溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

 あきらが守兄の胸ぐらをつかみ、鬼気迫る形相で睨みつける。

 ひ、ひええ。
 血の気が一気に引いていく。

 けれど守兄は平然と、すまし顔であきらを見返していた。

「あ、あきら……ま、守兄……」

 私はオロオロと二人を見守るしかない。
 どうすればいいのかわからない。

 こんなに怒ったあきら、見たことがなかった。

「星は俺の彼女だ!」

 夜の静寂に、あきらの声が響き渡る。
 そのまっすぐな叫びが、胸に突き刺さった。

 う、嬉しい……って、こんなときに何考えてるの。
 まずはあきらを落ち着かせないと。

「あき――」

 声をかけようとした瞬間、守兄が小さくため息をついた。

「知ってるよ」

 低く、ぶっきらぼうな声。

「知ってるのに、なんでキスした!」

 あきらの怒鳴り声が響く。
 その剣幕に、私の方がたじろいだ。

 守兄はしばし黙り込み、やがて静かに口を開く。

「……だってしょうがないだろ。俺だって星が好きなんだ」

 胸ぐらをつかまれたまま、落ち着いた声で続ける。

「おまえが知らない頃から、ずっと想ってた。
 それなのに」

 言葉を噛み殺し、歯を食いしばる守兄。
 そして、堰を切ったように叫んだ。

「どこの馬の骨とも知らない奴が。
 突然現れて彼氏だ?
 ふざけるな、そんなの認められるか!」

 肩を震わせ、荒い息を吐きながら、守兄はあきらを睨みつけた。

 こんな守兄も初めて。

「言ってること、めちゃくちゃだぞ。
 どんな理由があろうと、人の彼女にキスしていいわけないだろうが!」

 さらに迫るあきら、顔が至近距離まで近づく。
 二人は互いの視線をぶつけ合い、バチバチと火花が散る。

「二人とも、落ち着いて」

 こんな往来で大の男が言い争ってたら、騒ぎになる。
 ここは私が何とかしなきゃ。

 勇気を振り絞り、二人に近づく。

「ね、もうその辺で――」

「星!」

 突然、あきらが振り向いた。
 怒りに燃えているかと思ったその瞳は、悲しみに濡れていた。

「あきら……」

 呆然と見つめると、あきらの瞳が揺れる。

「なんで、なんでっ!」

 必死に何かを堪えるように、顔を歪める。
 その表情があまりにも辛そうで、胸が痛んだ。

「なんでこんなやつと一緒にいるんだよ! なんでそんなに無防備なんだよ。
 こいつの気持ち知ってるんだろ?
 もっと毅然としてろよ……!」

 彼の悲痛な叫びが、突き刺さる。

 返す言葉が出てこない。
 悲しみがじわりと広がって、喉の奥が熱くなる。

「どうしてそんなこと言うの? 私は別に」

「キスされたじゃないか。……星に隙があったからだろ」

 冷たい声。その響きが胸を刺す。

 信じてない? 私の気持ちが守兄に向いてるって思ってるの?
 あきらにだけは、信じてもらいたかったのに。

 目頭が熱くなり、涙がにじむ。
 それでも私は必死に彼を見つめた。

「……私は、あなたが好きなのよ」

 ありったけの想いを込めて告げる。
 けれど、あきらはわずかに視線を合わせただけで、すぐ逸らしてしまった。

「もう、星の気持ちがわからないっ」

 そう言って俯く。

 なんで、私の気持ちは変わってないのに。

「それは酷いだろ」

 黙っていた守兄が、ふいに口を開いた。
 肩に手が置かれたかと思うと、そのまま引き寄せられる。
 ふわりと寄り添う体温。

「おまえ、最低だな。自分の彼女を疑うなんて」

 あきらの目が見開かれる。
 その瞳は動揺で揺れ、唇がかすかに震えていた。

「……俺、は」

 苦しげに唇を噛み、あきらが私を見る。
 その視線は、今にも泣き出しそうだった。

「あ……」

「姉ちゃん?」

 張り詰めた空気を破るように、太陽が現れた。
 不安そうに私たちを見つめる。

「どうしたの? 騒がしいけど、何かあった?」

 その瞬間、あきらは私に背を向けた。
 そして駆けだす。

「あきら、待って!」

 必死に呼んでも足を止めてくれない。
 背中は遠ざかり、やがて闇に消えた。

 どうしていいのかわからず、私はその場に立ち尽くした。

「星……」

 すぐ横で守兄がそっと声をかける。
 けれど、伸ばされた腕を私は押し返した。

「ごめんなさい」

 守兄は一瞬動きを止め、やがてその手を下ろした。

「こっちこそ、ごめん。こんなことになってしまって」

 そう言って深く頭を下げる。
 沈黙が落ち、気まずい空気が流れた。

 私が何も言えずにいると、守兄が小さく告げる。

「じゃあ、また」

 彼は背を向けて歩き出す。
 その後ろ姿は、少し寂しそうに見えた。