溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

 守兄の真剣な眼差しに、心臓がうるさく鳴った。

 ゆっくりと近づいてくるその姿から、目を逸らせない。
 すぐ目の前で立ち止まった彼に見下ろされただけで、頬が火照り、胸がぎゅっと詰まった。

「ねえ、もうダメなのかな。俺たちに未来はない?
 どうしてもあきらめきれないんだ。もう一度だけ、チャンスをくれないか」

 射抜くような視線に、体が強張る。
 心臓は早鐘を打ち、まるで時が止まったみたい。

 ……だって。本当は、守兄が好きだった。

 あのとき。
 守兄がアメリカに旅立った日、私の心にいたのは確かに彼だった。

 でも。今の私の心にいるのは、あきら。
 その想いもたしかなもの。

 あきらが好き。大好き。

 彼のことを思うだけで胸があたたかくなって、愛しさでいっぱいになる。

 それでも。
 守兄と向き合うと、胸の奥がかすかに疼く。

 忘れていたはずの想いが、泉のようにあふれ出す。
 嫌いになったわけじゃない。
 ただ、あきらめていただけで。

 なのに今さらこんな。
 神様って、なんて意地悪なんだろう。

「ごめん。困らせちゃったな」

 寂しそうに笑った守兄が、そっと身を引いた。
 そして背を向ける。

「いいよ。どうしてもあいつの方が好きで、俺を選べないって言うなら、仕方ない。
 本当は嫌だけどな。でも、星の幸せが一番だ。あきらめるよ――ただ」

 振り返った守兄の瞳が、切なげに揺れる。

「少しだけでいい。ほんの少しだけでいいから……俺のことで悩んでくれ。頼む」

 擦れた声が、心を震わす。
 私は何も言えず、ただ立ち尽くしていた。

 どれくらいそうしていたのだろう。

 やがて、守兄がぽつりとこぼした。

「帰ろう」


 ***


 そのあと、守兄に送ってもらって帰宅した。
 玄関の扉を開けた瞬間、張りつめていた糸がぷつりと切れ、はぁっと大きなため息がこぼれる。

 帰り道、私も守兄もほとんど無言で――めちゃくちゃ気まずくて、疲れた。

「ただいま」

 気の抜けた声に、すぐ返事が飛んでくる。

「おかえり! 姉ちゃん遅いよ、腹減ったあ」

 太陽がすたすたやってきて、ちょっとむくれた顔で私を睨む。
 その顔に、思わず苦笑がもれた。

「ごめん、ごめん。すぐに支度するね」

 声だけは明るく返して、急いで台所へ。
 いつも通り夕食を用意したけれど、気持ちはずっと上の空だった。



 食卓についても、胸のざわつきは収まらない。
 太陽が楽しそうに今日の出来事を話してくれるのに、内容が頭に入ってこない。
 返事をしているつもりでも、どこか空回りしているような。

 あきらのこと。
 そして、守兄のこと。

 考えれば考えるほど、落ち着かなくて、箸を持つ手までぎこちなくなる。

「ねえ、姉ちゃん……なんかあった?」

 夕食を終える頃、太陽がぽつりと呟いた。

 やっぱり、この子は聡い。
 私が気もそぞろだったのを、ちゃんと見抜いている。

「う、ううん。別に」

 笑顔を作ってみせるけど、太陽はじっと私を見つめ、眉をひそめた。

「怪しい。姉ちゃん、どうせ隠し事できないんだから、言っちゃえよ。
 僕が相談に乗ってあげる」

 どこか誇らしげに胸を張る太陽。

 ほんと、昔からこの子には隠し事ができない。
 黙っていても、見透かされてしまう。

 それに、誰かに話したら少しは楽になるかもしれない。
 太陽なら、守兄のこともあきらのことも知っている。私の置かれた状況だって、きっと理解してくれるはず。

 一人で悩んで堂々巡りするくらいなら、話してしまおうか。
 もしかしたら、何かヒントが見つかるかもしれないし。

 そう思った私は、覚悟を決めて深呼吸する。

 守兄に想いを告げられたことや、あきらへの想いなど。
 今の気持ちを、太陽に打ち明けることにした。