめると、太陽がぷくっと頬を膨らませた。

「なんだよ、変な目して。ね、ね、どこ行く?」

 はしゃぐ太陽。本当に嬉しそう。
 そういえば、二人で出かけるのなんて久しぶりかも。
 普段は贅沢できないから、モールに来ることも滅多にないし。

 弟の楽しそうな顔を見ていると、こっちまで嬉しくなる。
 自然と頷いていた。

「太陽の好きなとこでいいよ。それに、好きなもの一個だけ買ってあげる」

「え! 本当?」

 飛び切りの輝く笑顔。

 ……なんだか、いいな。
 疲れた心も、少しずつ癒されていく気がした。

 本当に、太陽がいてくれてよかった。

 表情が緩んだ、そのとき。

「星?」

 ――聞き慣れた声。
 この声は……。

 振り返ると、そこには守兄。

 紺色のジャケットにスリムなパンツ。
 白いシャツの首元は少し開いていて、どこかラフな印象。

 手にしていたスマホを軽くポケットへしまいながら、じっと私を見据えていた。

「ま、守兄……」

 そのまま、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。

 鼓動が早まる。
 どうしよう、体がうまく動かない。

 なんとか一歩だけ後ろに退いたところで、守兄が目の前に立った。

「え、なに? どうしたの?」

 緊張を察したのか、太陽が落ち着かない様子で私と守兄を交互に見てくる。

 守兄の瞳は、悲しげに揺れながらも、まっすぐに私を射抜いてくる。
 必死に受けとめようとしたけれど、途中で耐えられなくなって視線を逸らした。

 沈黙が落ちる。

 だって、仕方ないじゃない。あれから初めて会うんだから。

 守兄に押し倒された、あの日以来。
 すごく気まずい。

 そっと顔を上げると、彼の視線とバチッと重なった。

「星、お願いだ。話がしたい」

 低くかすれた声。
 顔は辛そうに歪んでいて、その瞳は潤み、切実な想いを訴えている。

「まもる、にぃ……?」

 そんな切ない表情で見つめないで。どうして、あなたがそんな顔をするの?
 あのときのことを悪いと思っているから?

 彼の心を測りかね、無言のまま問いかけるように見つめていた、そのとき。

「あのさ……姉ちゃん」

 太陽がぽつりと言った。

「え?」

 守兄に意識を奪われていた私は、現実へといっきに引き戻される。

「僕、ひとりで買い物して、先に帰ってるよ。守兄と話してきたら?」

 太陽はそう言って私に微笑み、そっと守兄へ視線を送る。
 私もそれにならうように、もう一度彼を見つめた。

「……」

 守兄は何も言わない。
 ただ、じっと私の返事を待っている。

 どうしよう。
 でも、ここで逃げても何も変わらない。この気まずさは、ずっと続いたままだ。

 そう思った私は、小さく頷いた。

「いいよ、わかった」

 返事を聞いた守兄は、心底ほっとしたように息を吐く。

「よかった」

 にこりと優しく微笑む彼に、私もほんのりと笑みを返した。

「じゃあ、僕いくね」

 太陽が駆けだそうとしたその瞬間、私は慌てて弟の手を取った。

「ちょっと待って。これ、持っていきなさい」

 そっとお金を握らせると、太陽は目をぱちぱち瞬かせて私を見る。
 まん丸の目が驚きに揺れる。

「……いいの?」

「さっき、好きなもの買っていいって言ったでしょ?」

 そう言って微笑むと、太陽の顔が一気に輝いた。
 嬉しそうに笑って、彼は駆けていく。

 遠ざかる背中を見送り、私は再び視線を戻した。

 真剣な眼差しが、まっすぐに注がれる。

「じゃあ、行こうか」

 そう言って守兄は歩き出した。
 そのどこか物憂げな背中を追うように、ゆっくりと歩を進めた。