溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

 涙が渇いたころ、ようやく家へ辿り着いた。
 というか、涙がひくまで少し遠回りして帰ってきたのだ。

 太陽に心配をかけたくなかったから。

 もうそろそろ学校から戻っているはず。
 玄関の戸を開けると、やっぱり彼の靴があった。

 やっぱり。よかった遠回りしてきて。

 私はいつも通りの顔で「ただいま」と言ったつもりだった。
 でも、弟に隠し事なんてできないらしい。

 太陽はすぐに「なにかあった?」と問いかけてきた。

 ごまかそうとしたけど、堪えていた涙がまた溢れてしまって……。

 私が泣き出すと、太陽はそれ以上は何も聞かず、そっと隣にいてくれた。



 憔悴して動けない私の代わりに、黙って家事をこなしてくれる弟。
 その背中を目で追いながら、ふと思う。

 ひとりじゃなくてよかった。
 彼がいてくれてよかった。
 優しくて、頼もしい弟がいてくれて……本当に、よかった。

 誰かが傍にいてくれる。それだけで、こんなに救われる。


 夕食のあと、
 居間でぼんやりしていると、太陽がホットミルクを入れたマグカップを差し出してきた。

「ありがとう」

 それを受け取り、いびつに笑うと、太陽は優しく微笑んでくれる。
 その笑顔と温もりに、また少し救われた。

 ミルクを飲み干すと、私は自分の部屋へ戻った。


 疲れ切った心と体を休めるようにベッドに横たわる。

 しんと静まり返った室内。
 月明かりが薄く差し込むなか、脳裏に、あの光景がまた浮かんできた。

 いったい何度目だろう。はっきりと見える。

 あきらと小森さんのキスシーン。
 彼の口と彼女の口が重なって――

「いやっ」

 頭を抱え、首を振る。
 やめて。なんで思い出すの。忘れたいのに。

 あれはきっと小森さんから。あきらからじゃない。
 そんなこと、わかってる。
 あきらが浮気するような人じゃないって、ちゃんと信じてる。

 でも、冷静でいられなかった。

 心が乱れ、胸が痛む。
 頭の中でぐるぐると映像が回り、こびりついて離れない。

 ほんのわずかに疑いが芽生える。
 打ち消しても、何度でも。

 そして、あの時の言葉。

『星は本条守がいいんだろ!』

 聞きたくなかった。
 そんなふうに思われていたなんて、ショックだった。

 確かに、守兄は私にとって大切な存在で、初恋の人。

 最近はよく会っていたし、仲良くもしていた。
 そのせいで、あきらを不安にさせていたのかもしれない。
 キスだって見られてしまったし。

 ――だけど!

 信じてほしかった。この気持ちだけは。

 あきらが好き。傍にいたい。
 ずっと一緒に。

 愛しい、愛しいんだよ。誰よりも、なによりも。

 その想いは伝わっているって信じてた。

 あきらには届いてなかった? 私たち、すれ違っていたの?
 私が気づいていなかっただけ?

 そう考えると、また涙がにじんだ。

 苦しい。つらい。
 やるせなくて、切なくて、悲しかった。



 次の日。
 私を心配した太陽が、学校を休んだ。

「なにも、休まなくたって」

 心配ないって伝えてみたけど、太陽はにこりと笑う。

「いいの、いいの。僕こう見えてけっこう優秀だから。一日二日くらい休んでも平気だよ」

 平然と言い切るその顔に、思わず表情が引きつる。

 ……この子、前からできる子だとは思っていたけど、もしかして想像以上なの?

 唖然と見つめる私をよそに、
 太陽は窓を開け放ち、大きく息を吸い込んで吐き出した。

 そして、外を見ながら明るい声をあげる。

「ねえ、天気もいいし、ちょっと出かけようよ」

 突然の誘いに戸惑う。

「え? べつに……いいけど」

 本当はそんな気分じゃなかった。
 けど、太陽が元気づけようとしてくれているのが伝わってきたから。

 小さく頷くと、弟は嬉しそうに笑った。

 そのまま二人で、出かける支度をはじめた。



「姉ちゃん、早く早く!」

 近所にあるショッピングモール。
 このあたりで一番大きなモールで、食品や生活用品から洋服、化粧品、雑貨、家電まで何でも揃っている。
 ひととおり歩くだけでも、軽く一時間はかかる。

 中には映画館やゲームセンターもあって、週末ともなると家族連れやカップルでにぎわっている。

「ひっさしぶりだねえ」

 うきうきした様子で振り返る太陽。
 満面の笑みを浮かべながら、意気揚々と入口へ進んでいく背中を見つめる。

 ふふっ、まだまだ子どもだな。
 そう思った直後。

 胸がざわついて、私は足を止めてしまった。

「姉ちゃん? どうしたの?」

 太陽が不思議そうに振り返る。

 ここは……あきらと揉めた場所。
 このモールの駐車場で、二人のキスを見てしまった。

 そして、あきらと喧嘩した。

 胃がきりっと痛む。

「大丈夫?」

 弟が心配そうに覗き込む。
 いけない。これ以上、心配はかけられない。

「ううん、なんでもない。行こう」

 無理に笑顔を作った。少しいびつだったのだろう。
 太陽はわずかに怪訝そうな顔をした。

 けれど、やっぱり聡い子。深くは聞いてこない。

 私は大きなモールを見上げて、一呼吸。
 鼓動を落ち着けながら、太陽と並んで足を踏み入れた。