溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

 あきらと会った翌日、私はすぐに行動に移した。

 守兄に連絡を入れると、その日の夜にはもう家に来てくれた。

「いやー、星から連絡もらえるなんて、嬉しいよ」

 玄関に立つ彼は、にこにこと笑っている。
 その顔を見た瞬間、胸がちくりと痛んだ。

 これから口にすることを思うと、どうしても気が重くなる。

「あがって」

「うん、お邪魔します」

 そう言って守兄が靴を脱ごうとした、そのとき――

「僕、ちょっと出かけてくるね」

 太陽が、私たちの横をすり抜け、玄関で靴を履く。

「え? どこ行くの?」

「ちょっと」

 軽く笑いながらも、太陽の表情はどこか真剣で。
 もしかして、これから話すこと、察してるの?

「……気をつけるのよ」

 そう声をかけると、太陽は手をひらひら振りながら出ていった。

 本当に勘がいいというか、聡いというか。
 弟ながら感心してしまう。

 ふと視線を感じて振り返ると、守兄とばっちり目が合った。
 にこりと笑う彼に、私は苦笑いで返すしかなかった。



 居間でちゃぶ台を挟み、守兄と向かい合う。
 部屋はしんと静まり返っていて、時計の秒針の音だけがやけに大きく響いていた。

「どうした? 話ってなにかな」

 守兄の笑顔はもうなかった。
 ただならぬ気配を感じ取ったのか、真剣な眼差しで私を見つめてくる。

 気まずい。でも、言わなくちゃ。

 ふぅと息をついてから、背筋を伸ばした。

「……守兄、ごめん。
 私、あなたの気持ちに応えることはできない」

 その言葉を口にした瞬間、守兄の瞳が悲しげに揺れた。

 あ、傷ついてる?
 胸がズキズキと痛む。

 そうだよね。
 想いを伝えてもらったあの日から。
 彼が私に想いを寄せてくれていることはわかってる。

 本当はこんなこと言いたくなかった。彼を傷つけたくなかった。
 だって、守兄は大切な人だから。

 重い沈黙がふたりの間を覆った。

 守兄はしばらく黙り込んでいたが、突然、声を荒らげた。

「なんでっ、どうしてなんだ」

 苦しげな息を吐きながら、鋭い眼差しを向けてくる。
 その目は刺すように強いのに、迷うように揺れていた。

「あいつか。やっぱり、あきらが?」

 哀しみとも怒りともつかない表情。
 見続けるのがつらくて、私は顔を背けた。
 そして、ゆっくりと頷く。

「そうか……」

 守兄の声はかすかに震えていた。

「そうだよな。俺が浅はかだった。
 星みたいに魅力的な子を放っておいたら、こうなるに決まってる。
 そんなこと、簡単にわかるのにな……っ」

 はあっと苦しそうに息を吐く守兄に、私は言葉を失った。
 どう言えばいいのかわからない。

 もっと早く想いを知っていれば?
 そんなこと、口にできるわけない。
 だって、私にはもうあきらがいるから。

 それでも。
 昔の気持ちはちゃんと伝えておきたい。そうしないと終われない気がした。

 私はひとつ大きく深呼吸をした。

 ずっと胸の奥に眠らせていた想いを、ようやく言葉にする。

「守兄……私ね、あなたに憧れてた。
 初恋だったの」

 その瞬間、守兄がはっと顔を上げる。
 切なげに揺れる瞳が私を捉え、胸が締めつけられる。

「小さい頃からずっと好きで、憧れてた。あれは私の初恋だった。
 でも、その恋はあの日に終わったんだよ」

 ぴんと張り詰めた空気がふたりの間に広がる。

 そう、守兄がアメリカへ旅立った、あの日から。
 あの瞬間に、私の初恋は幕を閉じていた。

「そんなっ……そんなの。
 俺のこと、好きだったんだよな? だったら」

「もう、おそいよ!」

 言葉を遮るように、声を張り上げた。
 これ以上、心をかき乱さないでほしい。揺さぶらないでほしい。

 必死に気持ちを振り切るように、まっすぐ彼を見据えた。

「私には、いま大切な人がいる。その人を好きで、愛してる。
 だから裏切ることはできない」

 言えた。やっと言葉にできた。
 あきらが好き。愛しい。これが本当の気持ち。

 けれど、ほんの少しだけ初恋の名残が胸の奥をかすめる。
 それもまた確かにあった想い。
 でも、もう認めるわけにはいかない。

 私が宙ぶらりんのままでいたら、ふたりとも傷つけてしまう。
 だからはっきりさせなくちゃ。

 今の私が選ぶのは、あきらだ。

 守兄の体が急にふらりと揺れた。

「どうしてだ。俺がこの数年、どんな気持ちでいたか……」

 かすれた声で力なくつぶやく。

 その様子は、いつもの優しく冷静な彼とはまるで違う。
 どこか狂気じみた気配すら漂っている。

 傷ついた顔で、守兄は私を鋭くにらみつけた。

 ぞくりと背筋に悪寒が走った。

 鋭い眼差し。けれどその奥には、熱い想いと、抑えきれない愛しさが滲んでいる。
 こんな守兄、初めて見る。

 心臓がドクンと大きな音を立てた。

 怖い。
 耐えきれず、視線を逸らした。

「で、でも、私はあきらが――」

 言いかけたその瞬間、守兄が目の前まで迫ってきた。

「え……?」

 気づけば、私は押し倒されていた。

 大きな体が覆いかぶさり、すぐ近くに彼の顔がある。
 吐息まで感じられるほどの距離。

 一瞬の出来事に、息が詰まる。

 どうしていいかわからず、体を固めたまま、ただ茫然と瞬いた。